59話 “S”ランクダンジョン『新宿迷宮』9
† † †
「アステリオスの雷速は凄まじい能力だが、対処不可能ではない」
乗り込む前、御堂沢時雨は岩井駿吾へそう講義した。
「元々、雷化しなくては使用できない。雷化したら、直線にしか移動できない。曲がる、進行方向を変える場合、一度止まらなくてはならない――この三つの限定条件があって、初めて戦闘に耐えられるものになっているんだ」
「えっと、確かにそれは大きな隙に見えますけど……」
駿吾としては「だから、なに?」というのが本音だ。それに時雨は人差し指を立てて、拳銃に見立てて駿吾に指先を向ける。
「ほら、よく言うだろう? 銃も引き金を引く時に銃口の前にいなければ当たらないって。それと同じ理屈だよ」
あっさり言ってのける。実際、時雨は飛び抜けた第六感と読みで回避を成功させ、攻撃を当てることが可能だ――それができるからこそのSランク、白兵戦最強なのだが。
『……とにかく、主は心配しなくていい。オレらが全力で守る。稼ぐのは時間だ』
ボレアスの念話に、駿吾が息を飲む。時間を稼ぐ――《限界突破》は、どうやら即座に発動するものではないらしい。あまりにも使い手が少なく、発動条件が不安定であるために詳細がわからないので、頼りになるのが曖昧な駿吾の発言なのだが――体験したことのあるボレアスは、断言する。
『《限界突破》さえ発動できれば、必ず倒せる。そいつは請け負うぜ』
「いいね、心強いよ」
皮肉でも嫌味でもなく、時雨は言ってのける。そして、身体を緊張で硬くする駿吾に時雨は笑いかけた。
「――大丈夫。こっちも準備は整えてるからね。場合によっては、こっちだけで仕留めても問題ない――見せ場を譲った、ぐらいに思ってくれ」
† † †
――ギィン! と火花が散った。
『――――』
「――――」
アステリオスと時雨、互いに足を止めて打ち合う。雷化した斧と絶縁処理を施した刀、それが両者の間で激突を繰り返した。
『……本当に人間かよ、アイツ』
そんなボレアスの呟きには、呆れが滲んでいた。速度に対抗する唯一の手段。先読み――あるいは、先の先という技術。相手の攻撃を読み、そこに斬撃を“置く”のだ。剣気と絶縁処理、そのふたつを頼りに落とし続ける。それを可能にするのが、このSランク探索者御堂沢時雨という剣士だった。
「――――!」
そこへ藤林紫鶴の澄んだ赤い鬼灯色の双眸が向く。バシュ! と赤錆を散らしながら、アステリオスの右腕が消し飛ぶ。
浄眼――それは洪水の化身である伊吹大蛇が宿す特性。その視界内に収めたあらゆる“情報”を視線によって押し流す、というものだ。魔石を核とする情報生命体であるモンスターへ特攻効果を持つが、その視力には限度がある。
「ぐ、う……雷化している、部分を、消すのが、やっとです……っ。肉体化している、部分は、情報密度が、厚すぎて――」
「それで充分! ――イフリータ!」
セリーナ・ジョンストンの背後から、煙が浮かび上がる。そこに現れたのは、全身を電化した女の魔神だった。
「あんたを相手するために用意した雷属性の魔神よ――たっぷりと味わいなさい!」
その刹那、イフリータが一条の電光となってアステリオスへ走った。ズン! と腹の奥まで響く衝撃――雷と雷が絡み合いながら、相手を食い潰そうと喰らい合う!
「ボレアス!」
『応よ!』
絡み合う雷を、ゴゥン! とボレアスが生み出した旋風が飲み込んだ。旋風の内側で雷鳴が轟き――消し飛んだ。
雷鳴とは急速に膨張する空気が音速を超えた時に生じる破裂音だ。雷とは、ただそれだけで膨大なエネルギー、ジュール熱を秘めているのだ。
しかし、拡散した雷が再びひとつの姿を取る――それは純白のミノタウロス、アステリオスだ。
「……ごめん、イフリータは再生に時間がかかりそう」
「う、うん……」
同じ雷でも、エネルギーの総量が違いすぎる。エネルギー源である魔力、それはイフリータがセリーナ頼りであるのに対して、アステリオスのそれはすべてこの『新宿迷宮』五〇階というフロアで賄われている――コップ一杯とプールの水、どちらが有利かなど論じるまでもなかった。
(――だから、《限界突破》がいるのか)
駿吾は悟る。エネルギーの総量で一個の魔力量が、これほどの規模のダンジョンに敵うはずがない――だから、量ではなく一瞬の出力で押し切る。持久戦になれば圧倒的に不利だからこその、一瞬に全てを賭ける一か八か。
『――――』
『……あん?』
ボレアスは、自分に向けられたアステリオスの視線に怪訝な表情を見せる。ほんの一瞬だけ、確かに自分に向けられた視線に敵意を感じなかったからだ。
『――ハッ』
アステリオスは笑い飛ばし、物質化。そのまま、迷宮の足場へ落下する。着地したその瞬間だ――五〇階のフロアが、鳴動した。
『全力デ――挑マセテモラウ』
ガガガガガガガガガガガガガガガ! とアステリオスを中心に、迷路が組み上がっていく。
神話に曰く、ミノタウロスとは迷宮に閉じ込められ、封じられたモノ。だからこそ、彼は常に迷宮の中心にあり――決して外には、出られない。
「――こ、れ……!」
だが、それはこの現状においてアステリオスにプラスの効果となって働いた。数で押していたこちらが、一気に迷宮によって分断させられるのだから――。
「さ、せ、ませ――」
だが、その迷宮を破壊する手段もある――紫鶴の浄眼、その瞳術であれば迷宮という情報そのものを押し流し消失させられる。
そして、それをアステリオスが読んでいない訳がない。
『ソレハコチラノセリフダ』
雷化せず、アステリオスが間合いを一気に詰める。蹄の足、それによる前蹴りが紫鶴を襲う――時雨のような先読みも、セリーナほどの戦闘経験もない紫鶴にとってその一撃は致命的だ。例え雷速でないとしても、必殺の間合いで紫鶴を捉え――。
「――あ」
不意に、横から紫鶴が吹き飛ばされた。咄嗟の行動だ、気づいた駿吾が紫鶴を突き飛ばし――その蹴りの軌道に割り込んだ。
(だ、め……!)
