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55話 “S”ランクダンジョン『新宿迷宮』5

※コロナワクチンを打ったら、それなりにダルい日々です、はい。

   †  †  †


 ――Sランクダンジョン『新宿迷宮』四九階。ついにそこまでやって来た。


「今日一日、明日の準備のために使う。それでいいかな?」


 バーバ・ヤガーの小屋、その一室で御堂沢時雨(みどうさわ・しぐれ)はそう切り出した。それに、コクリと岩井駿吾(いわい・しゅんご)は頷く――準備が必要なのは間違いない、駿吾だからだ。


「アステリオス、相手に……使えるモンスターを、選別したかったのでありがたいです」

「さすがに全部出す、じゃ駄目なのか?」


 坂東左之助(ばんどう・さのすけ)の問いかけに、首を左右に振ったのは交戦経験のあるセリーナ・ジョンストンだ。


「はっきり言って、数だけだしても薙ぎ払われて終わるだけ。無駄にするぐらいなら、《進化(エボルブ)》の素材にして強化できるやつを強化した方がマシね」

「……Aランクモンスターでもかよ」


 そりゃあ、俺も力になれねぇな、と左之助も苦笑する。雷速――雷とは言わば電子の速度。光速には劣るものの秒速二〇〇キロメートル――その速度はあまりにも凄まじい。アステリオスの攻撃力に耐えられる防御力――ゴーレム系モンスター最硬と言われるアダマントゴーレムのセリーナのセンチュリオンでさえ、一五回の攻撃を耐えるのがやっとだったという。


『よほどの特殊能力か、防御力。あるいは同程度の速度がなければ対応できないでしょう』

『……聞けば聞くほど、訳がわからん化け物だな。そのアステリオスってのは』


 センチュリオンの念話に、ボレアスも念話でツッコミを入れる。ミノタウロス・プロト――ミノタウロス種最強にして、最速のモンスター。その強さを駿吾と左之助以外は目撃している。


「何回も阻まれ、探索者協会(シーカーズ・ギルド)が特例でコードを付けたほどのモンスターですからねぇ」

「今回は私も色々と用意してきた。今度こそ、突破するさ」


 ヴィオラ・ターナーの言葉に、時雨は自分の腰に下げた刀の柄頭を撫でる――今回、対アステリオス戦用に探索者協会の技術部と共に仕立てた特殊な刀らしい。


「では、それぞれ準備を整える方向で。四人は引き続き、周囲の警戒とモンスターへの対処をお願いするよ」


   †  †  †


 バーバ・ヤガーの小屋から少し外れた『新宿迷宮』の片隅、そこで片岡玄侑(かたおか・げんゆう)が左之助を出迎えた。


「おう、片岡さんよ。見張り、交代すんぜ?」

「そうか、後は頼む」


 片手を上げて言う左之助に、長杖(スタッフ)を片手に無表情で玄侑は答える。左之助は上げていた手で頭を掻き掻き、表現に難しい歪んだ顔で言った。


「あー。俺さ、腹芸苦手なんだよね。だから、単刀直入に行くわ」

「――な」


 その瞬間、玄侑の表情がこのダンジョン攻略中、左之助が知る限り()回目の変化を見せた。一本の杭、それは転移門(ワープ・ポータル)用のアイテムだ。左之助が地面に突き刺した刹那、玄侑と左之助の姿がその場からかき消えた。


   †  †  †


「――冗談にしては笑えないぞ? 坂東」


 玄侑は気づいた時には、四九階のバーバ・ヤガーの小屋から遠いフロアへと飛ばされていた。もちろん、門を開いたのだから左之助も一緒に跳んでいる――距離にして、約五メートル。この距離は完全に左之助の間合いだ。

 ゴキゴキ、と両手を鳴らしながら左之助が言い捨てる。


「笑えよ、片岡さんよ。ちょっと見てみたいわ、あんたの笑うとこ」

「――差し詰め、絶望派あたりの差し金か?」

「ピンポーン、正解」


 軽い調子で左之助が答えるのに、玄侑はあからさまに舌打ちする。《ワイルド・ハント》――駿吾を危険視する者たちならば、この『新宿迷宮』内で処理したいと思うのは当然だ。その備えをしてはいたが――。


「お前がとは正直意外だよ。私はターナー女史か、いっそジョンストン嬢かと思っていた」


 ヴィオラは外国からの出向組で日本本部ではない流れからで、セリーナには個人的に《ワイルド・ハント》というものに思うところがある過去の持ち主だ。このふたりに絶望派が接触してならわかるのだが、ただの脳筋かと思っていた左之助が“刺客”とは――。


