35話 ゴールドディガーズ3
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殺到してくるゴブリン・ソードマンの群れへ、村雨は迷わず飛び込んだ。振るわれるショートソード、それを躱し、受け流し、弾き、掻い潜り、避けていく――そして、振りかぶった小太刀を横一閃に振り抜いた。
『――シィ!!』
小太刀を淡い輝きが包む、それは村雨の気だ。まるで切っ先から溢れる水のように流麗な気が、刃についた血を洗い流していく。同時に宙へ飛ぶ三つの首、だが、ゴブリンには死に怯むという本能も反射反応もない。
『今っ』
村雨の声に、背後の味方が槍で迫るソードマンたちを貫いていった。そこへ駄目押しとばかり、矢が降り注ぐ。
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【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・ランサー
【ランク】E
筋 力:E+
敏 捷:E
耐 久:E
知 力:‐
生命力:E+
精神力:E
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
《習熟:槍》:E
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【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・アーチャー
【ランク】E
筋 力:E
敏 捷:D-
耐 久:E
知 力:‐
生命力:E
精神力:E
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
《習熟:弓》:E
† † †
岩井駿吾が《進化》で生み出した精鋭のゴブリンたちだ。戦闘用に特化し、ランクアップした彼らは一年かけて生み出された戦闘用ゴブリンに匹敵する戦闘力を誇る――それこそが、召喚者でも最重要と言われるレアスキルの真価だ。
『ギギギギギギ!』
敵方の中から四人のゴブリン・アーチャーが弓を引く――だが、村雨がそれを許さない。指揮する村雨自らアーチャーたちの元へ駆け込み、矢を引く前に斬り伏せていった。
『遅い!』
普段稽古しているのが、御堂沢氷雨だ。彼女の身体強化スキルを用いた剣技と比べれば、ゴブリンたちの動きなど止まっているのに等しい。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
そこに雄叫びと共に駆け込んでくるモノがいた。ゴブリンの身の丈を大きく越えるハンマー、それを豪快に振り回す一五〇センチはあるゴブリンにしては大柄な個体だ。味方を吹き飛ばすのも構わず大柄なゴブリンは村雨にハンマーを振り下ろした。
『――ッ!』
紙一重でそのハンマーを躱した村雨が、間合いをあける。砕け散る地面、まともに頭にでも喰らえば卵のように砕かれていただろう。リーチや正確さはいざしらず、その威力だけなら牛頭馬頭に匹敵する一撃だ。
『ガ、アア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
口の端から泡を吐きながら、大柄なゴブリンはなおも村雨に追いすがる――ゴブリン・バーサーカー、村雨と同じくCランクにカテゴリーされる強敵だ。
駆け寄ろうとしたゴブリン・ランサーたちを片手で制し、村雨は告げた。
『アレは、オレ、やる』
あえて敵の中に飛び込み、村雨はゴブリン・バーサーカーを誘う。逃げ遅れた敵ゴブリンたちが仲間のバーサーカーに踏み潰されていくのを見ながら、村雨は駆けた。
† † †
ゴブリン・ジェネラルは思った――やはり、殺しておくべきだった、と。
自我を持たないジェネラルは洞窟内を反響する戦闘音だけで、その動きの癖を思い出した。ただのゴブリンが、ただただ強さを求めがむしゃらに戦い続け、やがて格上にさえ届く刃を身につけ、種族の枠さえも越えさせた“危険因子”――アレだ、アレが力をつけて帰ってきたのだ。
早すぎる、と思うゴブリンの常識をアレならやってみせてもおかしくないという予感が塗り潰した。ならば、対人間用に用意していたCランクたちを投入してでも――その時だ。
ガリ……ガリ……。
岩を削る小さな音、それにゴブリン・ジェネラルの背筋に凍るものがあった。かつて、ゴブリン・ディガーから始めたジェネラルだから聞き分けられた音――その意味に、ジェネラルが吠える。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
群れの全てに命令する――全軍、今ある出口から外へと急げ、と。
† † †
ドドドドドドドド……と地響きのような音が、横穴に響いた。
「……あ、の声と、音……!?」
『まずいな、気づかれたかもしれん』
駿吾の予想を裏付けるように、ボレアスが念話で語る。狭くなり、通れなかった横穴。それを広げるツルハシを持って一生懸命穴を掘っていたゴブリン・ディガーたち――これは、駿吾側が用意した味方だった。
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【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・ディガー
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F
耐 久:F
知 力:‐
生命力:F+
精神力:F+
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
《習熟:ツルハシ》:D
† † †
穴を掘る、それだけに特化したゴブリン。探索者専用の売店で買った鉱石発掘用のツルハシで穴を広げていた彼らの速度は、粗末なツルハシしか持たない敵方よりも速く掘り進めていたのだが――。
『この声は、ジェネラルか。判断が早すぎる。どういう耳をしてやがる!』
「計画を前倒しする、いい? ボレアス」
『――アイアンミノタウロスたちも呼んどけよ!!』
村雨たちが時間を稼いでいる間に、そう思ったのだが敵方の動きが早すぎた――だが、ゴブリン・ディガーたちのおかげで出口はもうすぐそこだ。
――ならば、強引にぶち抜く!