紫鶴が、手を伸ばす。しかし、届かない。時間が、ひどくゆっくりと動く――突き飛ばした駿吾の脇腹、そこにアステリオスの蹄が迫っていた。当たれば即死だ、そんなことわかっていたはずなのに――駿吾の身体は気づいた時には動いていて、当然のようにそうしていた。
(や、めて、やめて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!)
魂が、心が、もがきあがいても身体が動かない。動いてくれない。殺すなら、私を殺して! 奪わないで、死なせないで、その人を――!!
† † †
「あ――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
† † †
絶叫。駿吾の腹部にアステリオスの蹄が届いた刹那、血の涙をこぼした紫鶴の浄眼がアステリオスの蹴り足を消し飛ばした。自身への負荷など度外視の、必死の瞳術――蹴り飛ばされた駿吾が、床を二度、三度と跳ねて転がった。
『ヌ――!?』
アステリオスの実体の密度さえ消し飛ばす紫鶴の瞳術の出力に、迷宮の魔獣の動きが刹那止まる――《再生》を、そうアステリオスが魔力を集中させようとした瞬間、横合いから顔面を殴り飛ばされた――ボレアスだ。
『嬢ちゃん! 主はまだ生きてる! 治療を!』
「ッ! はい!」
暴風で迷宮の壁を強引に破壊してきたボレアスが、アステリオスへ連打を叩き込む! 雷化などさせない、させてなるものか! 拳の連打でアステリオスへ釘付けにしながら、紫鶴の道を作ったのだ。
「岩井殿! 岩井殿!」
足をもつれさせるように紫鶴は駆け込み、その場に転がっていた駿吾を覗き込む。命中した瞬間に足を消し飛ばせたからこそ、威力の99%を軽減できた――だが、1%あれば致命傷には充分すぎた。
「ああ、あああ! ど、どうして、どうして……!」
首元に触れ、脈を確認する。弱くはあるが、まだ生きている――しかし、時間の問題だ。用意していた回復アイテム、ポーションを飲ませようとするが駿吾にはその余力がない――だから、紫鶴は自分の口にポーションを含み、唇を重ねて強引に口移しで飲ませた。
「が、は……!」
駿吾が、咳き込む。ダンジョンの技術の産物は、強引に生命を繋いでくれる――だが、それだけは治癒には程遠い。
「だ、い……じょう、ぶ……?」
「わ、わたしは、だいじょうぶ、です、から……! 駄目、駄目! 意識を、失わ、ないで! だめ、だめ……!」
この期に及んで自分の心配をする駿吾に、紫鶴は駄々っ子のように頭を左右に振る。ほんの一瞬、一刹那が死を招く――わかっていたはずだ、なのに、なのに――!
「うん、でも……もう、だい、じょう、ぶ……だ、からっ……」
よろよろと、駿吾の手が自身の“魔導書”に触れた。
「――サ、モン……」
その瞬間、そこに呼び出されたのは戦乙女――セリーナだ。ぐったりと倒れた駿吾を見て、セリーナは息を飲む。
「シュンゴ!?」
セリーナの手から、すぐに回復魔法が飛ぶ。弱々しかった駿吾の身体が、今度は激痛に襲われた――少なくとも、痛みを感じられる程度には回復したのだ。
「いったあ……」
「痛いのは生きてる証拠よ! アステリオスは!?」
「あ、ちらで、ボレアス、殿が――」
振り向いた先、ボレアスのクロムのガントレットの連撃と足を《再生》させたアステリオスの重量級の打撃戦が繰り広げられていた。お互い、一歩たりとも退こうとしない意地の張り合い――そのさなか、アステリオスが喉を鳴らす。
『ハ、ハハ……ッ』
『なにがおかしい!?』
『ナ、ニ……夢ノヒトツガ叶ッタノデナ』
『ああ!?』
ゴオ! と上から押し潰すようにボレアスの拳がアステリオスの顔面にめり込む。それに構わず、アステリオスは下から拳を突き上げボレアスの顎を砕いた。
『ダガ――マダマダダ。カツテニハホドトオイ』
『ぐ、が!!』
顎を砕かれ、ボレアスは《高速再生》――その刹那、アステリオスが電光となってその場から消えた。
『コレガオ前タチノ全力ナラバ、ココマデダ――!』
バチン! と電光を残し再びアステリオスが実体化する。ボレアスも大きく後退、駿吾と紫鶴、セリーナを守るように身構えた。
『よし、よく生き延びた! 上等だ!』
「ちょ、っと、待って、て……いま、みんなを、呼び、戻して……っ」
「いきなり全部は無理よ、その時間はきっちり稼ぐから――」
セリーナの召喚に答え、センチュリオンがボレアスの横に並び立つ。ニ体のSランクモンスターを前に、アステリオスは身体中に放電光を纏い身を低くした。
『サァ、仕切リ直シダ』
『上等だァ!! 行くぞ、センチュリオン!』
『はい!』
その瞬間、三体のSランクモンスターが全力で激突した。
† † †
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