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38話 ゴールドディガーズ6

   †  †  †


 ――どこで間違えたのか? ゴブリン・ジェネラルは考える。


 あのどこかからかやって来た小娘を信じた時か? 《覚醒種》を追放ですませてしまった時か? あるいは――初めから、すべてか。

 後、もう少しで“スタンピード”を起こし、人間を蹂躙できたはずだと言うのに――それが音を立てて瓦解していく。


 だが、その思考はすぐに途切れた。本能に流されるまま、ジェネラルはただただ戦いに没頭していく――あるいは、この思考放棄こそがこのジェネラルに《覚醒種》への道を閉ざした悪癖だったのかもしれないが。


「チィッ!」


 鷲尾倉吉(わしお・くらきち)、ただひとりの人間にゴブリン・ジェネラルは足止めされていた。凄まじい呪詛を込められた魔剣を振るい、卓絶した剣技と高い身体能力、それと危険に対する鋭い嗅覚――そのどれもが、この人間は一流と呼んで差し支えない。


『――――』


 間違いない、こいつこそが人間の群れの頭だ。戦闘能力のみではない、精神的支柱でもある――ならば、この一騎打ちで片をつけなければならないだろう。


 ツルハシを大上段から振り下ろす。それを倉吉は受け止めず、後ろに退いて躱す。その形状的に突起部分は受け止めにくく、また刃で柄を受け止めれば切っ先が突き刺さるからだ。ツルハシとの戦いを、倉吉は熟知していた。


「俺が何回、ゴブリン(お前ら)と戦ってきていると思う!?」

『ギイイィ!!』


 魔剣の刺突、それを嫌ってジェネラルも後方へ退いた。踏み出し、退く。退いては、踏み出す。倉吉がツルハシという武器の有利不利を把握しているからこそ、その戦い方はいかに間違えず相手のミスを見逃さないかになっていた。

 だが、それは状況の停滞を意味する――それが有利に働くのは、援軍のある方だ。


『が、ああああああああああああああああああ、ああ、ああああああああああああああ!!!』


 聞く者の腹に重く響くほど、ジェネラルが咆哮。それに僅かに探索者(シーカー)たちをゴブリン側が押し返すきっかけとなった。《小鬼の号令》――上位種から下位種への絶対命令、王でなくとも将軍ともなればその号令は強力な強化となって配下のゴブリンたちに影響を与えた。


「――ッ!」


 一刹那、倉吉本人さえ意識しない焦燥を読んでジェネラルは踏み込んだ。ただし、今度は縦ではなくより深く踏み込んでの横薙ぎだ。縦と違い、大きく踏み込んだツルハシの横薙ぎは突き刺すだけではなく後方へ下がることを防ぎ、柄による殴打を可能にする――それは、次の一撃へ繋がる攻撃だ。

 だからこそ警戒していたはずの倉吉が、コンマ秒反応が遅れた。その遅れをジェネラルは見逃さなかったのだ。取った、そうジェネラルが確信したその時だ。


『胸、ガード!』


 その声に、倉吉は両刃の魔剣の腹を胸の前で盾のように構えた。その直後、魔剣の腹をゴブリンの一体が飛び蹴りし――倉吉を吹き飛ばす!


「う、お!」


 ジェネラルの横薙ぎが、空を切った。確信を覆された、ジェネラルが目を見張ると乱入してきたゴブリンと視線が合った。


   †  †  †


 ――闘志をその瞳に燃やす、村雨の視線と。


   †  †  †


『が、ああああああああああああああああああああああああああ――』


 ジェネラルが、吠える。武器を引き戻すのではなく、そのまま全身でぶつかることを選択。飛び蹴りで吹き飛ばし倉吉を救った村雨を、体当たりで強打しようとした。しかし、空中で横回転した村雨はそのままジェネラルを足場に、体当たりを飛び越える。


『――――ああああああああああああああああああああああああああぁッ!!』


 ジェネラルは急停止、薙ぎ払うツルハシの切っ先が着地する村雨を追う。村雨の頬に、ツルハシの切っ先が迫る――しかし、村雨は着地と同時に頬を裂かれながらもジェネラルの足元へ転がり込み、片膝立ちで小太刀を抜刀。居合一閃、ジェネラルの左脹脛を切り裂いた。

