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41話 ある少年に訪れた日常~少女Hとの場合~

   †  †  †


 探索者協会(シーカーズ・ギルド)日本本部。新宿のツインタワー、その食堂の個室で岩井駿吾(いわい・しゅんご)は待ち合わせしていた。


「お待たせしました」


 そう言ってその個室に訪れたのは、御堂沢氷雨(みどうさわ・ひさめ)だ。そこへ、犬の仮面を付けたままの駿吾が向き直った。


「あ、こっちも……村雨のことでも待ってたので……」


 村雨は唯一、あの時点でもっとも怪しい人物と遭遇している。そのため、本部で事情聴取を取られているのだ。その付き添いには諜報部である藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)が付いていてくれている――今は駿吾は、終わり待ちの状態なのだ。


「……西多摩支部の方は、どう?」

「はい、滞りなくあの後の処理は終わりました。鷲尾(わしお)さんや野畑(のばた)さん、かのんさんからはよろしく伝えてほしい、と」


 あの後、本来の支部への報告などは駿吾は行なっていない。《ワイルド・ハント》の件もあり、余計な混乱を避けるためだ。とはいえ気にはなるので、後の処理まで手伝った氷雨から状況を聞くために落ち合った、という流れだった。


「特にかのんさんは感謝していました。ゴブリン・ディガーや一部の鬼を提供されたんですよね」

「う、うん……今後も篠山(しのやま)さんの役に立つだろうし」


 特にあのゴブリン・ジェネラルの掃討戦で貸し出した鬼は、そのままかのんにプレゼントしたのだが……完全に表情が凍りついていたことを思い出す。

 駿吾自身自覚はないが、《進化(エボルブ)》は本来ならば《召喚(サモン)》スキルがAランク以上、その中でも更に一部の《召喚者(サマナー)》しか習得できないレアスキルである。モンスターを素材にするとはいえ、正しい知識さえあれば自身が望む方向へスキルを取得させたり進化させたりできるのだ、《進化》スキルの情報が閉架図書として持ち出し禁止になっている理由は、そこにある。


 実際、駿吾が《進化》で育てかのんにあげた鬼のデータがこれである。


   †  †  †


【個体名】なし

【種族名】鬼

【ランク】C

筋 力:B(A)

敏 捷:C

耐 久:C+

知 力:‐

生命力:C+

精神力:C+



種族スキル

《鬼種の血統》


固体スキル

《習熟:刀》:C

《怪力》B


   †  †  †


 通常の鬼よりも筋力が高く、刀も他の鬼が所持していた性能が高い刀を渡しておいた。Eランク相当の探索者(シーカー)ぐらいの実力しかないかのんにとって完全なオーバースペックであり、通常金銭で購入しようとすれば五〇〇万円以上。人によっては筋力の高さと装備から一〇〇〇万円近く積んでもおかしくない個体だった。


 ――え? え? どうしよ? え? 返せるものないんだけど!?


 そう混乱するかのんを倉吉がなだめて、受け取らせた。戦力となる者が多いのは、西多摩支部としては助かるからだ。


「……後で、なにかほしい情報があったら聞いてくれって言われたんだけど……うん」

「あははは……」


 氷雨としてもフォローができない。このあたりの常識と感覚は、経験を積んで覚えてもらうしかない。駿吾としてはあくまで善意、自分や村雨の面倒を見てもらった感謝の証でしかないのだから。


(……他にできることがない、と思ってるんですね)


 あの合宿の日々で、だいたい駿吾の人となりがわかった氷雨である。氷雨の場合、家庭環境が特殊なため周囲との繋がりが薄い自覚があるが、駿吾のそれは違う。自己肯定の低さ、それが行き過ぎた結果である。


(とはいえ、むしろ好ましい悩みですよね……)


 力を手にして身を滅ぼす、そういう人間の話は探索者業界ではよく聞く話だ。ダンジョンの攻略によって得られるスキルによる人並み外れた力。生命を対価とするからこそ高い賃金。そして、その結果世界に貢献することで得られる名誉や称賛。


 力、金、地位と名誉。探索者はダンジョンと関わることで、欲望に根ざしたあらゆるものが満たされる。その結果、人が変わったように横暴になったり、金遣いが荒くなり、地位や名誉を盾にやりたい放題する者も出てくる――もちろん、探索者協会はそんな者を取り締まる法もあるため、やりすぎれば罰則があるのだが。


