61話 “S”ランクダンジョン『新宿迷宮』11&限界の向こう側1
† † †
「――《限界、突破》!」
† † †
その瞬間、岩井駿吾と繋がったモノ全員がその呟きを聞いた。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
雷化したアステリオスの特攻。その速度を活かした一撃が、センチュリオンを貫く――そのはずだった。
『――!?』
しかし、アステリオスは気づく。自分がまったく別の方向に導かれたのを――!
† † †
大気における絶縁破壊とは、簡単に言えば大気を押しのけそこに真空の『通り道』を作ることに他ならない。
雷、電気とは抵抗の少ない場所に流れる傾向がある。ならば、ならばだ――事前に真空による通り道を用意できるなら?
その答えが、これだ。
† † †
『――ッ!』
ズザン! と雷化したはずのアステリオスが、“出口”に控えていた御堂沢時雨の斬撃によって右腕が斬り飛ばされた。壁を足場に着地したアステリオスは実体化、そして見る。
『再生、シ、ナイ――!?』
「当然だとも」
雷化を解けば、少なくとも斬られた箇所は再生してきた。だというのに、今は右腕の肘から再生していない――怪訝な表情を見せたアステリオスへ、時雨は言い放つ。
「絶縁処理済み単分子ブレード雷切改二――我ら探索者協会技術班の汗と涙の結晶だ。そこに我が佐士一刀流の斬魔の太刀を持ってすれば、雷ぐらい断ち切れるさ」
『チィッ!!』
雷化しようとして――アステリオスはボレアスを見る。今、あの不可思議な感覚。アレをやったのが、大気を操ったボレアスなのは明白だからだ。
――お前とやりあえば、悪いが相性の差でオレが勝つさ。
(コウイウコトカ!)
いつかの断言を、アステリオスは思い知る。最速のアステリオスと、暴風のガーゴイル――確かにそこには、圧倒的な相性の差があったのだ。
「村雨!」
「ダルタニアン!」
アステリオスが雷化を迷った瞬間、召喚者ふたりの声に応えて上から悪鬼・剣豪とケット・シー:パラディンが降りてくる。小太刀が、サーベルが、アステリオスの両肩へと突き刺さった。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『うお!?』
『こっちだ、小鬼君!』
ダルタニアンが村雨の手を掴み、横へ転がる。直後、強引に雷化したアステリオスがその姿を消した。次にアステリオスが姿を現した場所に、シルバー・ドラゴンとエイシェント・ブラック・ワイバーンのブレスが叩き込まれた。
『――ッ!!』
吹き飛ばされ、アステリオスが床を転がる――駄目だ。雷化すれば、誘導される。しかし、最速のモンスターがその速度を奪われる意味は、あまりにも大きい。
『!?』
床の一部が、だぷんと形を失う。ミスリルスライム・ヒュージの《偽装》、左腕と両足へと絡みつかれた。その刹那、バチン! とアステリオスが間一髪で雷化する――!
強くなっている、どのモンスターも戦闘能力が大きく向上していた。アステリオスは知っている、これは間違いなく《限界突破》だ――身に覚えがある、あの力は――。
『――《Wild Hunt》!!』
アステリオスの眼前に、北斗と南斗の石棍棒と石斧があった。それを呼び出した斧でアステリオスが受け止めると、ギ、ギギギギギギギ! と蹄が火花を散らしながら踏ん張った。
「アステロペテス!」
「イフリータ!」
駿吾とセリーナ・ジョンストンの声に、アステロペテスが無手の手を振りかぶり――イフリータが自らを雷の槍へと変えた。
「「――放て!!」」
駿吾とセリーナの声に、アステロペテスがイフリータの雷撃を投擲する! そこへアステリオスが雷の斧を投げ返した。空中で激突する雷撃、眩い閃光が視界を焼き尽くすように瞬いた。
「――ボレアス!」
「――センチュリオン!」
続く駿吾とセリーナの声にボレアスとセンチュリオンが同時に飛び込んだ。ボレアスのクロムに包まれた左拳が、センチュリオンのアダマンタイトの右拳が、同時にアステリオスの顔面を捉え殴り飛ばす!
『――フ、ハ、ハハ――』
アア、アノ時以来、ダ――アステリオスが、笑う。
『アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』
ボレアスの左腕が、センチュリオンの右腕が、砕け散る。低く身構え、アステリオスが駆けた。
『弱点ハ、ソコダロウ!!』
知っている、この馬鹿げた奇跡を可能とする力。その源を――だから、ソレを狙った。駿吾を、《限界突破》の元凶を!