 その時、ジェネラルが体勢を崩した。そこへ二度、三度、四度、五度――低く構えたまま、村雨がジェネラルの両脛を切り刻んでいく。


「こいつで――終いだぁ!!」


 そこへ倉吉が続く。全体重を乗せた赤黒い気に包まれた魔剣の一撃、精気を喰らい生命を貪る呪いの一撃が、ついにジェネラルの心の臓を貫いた。


   †  †  †


 ジェネラルをゴブリン・ライダーと追った村雨が、両軍の大将戦に乱入した頃。ひとつの盤外戦も大きく動こうとしていた。


『岩井殿、準備終わりました』

「いいよ、ボレアス!」


 藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)の『ツーカー』へのメッセージを確認し、岩井駿吾(いわい・しゅんご)が天井で大百足と戦うボレアスへと叫んだ。駿吾が鬼三体とゴブリン・バーサーカーに守られながら、ジェネラルが掘った大きめの穴へ到達したのをボレアスは確認した。


『よっしゃあ! なら、ここらで決着と行こうか!』


 大百足がボレアスに迫り、それを真っ向からボレアスが受け止める。幾度となく繰り返された攻防――ただし、ここからが違う。


「――送還」

『おっらああああ!!』


 駿吾が自身のゴブリンたちをバーサーカー以外すべて戻し、ボレアスが全開の風を纏って天井を穿った。ガリガリガリガリガリ!! と身体の半分が岩盤の中にいた大百足を引きずり出す。そして、逃げ遅れた敵のゴブリンたちへ降り注ぐ崩落した天井と共に、大百足を瓦礫の上へと叩きつけた。


『――――!!』


 大百足がのたうち回る。痛覚がなくとも、頭に乗っていたゴブリン・ライダーが本能で察しているのだ。このままではマズい、逃げなくてはならない、と。


 ――しかし、もう遅い。


 ヒュゴ! と突風が吹き抜ける。ボレアスが右拳を振り上げると、体長一五メートルの嵐の巨人、その右腕のガントレッドが生成された。ギシリ、とボレアスが強く拳を握るとガントレッドの拳を軋む音を立てて握り拳を作る――!


『――ぶっ潰れろォ!!』


 ボレアスが右拳を振るった動きに連動し、嵐を中身としたガントレットが大百足へ飛んだ。ゴォ! と超至近距離ではおそく見えるほどの巨大かつ超重量の豪快な拳打が、大百足に振り下ろされる。その一撃がゴブリン・ジェネラルが死に絶えたことにより現れたダンジョン・コアごと、大百足を押し潰した。


   †  †  †


 大百足の身体が、光の粒子になって消えていく――それを見て、ボレアスは笑った。


『あー、ようやくスカっとしたぜ』


 ゴブリン・ジェネラルを倒し、ダンジョン・コアを出現させること――それまでの時間稼ぎこそ駿吾の本来の目的であり、またその破壊がボレアスの役目だった。駿吾とボレアスはジェネラルが掘った体長二メートルの巨漢でも通れる横穴に気づいた時、そこに逃げ込む算段を立てていたのだ。


 探索者たちからの連絡を受けて、倉吉がゴブリン・ジェネラルを倒したと聞いてボレアスはついにその策を決行した――本当にあの大百足はイレギュラーだったが……、とその時、ボレアスはあってはいけない異変に気づいた。


『いや、ちょっと待てや、おい』


 自分の渾身の一撃で粉砕した瓦礫の上に、ボレアスは降り立つ。周囲に視線を走らせ、自分の気づいた異変が気の所為でなかったことを悟る。


『おいおいおい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 可能性、その一。まだ倒せていない……それはない、押し潰して光の粒子になって消えるのは確認した。倒せていないはずがない。


 可能性、その二。落とした魔石を見過ごした。この可能性であってほしいが、残念ながらない。主の戦力になるだろう、そう思っていたのだ。見過ごす可能性は低い。


 可能性、その三―――――おそらく、これだ。()()されたのだ。


『……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?』


   †  †  †

ジェネラルが倒れても、事件はまだ終わっていません――。


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