「絶望派の台所事情も厳しいらしいな」

「はっはっは、そう思うだろ?」


 左之助が身構える。一対一、ジリジリと迫る圧力――玄侑からすれば、距離は絶望的だ。魔法を発動させようとすれば防御は間に合わず、もちろん近接戦闘でこの男に敵うはずがない。どう考えても左之助の間合いだ。玄侑は長杖を構えながら、牽制しつつ吐き捨てる。


「せめて、アステリオス戦が終わってから、とは考えなかったのか?」

「おいおい、それじゃあ困るだろ? ――()()()()


 その瞬間、玄侑の表情が凍りついた。


「――は?」


 お、()回目、と左之助が面食らった表情を見せた玄侑に、鮫のように嘲笑って言った。


「希望派からは、《ワイルド・ハント》を守れって依頼を受けてんだよ。俺は」

「――お前、は――」

「んでもって、そのきっかけは中立派の本部長から希望派と絶望派、両方から依頼を受けてバランサーやれっていう依頼でよ――」


 ガキン、と左之助の両腕を漆黒のガントレットが包む――その拳に刻まれたのは、横五本縦四本の格子形の線からなる九字紋だ。この九字紋こそ、陰陽道において五芒星の星型であるセーマンに対してドーマンと呼ばれる力ある紋だ。


「――大元は、道満の婆様から三つの勢力と接触して全部纏めて依頼を受けてこいって言われた筋よ」

「――――」


 玄侑は、もはや言うべき言葉はなかった。この男は二重スパイどころか三重スパイをやれと命令を受けた、()()()()()()とつながっていたのだから――明確に“敵”と認識するしかなかった


「なぁ、なぁ、片岡の旦那よぉ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 左之助の言葉に、完全に玄侑の表情が消える。玄侑は眼鏡の奥の瞳に剣呑な輝きを灯しながら言い捨てた。


蘆屋道満(あしや・どうまん)の仕込みか、どうりで――」

「あの婆様、俺を荒事屋として協会に売った張本人だかんよ。本当に人使いっつうか、使いが荒いんだわ」


 一瞬、生物の反射的行動、瞬きをした刹那――玄侑の身体が吹き飛ばされていた。真っ直ぐ踏み込んでからの直突き――左之助の無造作な一撃に、玄侑が間一髪長杖での防御を間に合わせていた。


「言いにくいか? 言いにくいなら、俺が言ってやろうか? 片岡さんよぉ」


 だが、一撃で終わらない。気楽に語るその言葉の最中にも前蹴りが、踏み込んでの肘打ちが、全体重を乗せた掌打が連続で続いた。どの距離でも戦える万能である玄侑だが、この距離は完全に左之助の独壇場だった。


(Aランクモンスターと、遜色のない、速度と重さ、を――!)


 もしもモンスターとして左之助の能力値を表せば、筋力と敏捷はどちらも『A-』はあっただろう――玄侑は技術で紙一重で凌ぎながら歯を食いしばる。


()()()()……()()()()()()――――――だろ?」


 打撃が止まらない。防御の上からでも重く響く左之助の一撃一撃は、駆け引きを必要としない。ただ打ち込み続ける、それだけで敵を倒せるからだ。


「ぐ、が……!」

「正直さ、本当なら希望派であって欲しかったぜ、旦那」


 この『新宿迷宮』探索中、最初の玄侑の表情が変わったのを見たのは、護衛対象――《ワイルド・ハント》がバーバ・ヤガーに笑いかけた時だった。その眼差しが、ほんのわずかだけ柔らかくなったのだ――だから、()()()と思う。


「それだったら、全部終わった後に酒でも飲みながら種明かししてやったのによ――ったく、他人に使われる()は辛いよな、()()()()


 口調は苦々しげでも、左之助の動きに一切の躊躇も惑いも存在しない――最後の一撃、玄侑の首を掴んだ瞬間に、左之助は握り折った。


   †  †  †

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― 新着の感想 ―
[一言] 実は電子自体の移動速度は結構遅い、速いのは電場の方だったりします。
[良い点] 某ゲームの幻獣共生派みたいな人たちですかね?
[気になる点] この2人も“D”チルドレンかな [一言] あー・・・ ゴブリンの時の少女が2人目で謎のアーくんがアステリオスだと思ってたけど片岡さんを使ってるやつとのイメージが 2人目と3人目の間に…
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