「先に行って! 打ち合わせどおりに!」
『ギギ!』
ゴブリン・ディガーたちが、リュックを背負って横穴を抜けていく。駿吾はそのいくつかの影が穴を抜けたのを見ると、“魔導書”を手に告げた。
「――《召喚》」
『っらあああああああああああああああああああああああああああああ!!』
轟音を立てて、狭い穴の中で強引に召喚されたボレアスがその暴風で岩盤を砕いた。駿吾に降り注ぐ落石は、牛頭鬼と馬頭鬼、アイアンミノタウロスが身体を張って守ってくれた。
『ギギギギギギギ!?』
驚いたのは、ゴブリンたちだ。当然だ、ダンジョンの壁が砕けたと思ったら、いきなり巨大な石像の化け物が飛び出してきたのだから。
『やれ!』
ゴブリン・ディガーたちがボレアスの声に、リュックから取り出した大量の発煙筒をばらまいた。またたく間に視界を埋め尽くすのは、血のように赤い煙だ。すぐに洞窟内に充満し――ボレアスは自らを中心に暴風を巻き起こした。
† † †
ダンジョン内を、赤い煙が満ちていく。風に押し流された煙は無数の横穴にも満ちていく。行き止まりで充満し、そして――。
『ギギギ!?』
横穴からジェネラルの命令に従って外へ抜け出そうとしていたゴブリンたちは煙に視界を奪われ、風に転ばされた。風は自由に見えて、流れには法則がある。特に顕著なのは、閉所で起きた風は出口を求めるということだ。
† † †
『今、ボレアス殿が計画通りに』
「――鷲尾さん、そろそろ来ます!」
藤林紫鶴から届いた『ツーカー』のメッセージに、御堂沢氷雨が鷲尾倉吉へ言う。それに倉吉が通信機へ叫んだ。
「上がるぞ! 絶対に見逃すな!」
その声と共に、奥多摩の山に四つの赤い狼煙が上がった。それを素早く、篠山かのんは記録する。
「四ヶ所です! 間違いありません、アレがゴブリンたちが外に出るための出口です!」
「総員、一番近い場所へ向かえ! 一匹たりとも逃がすなよ!」
――そう、これが彼らの計画だった。
ボレアスの風でゴブリンの群れが住むダンジョン内で大量の発煙筒で煙をたいて、風に運んだ煙を出口から上がる狼煙に変える――はっきり言って、ボレアス前提の力技だ。
だが、それでいいのだ。あるものはなんでも使う、それぐらいの覚悟がなければゴブリンの“スタンピード”に立ち向かえなどしないのだから。
「私たちも行きましょう」
「うん……あー……」
氷雨の提案に、かのんは珍しく歯切れ悪く傍らを見上げた。そこにいたのはCランクモンスターの鬼だ。
――使ってください、戦力がいるだろうし。
あっさりと渡されたのだが、かのんとしては複雑な想いだ。いや、自分も戦力になれるのはいいのだけれど――。
「なって二ヶ月ぐらいの子が、このクラスをぽいっと貸してくれちゃうあたり……怖いなぁ」
「本当に貸して『あげる』くらいのノリだったがな」
鬼と比べても遜色ない巨漢、野畑虎彦の言葉にかのんは目から光が消える。こんな、《進化》で強化された鬼なんてプレゼントされたらお返しできるものなどないのだが……。
「うし、切り替えるよ! 後のことは後で考える!」
かのんはそう言って、片膝を付いた鬼の肩に座る。それと同時に、鬼が駆け出した。
† † †
ただ戦うためではなく、きちんと工夫して使うと風って便利だよねってお話です。
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