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62話 “S”ランクダンジョン『新宿迷宮』12

※新しいレビュー、ありがとうございました!

※より多くの人に読んでもらえるよう、こちらも切に願う所存でございます。

   †  †  †


「うん、正解。この『新宿迷宮』は確かに“S”(ストームルーラー)ランクのダンジョンだよ。その確認が目的だったら――おめでとう?」


 小首を傾げる純白犬仮面の少女、ヘカテの拍手に御堂沢時雨(みどうさわ・しぐれ)は氷点下の視線を見せる。しかし、その視線を遮るように純白のガーゴイルが立ち塞がる。


『勘違いするな、剣神の眷属。確かにあやつ――アステリオスは、我らが内では一〇指に入る強者。それを倒したことは褒めよう。だが、今の疲弊したおぬしらで――』

「あー、うん。ごめん、ガーくん。今はそういうの、いいよ? おっとり刀で出てきてってあんまり、ほら、ね?」

『……アステリオスの誇りを守ったまでのこと』

「物は言いようだなぁ」


 明るく笑うヘカテは、改めて支えていた岩井駿吾(いわい・しゅんご)を見る。


「大丈夫、歩ける?」

「……ア、ハイ……」

「無理なら無理でいいんだよ? やせ我慢もいいけど、かなり辛いでしょ?」


 ほら、とヘカテは駿吾を支えながら歩き出す。よろけながらも自分の足で進もうとする駿吾を倒れないようにしてあげながら、駆け込んできた藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)に委ねた。


「岩井、殿……良かった、大丈夫、ですか……?」

「ああ、うん……大丈夫……」


 互いに抱き合うようにその場で崩れ落ちるふたりを見て、安堵の息をこぼしたヘカテはそのまま歩き去ろうとする――それを止めたのは、他でもない駿吾だった。


「待って、ください……」

「ん? なにかな?」


 振り返るヘカテ、それを見上げて駿吾は問いかけた。


「あ、なたは……《ワイルド・ハント》……なんです、か?」


 ヘカテはその問いかけに、ひどくあっさりと答えた。


「――うん。これで私が“四人目”かな?」


   †  †  †


 ――ようは、順番の話だ。


 なん人目だとか、どうだとか。それはすべて探索者協会(シーカーズ・ギルド)()()()存在を確認、認定された順番である。

 例えば本来であればひとり目のコード“アーサー”とふたり目のコード“ヘルラ”はほぼ同時期に《ワイルド・ハント》として覚醒、より正確には“ヘルラ”の方が先にその力を行使していた――だが、探索者協会が存在を把握していたのが、“アーサー”が先だったというだけのこと。


 この順番で言えば、“公式”の認定では駿吾が三人目であり――ヘカテが四人目になるのが道理だった。


   †  †  †


「私も“ヘルラ”の遺産を受け継いだだけだから、まだ表に出る気はなかったんだけどね。まさか、アーくんをもう倒せるほど強くなってるとは思わなかったよ」

「ふざけ、ないで……!」


 軽い調子で答えるヘカテに、セリーナ・ジョンストンが光の槍を構えて立ち上がる。ヘカテはそちらに振り向き、少し声を潜めて言った。


「あなたもかなり疲弊してるんだから、無理しない方が――」

「――“ヘルラ”が生み出したSランクダンジョン。あれが、いまだに世界中で『入り口』を作っていることを知らないなんて、言わせない」


 光の槍の切っ先は、力強くヘカテへ向けられる。セリーナのその視線に込められた怒りと憎悪は、誰の目から見ても明らかだった。


「それが生み出す被害を、()()()()()()()を! 知らないなんて言わせない!」

「……うん。そうだね、“ヘルラ”の“S”ランクダンジョンに飲み込まれて、あなたは“D”チルドレンになった。それはわかるよ」


 ――そう、それがセリーナにとって《ワイルド・ハント》が()()な理由。彼女だけではない、現在進行系で多くの人々の人生を狂わせ続けているのだ――それを自覚した上で、ヘカテは告げた。


「だから、歓迎はしないけど否定しないよ。いつか“S”ランクダンジョンを越えて、“ヘルラ”の遺産まで来なよ。そこでなら、私も相手になるよ」

「――今、ここでとは思わないの?」

「思わないよ? 相手にならないもん」


 その瞬間、ダンジョンが鳴動する。轟音を立てて床が砕け、ヘカテをその掌に乗せて立ち上がるのは体長一〇〇メートルを優に超える人間の女性のシルエットを持つ異形の竜だ。慌てて、ヘカテが声を上げる。