(ボレアスさんもいるから、身を持ち崩すこともないでしょうし)


 そういう意味では、一番最初にあのガーゴイルの《覚醒種》が駿吾の隣にいるようになったのはかなり幸運なのかもしれない。


『岩井殿、事情聴取が終わりました』

「……終わったみたいだ。村雨のことを迎えに行くけど、どうする?」

「ですね、ご一緒させてもらいます」


 紫鶴からのメッセージを受け取って、駿吾と氷雨が立ち上がった。そして、村雨を迎えに行くために、個室を後にした。


   †  †  †


「……しかし、あれじゃな。ぬしの仕込みではなかったんじゃろう?」


 駿吾と氷雨が立ち去るのを喫茶店の奥のテーブル席でこっそりと見送り、蘆屋道満(あしや・どうまん)がからかうように電話の相手へ告げた。携帯端末の向こうからは、深い溜息が返った。


『それ、わかってて言ってるよね? 道満ちゃん』

「クカカ、どうせぬしの熱心な信者のやったことじゃったんだろ?」


 ――そう、今回のゴブリン・ジェネラルの事件は天災ではなく人災だ。


 仕込みは一年前、ゴブリン・ディガーであったジェネラルをダンジョン・コアと共に隠した者がいたのだ……その結果が、アレだ。


『ゴブリン・キングって言われてもなぁ……ヨハンナも、背伸びしちゃって乗り気になっちゃうし……』

「ぬしの役に立ちたいんじゃろう? 可愛い背伸びじゃろうに」

『それは……そうなんだけど――』


 気に病んでいる、そのあたりがこの娘の可愛い所じゃな、と道満は笑う。


 世界は喜ぶべきだ――あの《百鬼夜行(わいるど・はんと)》の小僧っ子と同じくこの娘もまたそのつもりがあれば、世界を滅びに逆戻りさせられるのだから。

 だが、あの小僧もこの小娘も、持っている力に対して驚くほど善良だ。


「なんじゃったら、その大うつけを儂が見つけて処理してやっても良いぞ? ぬしには手を下すつもりがないんじゃろ?」

『……そこはおいおい、私が自分でやるよ』


 相応の覚悟がある声色だ、それにクスクスと道満はからかうように言った。


「『笑顔がみんなに明日を運んでくれるんだよ』じゃったか? ほれ、笑えい。()()()()

『あー、もー……意地悪だ、道満ちゃん』


 苦笑し、少女は声色に笑みを帯びさせる。弱くても笑みは笑み、そこまで貫くのならば、大したものだ、と道満はからりと笑う――だからこそ、気に入ったのだが。


「儂は儂で、やりたいようにやるだけじゃが。ま、この件に関してはぬしの判断を優先するとするかの」


 道満は立ち上がり、二、三言交わしてから通話を切る。ああ、と道満は灰皿に真っ黒な符を入れると燃やしておく――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そのまま、勘定だけ置いていく。鼻歌交じりに、アニメの主題歌を歌いながら道満も喫茶店を後にした。


   †  †  †


 休憩所でじーっと画面を眺めていた村雨は、駿吾と氷雨の気配に振り返った。


『お、主君。ヒサメ』

「お疲れ様、村雨」


 駆け寄ってくる村雨を、氷雨は優しく抱きとめる。その仲の良い姿に、駿吾も思わず仮面の下で口元を綻ばせる。休憩所のテレビでは、夕方のアニメをやっていた――テレビさえ観ない無趣味な駿吾には、どんな番組かもわからない。ただ、きらびやかな衣装を着た女の子たちが、ダンジョンの中でモンスターと戦うというアニメだ。


『ヒサメ、ひさしぶりに稽古する?』

「いいですよ……大丈夫です? 岩井さん」

「ああ、うん……ボクはそれでいいよ」


 紫鶴をもう少し待たないといけないので、時間潰しにはちょうどいい。駿吾と氷雨は村雨を挟んで、稽古場まで歩き始めた。


   †  †  †


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


   †  †  †


 運命の悪戯か、その台詞を聞けば村雨が思い出しただろう。しかし、気づかない――そのテレビから聞こえた台詞から、運命が動き出すのにもうしばらくの時間が必要だった。


   †  †  †

そんな諸々の伏線を張りつつ、次回へ続きます……はい。


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