47話 局地戦仕様って言われませんか? キミ
† † †
――来日したセリーナ・ジョンストンが拠点としているのは、探索者協会が用意したセーフ・ハウスのひとつだった。完全なセキュリティの施されたマンションの一室、それが自身の身を守るものであるのと同時に監視するための檻であることも理解していた。
「んっしょ」
ぼふっとベッドの上に、セリーナが倒れ込む。ん~、と身を伸ばす姿はそのしなやかな体躯と併せて猫を思わせた。
いや、協会の緩やかな監視のために提供された部屋だと理解しているのだ。それは獅子や虎のような、己の力を疑わない絶対強者が見せる余裕と言うべきだ。
『――マスター、行儀が悪いですよ』
「ん? そう?」
念話でセンチュリオンに窘められ、セリーナは上半身を起こす。シャワーを浴びた直後、大きめのTシャツ一枚の姿でケタケタと笑った。
「ここはダンジョンの中じゃないし、比較的安全でしょ?」
『そういう問題ではありません』
「いや、いきなり三日も空いちゃったから気が抜けたのは確かだけどさぁ」
ふぁ、と欠伸をこぼし、イリーナは伸びをする。センチュリオンは、一瞬の間を置いてから問いかけた。
『――シュンゴ・イワイ、ですか?』
「うん、三日後に“アステリオス”討伐に参加するかどうか決めるってさ」
『……マスターは、彼が《ワイルド・ハント》だと気づかれていたのですか?』
センチュリオンが言葉を選んでいると、イリーナは察している。推薦した後、特別顧問から聞いたのだ――彼が、三人目の《ワイルド・ハント》、と。
――《ワイルド・ハント》、召喚者系最上位スキル。それはイリーナ・ジョンストンにとって数少ない地雷のひとつだった。
「ううん、全然。でも、シュンゴがそうだって聞いて、正直ホッともしたかな」
『……ふむ、それはなぜ?』
「だって、モンスターのために泣けるヤツだもの。悪いヤツじゃないわ、《ワイルド・ハント》でもね」
詳しい事情は聞かなかったけれど、おそらく知らずに《覚醒種》に近づけて素材にしてしまったモンスターがいたのだろう。そのことで涙を流した彼を見た時、過去に感じた寂寥感が思い出された。
自我のあるなしというのは、あまりにも大きい。生きているとか生きていないとか、生命だとか生命でないだとか、理屈はどうでもいいのだ。それを決めるのは他でもない、感じた者の心次第なのだから――。
「……うん、ああいうヤツが《ワイルド・ハント》で良かった。私はそう思えた……かな」
『――そうですか、それは上々』
「それに……」
言いかけ、再びぽふっとイリーナはベッドに倒れ込む。今度はセンチュリオンも注意しなかった。念話が、自然と彼女の感情を伝えたからだ。
(……ああいう泣き方をする男の人、初めて見たかも)
生死を懸けた戦いの場を生き抜いてきたのだ、それこそ男も女もなく泣き叫ぶ者も見てきた。だけど、自分のためではなくなにかのためにあんなに素直に流す涙は初めてだった。
きっと、だからだろう。見ていて、胸の奥から締め付けられるような息苦しさとじわりと染み出すような暖かさを感じた。
セリーナ・ジョンストン――若干一六歳の最年少Sランク探索者の少女は、その感情の名前をまだ知らなかった。
† † †
アパートの部屋に帰宅した岩井駿吾は、“魔導書”を開いて《進化》を行なうために、熟考していた。
『自我が目覚める前に素材に、か。ま、そこが落としどころだよな』
「……うん」
以前は《進化》が自我を芽生えさせるきっかけになると思っていなかったら、簡単に試行錯誤を行なっていたが、今は少しだけ躊躇を覚える。せっかく目覚めかけた自我なら、きちんと目覚めさせてあげたい……そう思うのだ。
だから、駿吾は今まで以上に一体一体とより親密に接するようになった。スケルトンたちのように、自我の芽生えを見逃さないように――。
「でも、そのおかげで色々と見えるものもあったよ……」
前よりも真剣に向き合うからこそ、見えたものがある。個々の動きから見えたのは、覚えるだろうスキルやその個体の癖や個性などだ。それらが前よりも見えるようになった……いや、違う。以前の自分は向き合う真剣さが足りなかったと言うべきだ。
もしもその結論を聞いたら、周囲の人間は大いに否定しただろう。特にセリーナは強く否定したはずだ。真剣に向き合うからこそ、意図せずに自我を目覚めさせるに至れたのだ、と。