「駄目、ティーちゃん。アーくんにこの人たちは勝ったんだから――」

『わかっています、ヘカテ。でも、あなたを守ることだけはさせて?』


 異形の竜、その胸の谷間に小さな少女が組み込まれていた。その少女は、傷つき倒れたままのボレアスへと一瞬だけ視線を向けた。


『「……ティンカー・ベル」』


 ボソリ、とボレアスと駿吾の口からその名前がこぼれ落ちる。どこからその名が出てきたかは、ひとりと一体にはわからない――それでも、記憶よりもなお深いところに刻まれた名前なのは確かだった。


「えーとー! とにかくー、この下にぃ、“ヘルラ”の遺産はあるってぇ、私が保障するからぁ」


 両手を振って、ヘカテは異形の竜の掌から駿吾たちを見下ろす。そのまま穴へと消えていく異形の竜の背――そこには膨大な数のモンスターの群れが乗っていた。


『むーらさめー! お元気そうで、なによりですわー!』

『あ、ヨハンナ』


 異形の竜の背中で両手を振るゴブリン・プリンセスに気づき、村雨も小さく手を振り返す――間違いない、あの一体一体がヘカテの“百鬼夜行”(ワイルド・ハント)なのだ。


 床に姿を消す寸前、ヘカテと駿吾の視線が合う。だから、ヘカテは届かないのを承知で小さな呟きを残した。


   †  †  †


「……いつか必ず、私に会いに来て。待ってるよ」


   †  †  †


 異形の竜が消えた穴に、最後に純白のガーゴイルが消えていく。その視線はボレアスへ――そして、言葉は強く向けられた。


『我が名は、ガーゴイル・()()()ガウェイン。我が女神“ヘカテ”の守護像なり――ここまで来い、再び風の神の名を授かった仇敵よ』

『……あ?』

()()()()、決着をつけよう』


 純白のガーゴイル――ガウェインが、穴へと消えていく。それと同時に、再びフロアが震撼する。ガキガキガキガキ――と早戻しするように、床の穴が塞がっていった。

 まるで、あの出会いが夢であったかのような。そんな錯覚を抱かせるほど綺麗に、そこにはなにも残らない。


「――あ」

「岩井殿!?」


 その直後だ、バシャン! と駿吾の左半分の視界が真っ赤に染まった。そのままズルズルと力なく、崩れ落ちた駿吾を紫鶴が支えセリーナが駆け寄った。


「シグレ! シュンゴを連れて戻るわよ!」

「……いいのかい?」


 時雨の意地の悪い問いに、セリーナは迷わず答えた。


「シュンゴの方が、先に決まってるでしょ!? とち狂って順番は間違えないわよ!」

「ああ、そうだね」


 セリーナの強い否定に、時雨は苦笑。そのまま、立ち上がれない駿吾を時雨は抱きかかえた。


「参ったな……氷雨の力が、必要になるとはね」


 自身の未熟さを恥じながら、時雨は踵を返す。それにセリーナは紫鶴に肩を貸して続いた……。


   †  †  †


「……いかがでしたか? ヘカテ」


 異形の竜――ティアマトの掌に、降り立つ人影があった。それを振り返るヘカテは、片膝をついて控える男の姿を見た。


「うん、大体あなたの言う通りの子だったよ」

「……そう、ですか」


 男――片岡玄侑(かたおか・げんゆう)は、小さく微笑む。ヘカテは小さく肩をすくめて言った。


「……協会の第四勢力? ()()()()()()()()()()()()はいいんだけど……いいの? もう片岡さん、居場所なくなちゃったんじゃない?」

「それは最初から承知の上で、今回の任務にあたりましたので」

「そっか。お疲れ様」

「ありがたきお言葉――それと謝罪を。あなたから授かったバーバ・ヤガーを失ったことを……」

「いいよ。今は彼に付き従って、お婆ちゃんってば幸せそうだったし」


 そう言いながら、ヘカテは仮面を外す。ふう、と息を吐くと改めて純白の犬仮面を見た。


「こういうのがないと人と話しにくいって、彼も大変だなぁ。《ワイルド・ハント》だし、仕方ないところもあるけど……」

「――――」

「気にしないでいいよ。私は受け入れてるから」


 顔を伏せた玄侑の感情を目聡く読んで、ヘカテはそう告げると改めて呟いた。


「――結局、全部道満ちゃんの言う通り……だったな」


   †  †  †

世界を回すのは、決して“力”などではなく――



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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかんだ言ってアステリオスの魔石を横取りしに来ただけでは?
[気になる点] ガーくんはアーサーの遺産じゃないの? これも伏線かな?
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