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39話 ゴールドディガーズ7

※誤字修正、大変助かっております!

   †  †  †


 森の中を駆けながら、御堂沢氷雨(みどうさわ・ひさめ)がゴブリン・サムライと斬り合う。小柄な相手の脇差は、間合いを詰めてこそ意味がある――人間サイズの打刀を使う氷雨の方が距離の面では有利だ。


(とはいえ、()()はこのサイズを想定はしていないでしょうから――)


 だが、氷雨が修めた佐士一刀流(さじいっとうりゅう)は違う。古流剣術でありながら、小柄な敵から身の丈二〇尺、約六メートルの巨漢。人型から獣型、形を持たない異形に至るまで、上段・中段・下段の三種の構えから繰り出す対人外用の剣術だ。

 かつて“最初の探索者たちファースト・シーカーズ”屈指の剣術家と言われた祖父が、モンスターを相手にするまで誰もが相手にしなかった実戦的()()()剣術だ。始祖は不明、設立は平安の世に遡り、鬼を斬り魔を断ったといくつも眉唾ものの伝承が残っていたが、人外を相手にした時に初めて有用性が証明されたのである。


『ギギギ!』


 氷雨が下段に構えたままの刀、その切っ先にゴブリン・サムライは踏み込めない。踏み込めば、切り上げの切っ先に足を斬り飛ばされる――小兵であること、そのゴブリンの利点を徹底的に潰された形だ。

 加えて、氷雨は迷わず踏み込んでくる。それにゴブリン・サムライは止まることなく間合いを測るしかない。


 その時、地面が大きく揺れた――ダンジョンの地下で、ボレアスが大百足を叩き潰した瞬間だった。


『ギ――!』


 揺れと同時、一本の木を間に挟み氷雨とゴブリン・サムライは通り過ぎた――その時だ。ゴブリン・サムライは木の枝をへし折ると、氷雨の顔へと投擲した。狙ったのは目、刺さらなくてもいい。視界を塞げば充分、ゴブリン・サムライはそれと同時に踏み込み――。


 ――下段、地摺飛燕。


 氷雨は低く身を沈め木の枝を回避、ゴブリン・サムライよりも低い位置へと滑り込むと刀の切っ先を斬り上げた。踏み込みの足、もっとも近いゴブリン・サムライの脛を切り裂く一撃に、ゴブリン・サムライの動きが止まる――直後、跳ね上がった切っ先が返り、振り下ろされる!


 ――上段・返り飛燕。


 その間、コンマ秒。常人には一瞬で斬り上げと振り下ろしを同時に放ったとした見えない斬撃で、ゴブリン・サムライを氷雨は両断した。だが、氷雨は気を抜かない。残心、首を切ろうと両断しようと死なない異形を想定しているからこその三撃目が脇差を持つ腕を切り飛ばし、四撃目が胴を薙ぎ、五撃目の袈裟斬りでようやく終わる。


 ゴロン、と魔石が転がる。それと同時、鞘と脇差が転がるのを見て氷雨は魔石と一緒にそれを拾った。


「……よく使い込まれた、いい脇差ですね。鬼か何かのものでしょうか?」


 ――氷雨は知らない、その脇差こそが以前村雨が与えられ使っていたものだと。追放と共に取り上げられ、別のゴブリン・ソードマンに与えられたのだ。それを知らないからこそ、この脇差の本来の使い手がどれほどの努力をし、この脇差がよく応えたことを痕跡からしか読み取れない。


「しかし、さっきの振動は――」


 氷雨が思いを馳せた、その時だ。


   †  †  †


 ある地点を中心に、()()()()()()


   †  †  †


『ん?』


 その中心点で、村雨が周囲を見回す。先程まで、傍らにゴブリン・ジェネラルを倒し、息を乱していた鷲尾倉吉(わしお・くらきち)がいたはずだ。しかし、場所は同じでも生き物の気配が全くしない、山の中に一体だけ村雨は自分が立っていることに気づいた。


『――いい見世物でしたわ』


 パチパチパチ、と乾いた拍手が聞こえて、村雨は振り返る。そこにいたのは、自分よりも小柄なゴブリンの少女とそれを守るように立つ八体のゴブリン・ナイトたちだった。ゴブリンの少女――ゴブリン・プリンセスは圧倒的上から目線で村雨へと微笑みかけた。