だが、そう言われても駿吾は慰めとしか取れない。今できることが以前できなかったのなら、足りなかったのは確かなのだから――。
「――動く具足は五体ぐらいになるまで《進化》を繰り返して。後は動く大具足の素材にしてみたいんだよね」
『ああ、あそこのダンジョン・マスターか。そういえばそろそろか?』
「うん、明日には“再出現”するから。明日朝から行くつもり――」
そう駿吾が言った時だ、ちょうど携帯端末が鳴った。藤林紫鶴からのメッセージかと駿吾は携帯端末を手に取り――固まった。
『ん? どうした? 主君』
紫鶴からのメッセージにしては反応がおかしい、と村雨が問いかける。その時だ、部屋のドアがノックされた――紫鶴だ。
「岩井殿、今夜は、その……夕食を、と思い……? 岩井殿」
勝手知ったる他人の部屋、夕飯の用意を携えて姿を見せていた紫鶴が固まっていた駿吾に小首を傾げた。紫鶴は犬の仮面の下、いつもと違う駿吾の反応に驚いた。
「な、なにか、お邪魔、でしたでしょう、か?」
「あ、いや。そうじゃ、なくて……その……」
おずおずと問いかけてくる紫鶴に、駿吾はようやく我に返ってしどろもどろに言いにくそうに言った。
「……明日の『鎧辻の古戦場』、セリーナ、さんも……一緒に潜りたいって」
アドレスを交換した覚えのない相手からのメッセージに、面食らった駿吾がそうようやく言えた。
† † †
翌朝、『鎧辻の古戦場』でカラクリを聞いた駿吾に、セリーナはあっさりとネタバラシをした。
「あれ? 知らなかったの? あれ、探索者専用のメッセージツールなんだから、相手の名前とかランクがわかってたら簡単に検索できるんだけど」
「……初めて、知りました……」
探索者の間では常識なのだが、もちろん駿吾はそんな常識のないソロ専門――紫鶴は監視役なので例外――である。他の知り合いも、駿吾の人となりを承知しているのでそういう使用法をしなかった訳で。
もちろん『ツーカー』には他人からのメッセージが届かないように設定できるが、携帯端末の操作音をどうオフにしたらいいかわからない駿吾には、高度すぎる話だった。
それよりも、駿吾の興味はセリーナの背後にいるモンスターに向けられていた。
「……それ、セリーナさんの《進化》させた動く大具足ですか?」
「うんっ、いい感じでしょう?」
セリーナの背後に片膝をついて待機していたのは、具足の内側から純白の炎が吹き出す大具足だった。色合いも黒漆塗りに金箔の装飾となっており、具足の形状そのものが一部変わっている。動く具足以外も使っているからだろう、胴部分がプレートアーマーを黒漆塗にした南蛮胴具足仕立てだ。
セリーナ曰く、ランクそのものはもう既にBランクに達しているらしい。
「……本当にすごく強くなってますね。なのに、形に無理がないというか……自然に見えます」
「でしょ? でしょ!? せっかく《進化》で強くしてあげてもバランスが崩れたら無駄だらけになっちゃうもの。最初にその子の方向性を見抜いて上げて、それに沿った方向に導いてあげるように《進化》を使ってくのがコツね」
「……なるほど。ボクは足りない所を補ってあげる方向で使ってました」
「もちろん、それもアリよ。大事なのはコンセプト――その子になにをさせてあげたいか、してほしいか? そのビジョンを明確に持って向き合うことね。その個体に馴染まない《進化》をさせると、スキルが発現しにくくなるから――」
駿吾だけではなく、セリーナの方も《進化》スキルのことをこれだけ話せる相手も初めてで浮かれていた。なにせ、《進化》スキルは感覚的かつセンスが物を言う部分が大きすぎるのだ――そのため、言語化するのが難しいのだ。
『あー、主よぉ……』
『……そろそろ参りませんか? マスター』
それぞれの“魔導書”から、ボレアスとセンチュリオンが念話で訴える……先程から、少し離れた場所から筆舌に尽くしがたい想念が発せられているからだ。
(なんで、こう……ウチの主は局地戦仕様なのかね……)
ボレアスがそう外には漏れないよう、駿吾が人間関係を築く相手について嘆息した。
† † †
人間関係が築けるだけでめでたい、と思うので、それはそれで口を挟まないボレアスさんです。
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