「さ、せるわけ。が――」
「――ないでしょうが!!」
藤林紫鶴とセリーナが、同時にアステリオスを迎撃する。鬼灯色の双眸がアステリオスの速度を急激に落とし、セリーナが光の槍を繰り出した。左腕を犠牲にしたアステリオスが光の槍の軌道を逸らし、そのままふたりを蹴散らし――。
「――え?」
駿吾が、目を見張る。迫っていたアステリオスから駿吾を守るように立ち塞がったのは――銀白色の骸骨たちだった。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ドラゴン・トゥース・ウォーリア・ソードマン
【ランク】B
筋 力:B
敏 捷:B
耐 久:A-
知 力:‐
生命力:B
精神力:C
種族スキル
《竜血の牙》
《高速再生》:B
固体スキル
《習熟:剣》:B
《習熟:大盾》:B
† † †
【個体名】なし
【種族名】ドラゴン・トゥース・ウォーリア・ランサー
【ランク】B
筋 力:B
敏 捷:B
耐 久:A-
知 力:‐
生命力:B
精神力:C
種族スキル
《竜血の牙》
《高速再生》:B
固体スキル
《習熟:槍》:B
《習熟:大盾》:B
† † †
【個体名】なし
【種族名】ドラゴン・トゥース・ウォーリア・アーチャー
【ランク】B
筋 力:B
敏 捷:B+
耐 久:A-
知 力:‐
生命力:B
精神力:C
種族スキル
《竜血の牙》
《高速再生》:B
固体スキル
《習熟:弓》:B
† † †
『――――ハハッ』
ボレアスが、笑う。自分の砕けた拳から産まれた、クロム製の骸骨――ドラゴン・トゥース・ウォーリアたちを。
ボレアスが振り返る――その巨大な身を覆うのは暴風の身体と、身に纏うクロームの鎧。その姿は、もはやただの悪魔を模した姿ではない。竜を模した頭部、異形の手足、翼――体長一五メートルを超えた巨大な銀白色の像が瞬く間にアステリオスへと追いついた。
駿吾へ届くはずだったアステリオスの特攻は、三体のドラゴン・トゥース・ウォーリアたちに阻まれた。剣が、槍が、矢が――アステリオスをコンマ秒だけ、止めたからだ。
一秒にも満たない極々僅かなその時間が、ボレアスを間に合わせた。
『――アステリオス!!』
変形させた巨像の拳が振り下ろされる。アステリオスは、間に合わなかったことを認め振り返った。
『――パズスッ!!』
渾身の電光となったアステリオスが、ボレアスの一撃を真っ向から粉砕した。砕ける銀白色の鎧、ほつれる暴風――その中を飛び出したボレアスが、灰色の右拳でアステリオスを貫いた。
† † †
光の粒子となって、アステリオスの身体が落下する。むき出しになり、床を砕いて落下したのは巨大な魔石だ。ボレアスは、右腕を失いながら少し離れた場所に落下した。
「ボ、レ、ア……」
落ちたボレアスに駆け寄ろうとして、駿吾の膝が崩れる。急激に身体から力が抜けていくのを感じた――時間切れだ、《限界突破》の反動に意識が蝕まれる。
「……っと、大丈夫?」
「……あ?」
床に倒れる寸前、駿吾は聞いた。自分を間一髪で支えてくれた、フード付きの純白のコートに身を包んだ少女を。
「だ、れ……?」
「うん、初めましてだね」
その顔は見えない、純白の犬の仮面を付けた――自分とは、色違いの少女。そこへ、戦乙女が飛びかかった。
「――シュンゴから離れなさい! “ヘカテ”!」
だが、その光の槍が純白の少女――ヘカテへ届く寸前、掴まれた。それは純白の鉤爪、真っ白なガーゴイルのものだった。
『……ああ?』
その純白のガーゴイルに、よろけながら立ち上がるボレアスが怪訝な声を上げる。喉元まで来てるのに、思い出せない。そんな奇妙な感覚に襲われていたのだ。
『させると思ったか?』
「あ、怪我させちゃ駄目だよ、ガーくん」
『……承知』
ヘカテに釘を刺され、ガーゴイルがセリーナを投げ飛ばすだけに留めた。その間にも他のモノも駿吾を助けに向かおうとするが――動けない。それほどの圧力を、純白のガーゴイルが秘めていたからだ。
強引な均衡の中、ヘカテはアステリオスの魔石を見つめると優しく告げる。
「うん、お疲れ様、アーくん。今は、ゆっくりと休んでね」
魔石が、光の粒子となって消えていく。それは召喚されたモンスターが、送還された合図だ。それを見届け、時雨がようやく口を挟んだ。
「なるほど、やはりこの『新宿迷宮』は“S”ランクダンジョンで間違いなかった訳だね」
「……え?」
時雨の言葉に、駿吾が目を丸くする。その驚きに、ヘカテが小首を傾げてから、「ああ」と合点がいったように頷いた。
「そっか、キミはダンジョンのSランクにはふたつの意味があるって知らないんだね」
「……あ、はい……」
「えっとね? まず、Sランクダンジョンは“特級”って意味があるの。攻略不可能、そう判断されたって意味」
人差し指を一本立てて、ヘカテが言う。そして、二本指を立ててヘカテは続けた。
「もうひとつは、コード“ヘルラ”が生み出したSランクダンジョンへの入り口って意味があるんだ」
「……“ヘルラ”って……あ、の……ふたり、目……?」
「うん」
必死に意識が落ちないように気を張る駿吾へ、ヘカテは告げた。
「それがね、“嵐が王級”ダンジョン。略して“S”ランクダンジョンってこと」
† † †
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