『止めを刺したのが人間だったのは気に入らないけれど、その前は、まぁ――悪くありませんでしたわ! まずは及第点をあげましょう』

『きゅ、う……?』

『ギリギリ。本当にギリッギリ、合格ってことですわ』


 言葉の意味がわからず小首を傾げる村雨に、ゴブリン・プリンセスは胸を張り、その胸に手を当てながら得意げに言った。


『――あなたに、ワタクシの伴侶になってゴブリン・キングとなる資格をあげてもいいですわっ!』


 ――ゴブリンは、経験がその進化に大きく関わっている。そのため、ゴブリン・キングとゴブリン・クィーンは男性型と女性型の上位のゴブリンが揃っていなければ進化はできない。

 女性型の圧倒的に少ないゴブリン――その比率は、五〇〇体に一体の女性型が()()するか否か――にとって、ゴブリン・プリンセスへと進化したゴブリンに、伴侶であるキングとなるべきゴブリンを選ぶ権利がある……のだが――。


『え? やだ』

『――ん?』


 あっさりと断った村雨に、ゴブリン・プリンセスは小首を傾げる。今、幻聴が聞こえた気がする。やだ? あら、耳慣れないお返事ですわね、《覚醒種》なのに語彙が少ないのかしら――。


『……いいですの? もう一度言いますわよ。あなたにゴブリン・キングになるチャンスを――』

『いい、興味ない』

『あ、げ……最後まで言わせなさいな!』


 思わず掴みかかりそうだったプリンセスを、ナイトたちは咄嗟に止める。コントのようなやり取りだが、それだけは駄目だ――間合いに入れば、迷わずこの悪鬼・剣豪は姫君の首を落としていただろう。


『ちょっと優しくしてあげただけで勘違いしないでくださる!? あなたに選択権はないの! 決めるのはこのワタクシですのよ!?』

『…………』

『その面倒くさ……って顔はなんですの!? えぇ!?』


 ダンダンダン、と地面を踏みしめたプリンセスは息を吸い込み、裂帛の気合と共に告げた。


『頭が高いですわ、跪きなさい!』


 それはただの命令ではない――《小鬼の王権》、同種への絶対命令権であり、統率者系スキルの最上位だ。死ねと命じれば、迷いなく死を選ばせることができるキングとクィーン、プリンス、プリンセスのみに許された王権である。


 ババ! とあおりを受けて、八体のナイトが片膝を突き最上級の礼を取る。ただ、横で聞いていただけでBランクゴブリンでさえこの有様だ、とてもCランクのゴブリンでは――。


『――なんで?』


 あっさりと、村雨はその効果をキャンセルした。


   †  †  †


『――――』


 ぱくぱくぱく、とプリンセスの口が金魚のように開閉する。村雨はやはり状況が飲み込めず、棒立ちしたまま小首をかしげるだけだ。


(……同じ、《覚醒種》、だから……!?)


 プリンセスは、その答えに行き着く。ゴブリンという枠から外れた《覚醒種》、自我を持つ村雨に絶対命令権は意味をなさない。従わされるのではなく、自由意志で従う存在なのだ、もう。


『もういい? 主君のとこ、戻る』

『ま、待ちなさい、待ちなさいってば!』


 踵を返してとっとと歩き出す村雨の後ろ姿に、プリンセスは声を張り上げる。村雨は本当に面倒になったが一応足を止めて振り返る――すると、そこに涙目になって震えるプリンセスの姿があった。


『……なんで泣く?』

『な、ないて、ないて、なんて……!』


 言っている間にも、ボロボロと涙が溢れる。それを見て、村雨がプリンセスに初めての表情を見せた――困り顔だ。


『泣かれても困る、オレ、急ぐし』

『ち、ちが、こ、れはぁ……っ……』


 声を出すと、涙が止まらなくなる。しゃくりあげるプリンセス、自分の我儘(命令)を初めて聞いてくれない同族という事態に混乱しているらしい相手をどうしたものか、と村雨は困り顔で頭を掻くしかなく――。


「――駄目だよ、ヨハンナ。そんなやり方じゃ」

『――ッ!?』


 プリンセスは、急に背後からかけられた言葉にビクっと身を固くする。恐る恐る振り返ると、ヨハンナと呼ばれたプリンセスは想像した通りの顔を見た。


『ど、どうして、こ、ここに、あなたがいますの……!?』

「んー、道満ちゃんから告げ口メッセージがあってさ」


 そこにいたのは、一〇代半ばほどの人間の少女だ。長くウェーブした栗色の髪。愛らしく整った顔には、どこか微笑ましいものを見たという淡い笑みを浮かべていた。

 ヨハンナはおどおどと、打って変わって少女を見上げる。それは悪戯を見咎められた幼子のようだった。


「――さて、ヨハンナ。詳しい事情、聞かせてくれる?」


   †  †  †

……なんぞ、これ?


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