52話 “D”チルドレン1
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† † †
「…………」
バーバ・ヤガーの小屋で岩井駿吾に割り振られた部屋にセリーナ・ジョンストンが入ってから約一〇分、長考に入っていた。
「――――」
駿吾は同じベッド――他に座るものがなかったから――に腰掛けたまま、セリーナの言葉を待った。幾度となくセリーナは口を開いては口ごもる、というのを繰り返す。それでもじっと、セリーナから切り出すのを駿吾は待ち続けた。
セリーナは一度深呼吸、駿吾の方を見て言った。
「シュンゴは、“D”チルドレンって知ってる……?」
† † †
それは、二〇〇〇年代初頭“迷宮大災害”の始まりまで遡る。
その当時、モンスターへの対抗手段に乏しかった人類はダンジョンの“スタンピード”によって起こる“失地”と呼ばれる災害に世界各地で見舞われた。その結果、多くの人々がダンジョンの環境に放り出され、生命を落とす結果となったという。
しかし、極一部その環境の中で生き抜く人類がいた。ダンジョンの環境に適応した、後にスキルに分類される特殊能力に目覚めた者たちがいたのだ。
そして、その中でも特にダンジョンに順応した者たちがいた――それは、ダンジョンの中で産まれた者たち、後に“D”チルドレンと名付けられる者たちだ。
ここまでは、近代史の範疇で習う範囲だ。
「ダンジョンの中で産まれた人たち、ですよ、ね……」
「うん。今でも時々、“失地”によって“D”チルドレンは産まれてるの。私が、そう」
セリーナが、じっと駿吾を見上げる。その瞳は、まだ話が終わっていないと物語っていた。だから、また駿吾は沈黙してセリーナの次の言葉を待つ。
「えっと……ドウマンは、シュンゴを奥の手になるって言ったでしょ?」
「ああ、う、うん。《限界突破》がそうなるって話、で……?」
――《限界突破》、それは自身と契約したモンスターの全能力を大幅に跳ね上げさせる召喚者系のスキルだ。以前、土蜘蛛八十女相手にボレアスを超強化したことがある。
強力な反面、自身の魔力を限界まで引きずり出す諸刃の刃的なスキルだ。確かにボレアスや他の契約モンスターを超強化できれば、あるいはアステリオスにも届くかもしれないけれど――。
「……正直、奥の手、と言われてもピンと、来ないというか……」
「それは、ショウゴのモンスターだけなら、でしょう?」
じっとセリーナは見つめたまま、自身の胸に手を当てて言葉を続けた。
「さっきの“D”チルドレンの話にかかって来るんだけど、ね? ……これは、見てもらった方が早いかな――」
セリーナは深呼吸をひとつ、見上げた体勢のまま目を閉じる――その時だ、セリーナの赤褐色の髪がその先から輝く黄金色に変わっていく。そして、ゆっくりと瞳を開けるとそこには透き通った蒼穹のような蒼い瞳があった。
「え? あ……?」
「ダンジョンの中で産まれた“D”チルドレンはね? 魔石の代わりに肉体にモンスターの情報を刻まれた子供が生まれることがあるの」
これがセリーナの“秘密”。“D”チルドレンであるセリーナはAランクモンスターである戦乙女に《変身》できるのだ。
モンスターに変身できるのは、極々一部の“D”チルドレンのみ。そのため、その事実は徹底的に隠蔽された。当然だ、誰がいつどんなモンスターに変わるかわからないなどということが発覚すれば、“D”チルドレンに生きる場所など人類の生存圏には存在しなくなる……皆殺しにあうだろう。
「……私は比較的人間に近いモンスターだから、マシだけどね。種類によっては、結構キツいらしくてさ……うん、これが、私の“秘密”でシュンゴが奥の手になる理由」
「えっと……それって、もしかし、て……?」
「――うん、シュンゴに私は自分の意志さえあれば契約できるの」
そして、その時に起きることこそ本題だ。
「私が《限界突破》の効果を受けた時、私の契約モンスターも効果を受けるのよ」
† † †
「……はぁ?」
――ゾクリ、と駿吾はその言葉の意味を理解して、背筋が凍りついた。セリーナ自身は《限界突破》を所持していなくても、Sランク探索者であるセリーナのすべての召喚したモンスターがその効果の影響を受けたら、どうなるか?
あの蘆屋道満が主力であり、奥の手だと言った理由が痛いほど理解できた……できてしまった。
「うん、Sランクモンスターを含めたAランク以上のモンスターが一〇体とAランクモンスターである私も含めて、《限界突破》して戦える――こんなの、チートもいいところだわ。それに加えて、あなたのモンスターもいるのよ?」
『……当事者がいいと言うのなら、それで構いません』
あの会議の場での御堂沢時雨の言葉が、駿吾の脳裏を過る。セリーナと駿吾、ふたりに判断を委ねると言ったのは頼めば駿吾がすぐに受け入れてしまう、そう懸念したからだろう。
セリーナさえ許すのなら、確かにそれが一番確実な手段になりえる。駿吾は喉元で何度も言葉を凍りつかせる。
(――セリーナさんは、どうしたいんですか?)
それを聞いては駄目だ。こんな選択を彼女に選ばせて、いいはずがない。あれほど思いつめて、その上でようやく話してくれたのだ……なのに、最後の選択まで彼女に押し付けるなんてひどすぎる。
「セリー、ナさ――んぐ!?」
なら、その最後の責任は自分が負うべきだ――そう開きかけた駿吾の口を、セリーナの手が塞いだ。
「……そういうつもりじゃないの。あんただけに背負わせたくないから、今は決めないで」
小さく柔らかい手は、震えていた。うつむき、それでも必死に絞り出す彼女の声は確かに揺れていて――だから、駿吾も言おうとした言葉を飲み込むしかなかった。
「まだ時間はあるから、考えておいてくれるだけでいいの。それで、お互いに望むなら……にしましょう?」
「…………」
コク、と駿吾はひとつ頷いた。それを手越しに感じて、セリーナは立ち上がると足早に部屋の扉へと向かった。
「聞いてくれて、ありがとうね? シュンゴ……おやすみ」
「……は、い。おやすみ、なさい」
そう視線も交わさず、その夜のふたりは別れた。
† † †
――まずい、まずい、まずい。
火が着いたように熱くて引きつる顔をうつむいて隠したまま、元の人間に戻ったセリーナは自分の部屋へと逃げ込む。拒絶されなかった。まずはそこで安堵した。人ならざるモノ、モンスターである自分の一面を、きちんと知っても拒絶しなかったのは予想通りで。
(……気づいてないわよね、あれ)
駿吾は仮面をつけていなかった。だというのに、あの気弱で人の目を見て話すのが苦手な少年が、真剣な表情で自分の目を見てくれた――その表情が、とても真っ直ぐで、綺麗で……ぎゅっと駿吾の言葉を止めた手を握りしめ、セリーナは熱に浮かされた頭を必死に冷やそうとする。
(ああ、まずい。本当に――)
セリーナという少女と、真の戦士を愛でる戦乙女の部分が合致してしまった。あ、いいな――と。
お互いで答えを出そうと思ったのは事実だ。だから、今は答えを出さないでほしい、と言ったのは正直な気持ちで。でも、別の気持ちもあったのだ。
(あんな目で不意打ちされたら、我慢できないもの……)
さすがにそれはまずい、戦乙女の厄介な部分が出たらお終いだ。だから、今度駿吾が答えを聞かせてくれる時までに、心構えをしておかないと、とセリーナは強く誓った。
† † †
「いやー、戦乙女って厄介な生き物ッスね」
「お前が言うな」
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