49話 “S”ランクダンジョン『新宿迷宮』1
※第50部分まで到達しました! 今後ともヨロシク!
† † †
その日、Sランクダンション『新宿迷宮』五〇階へ挑む者たちが、探索者協会日本本部の大会議室へ集まっていた。
「あ、やっほーっ」
セリーナ・ジョンストンは着いたなり会議室を見回し、既に座っていた黒ずくめの犬の仮面の少年に近づいた。遠巻きに見ていた他の探索者がざわめく――なにせ、セリーナは大国合衆国ではハリウッドスターより有名なSランク探索者だからだ。
ましてや、今回のアステリオス討伐のためにわざわざ呼び出されたのだ。彼女を知らない者は、この場にはいなかった。
「……ドモ」
「あははは、ごめんごめん。なにか目立たせちゃった?」
「……ずっと、妙なものを見る目では見られてたんで」
かつて土蜘蛛八十女事件で、知られた格好だ。普段はただのコスプレぐらいにしか思われないが、このような場所に呼ばれるのだ。あの事件の功労者と気づいてもおかしくはないだろう……それを差し引いても、怪しい格好だが。
セリーナは自然な動作で岩井駿吾の右隣へ座ると、改めて言った。
「ここにいるってことは、引き受けてくれたんだ?」
「まぁ……お手伝いくらいしかできないですけど」
「そうかなー? すごく頼りになると思うけど」
朗らかに笑うセリーナは、年相応にしか見えない。元から気取らない性格ではあるが、本当に心の底からそう思っているのだとよく伝わった。
再び、周囲がざわめく。あのセリーナ・ジョンストンとあそこまで気安く話す、そんな探索者が名前を知られていないのだ。駿吾は思わず仮面の下で視線を泳がせる――そんな大層な人間じゃないんです、そうその場から逃げ出したくなった。
「おや、セリーナ嬢。久しいね?」
「ああ、シグレ! お久しぶり!」
そこへひとりの青年が近づき、声をかけてきた。セリーナとも顔見知りらしい、そっと駿吾もその青年を盗み見た。
背の高い青年だった。一八〇後半はあるだろう、黒いボディアーマーに包まれた体躯は無駄のない引き締まった筋肉で覆われていた。いっそ細身に見えるが、か弱さとは完全に無縁だ。
その腰に刀を差しているからか、抜身の野太刀を思わせる力強さと鋭さのある青年だった。
「――――」
その青年の視線が、駿吾に向く。青年は恐ろしく整ったその顔に薄い微笑を浮かべた。そして、駿吾に向かって右手を差し出す。
「キミの噂は、妹からよく聞いている。いつか、挨拶したいと思っていたよ」
「――え?」
差し出された右手と青年の顔を、駿吾は交互に見る。妹? 誰のことだろう――そう思っていた駿吾に、青年は名乗った。
「私は御堂沢時雨――御堂沢氷雨の兄で、今回一緒に戦うSランク探索者だ」
「…………はい?」
ひどく間の抜けた声を出してしまった、駿吾は他人事のようにそう思った。
† † †
――世界で一四人しか存在しない、Sランク探索者。
その所属する国々によってSランク探索者の扱いは違い、大きくふたつに分けられる。
ひとつは合衆国のように大々的にSランク探索者の存在を公表している場合。この場合、Sランク探索者という強大な戦力を保有しているということを内外に示すことで、国家の威信を誇る場合が多い。
もうひとつは日本のようにSランク探索者がいることだけを公表し、その個人が保護されている場合。あくまでSランク探索者をダンジョン攻略の人員として扱い、万が一の有事の際に戦力として使用しない国家は、個人情報を秘匿している場合が多い。
日本はSランク探索者がふたり存在しているが、探索者協会の極々一部でも御堂沢時雨が知られるのみで、もうひとりのSランクに至っては本部長である香村霞以外把握していないのではないかとさえ言われている。
「ウチはちょっと特殊でね、祖父が“最初の探索者たち”のひとりだったせいで、“御堂沢家の当主”がSランク探索者としての枠をひとつ所有しているのさ」
時雨があっさりと、そんなことを教えてくれる。その言葉に、駿吾の脳裏にひとつのやり取りが思い出された。
『あー。なぁ、御堂沢ってあの?』
『はい、その御堂沢だと思います』
以前の鷲尾倉吉と氷雨の会話だ。倉吉は長い歳月探索者をやり、Aランク探索者でもある――そんな事情に通じていたのかもしれない。
「えっと……」
「ん? ああ。別にそんな大した話ではないよ。本当に兄として、妹と仲良くしてくれていることに感謝しているだけだとも」
「……はぁ」
なんと返せばいいのだろう? まったく予想外のところから殴られた気がして反応が難しい。とにかく握手に応じると、駿吾は頭を下げた。
「むしろ、ボクの方こそお世話に……」
「はははは! そこまで緊張しないでくれたまえ」
「いや、シグレって圧が強いってわかってる? 普通の人だって気後れするわよ?」
「お! キミがそれを言うか、セリーナ嬢」
時雨とセリーナ自体は知り合いらしく、軽く言葉で小突き合う。険悪な空気が一切ないあたり、同族だが嫌悪はないタイプらしい。
(……なにか、こう……目立ってない?)
『目立ってるなぁ』
ボレアスもそう返すしかない。周囲の視線をいつものことだと気にしないふたりと違い、注目され慣れていない駿吾としては居心地の悪いことこの上ない――と、その時だ。
「よーし、特別顧問様じゃぞー! キリキリと席につけーい!」
最後にやってきた特別顧問蘆屋道満が、教師っ面でやって来た。
† † †
「はっきり言っておく。今回、アステリオス討伐に関してはSランク探索者たちとそこの犬仮面の小僧っ子に任命する。それ以外の者は、道中の露払いに徹することじゃ」
(……はい?)
壇上に立った道満の言葉に、ビクリと駿吾が身をすくませる。自分の席の左右、右にセリーナ、左に時雨が座っているせいでその一角だけ対アステリオス討伐チーム扱いに見えてしまう。
『よろしいのですか? 岩井殿。拒否するなら、今ですが』
自分の後ろの席に座っているらしい藤林紫鶴からのメッセージに、駿吾はおそるおそる手を上げる。それを見て、道満は資料を丸めて駿吾を指し示した。
「ほい、小僧。発言を許すぞい」
「あ、の……自分はサポート、ではないの、ですか?」
「なにを言っとる。主力じゃし、もしもの時の奥の手じゃぞ? ぬしは」
ザワ……と周囲から戸惑ったような声が上がる。Sランクダンジョン踏破者、世界でもトップクラスの戦力である時雨とセリーナを差し置いて謎の少年が主力と聞けば、それは戸惑いがあって当然だ。
駿吾に続き、手を上げたのは時雨だ。道満は今度は時雨を指し示した。
「ほい、御堂沢の小倅」
「彼をアステリオス討伐に加えるのは構いません」
(構わないんだぁ……)
思わず駿吾が口に出しそうになった言葉を飲み込む。それを知ってか知らずか、時雨は続けた。
「しかし、奥の手とは? ぜひ、その理由をお聞きしたい」
「その小僧っ子が《限界突破》の使い手だからじゃ」
「――――」
駿吾は不意に、右隣でセリーナが息を飲むのを聞いた。時雨は、セリーナに視線を向ける――それに、セリーナは頷きを返す。
「……当事者がいいと言うのなら、それで構いません」
ひとり納得したらしい時雨が、着席する。道満も過不足なく伝えた、という風に説明を続ける。
「御堂沢の小倅にセリーナ嬢ちゃん、後で小僧っ子にアステリオスの戦力を伝えておいてやれ――ぬしらは、複数回挑んでおるじゃろう?」
「わかったわ」
「承知した」
道満の指示に、セリーナと時雨が請け負う。その上で、道満は残りの同行者――Aランク探索者たちを見た。
「ここにいるAランクならば、実力的にアステリオス討伐の戦力を消耗なしで五〇階のボスフロアへと送り込めるじゃろう。その上で万が一がないよう、出現する化け物どもの簡単なデータを纏めておいた。各自資料で確認、どれにはどう対処すべきかの方針も覚えておくとよいじゃろう」
道満は壇上でそこまで告げ、改めて人を食った笑みで言った。
「心して挑めよ、小童ども。『新宿迷宮』は一〇〇〇年前の丑三つ時の『朱雀大路』に匹敵する魔境じゃ。地獄が生温いと思える修羅場と知れい」
† † †
この世界の平安時代の『朱雀大路』がおかしすぎる件について――。
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