32話 傍観者にできること
† † †
トタトタと部屋に駆け込んでくる小さな影――ゴブリン・サムライの姿に、ふと岩井駿吾が“魔導書”から視線を上げた。
『主君、熱い水から出たぞ!』
「ああ、お風呂ね……」
なぜか御堂沢氷雨と一緒にお風呂に入るのが日課になってしまったサムライである。今日は篠山かのんも一緒だったらしい……ここで一切羨ましいとか子供は得だな、と思わないのが駿吾少年の彼たる由縁か。
『また、主君やってる?』
「うん、ボクにとっての稽古はこの《進化》みたいなものだからね」
少なくともミノタウロス系が多く出現する『猛牛坑道』と山頂部のDランク以上の鬼が大量に出る『羅刹回廊』はとても助かった。
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【個体名】なし
【種族名】鬼
【ランク】C
筋 力:C+(B+)
敏 捷:C
耐 久:C+
知 力:‐
生命力:C+
精神力:C+
種族スキル
《鬼種の血統》
固体スキル
《習熟:■》:C
《怪力》B
† † †
鬼は体長二メートルほどの大型な人型モンスターだ。特に種族スキルの《鬼種の血統》と基本的に所持している《怪力》は優秀で、物理戦闘に特化した種族である。所持している得物も様々で、槍や刀、斧、弓など質のいいものが揃っていた。ただ、サムライなどのゴブリンには大きすぎて扱えなかったのが難点か。
ただ、地獄の獄卒である牛頭鬼と馬頭鬼には相性が良かった。
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【個体名】なし
【種族名】牛頭鬼
【ランク】C
筋 力:C+(B+)
敏 捷:C-
耐 久:C (C+)
知 力:‐
生命力:C
精神力:C+
種族スキル
《地獄の獄卒:牛頭鬼》
《鬼種の血統》
固体スキル
《習熟:棍棒》:C
《習熟:魔法:炎》:D
《怪力》B
† † †
【個体名】なし
【種族名】馬頭鬼
【ランク】C
筋 力:C (B-)
敏 捷:C
耐 久:C (C+)
知 力:‐
生命力:C+
精神力:C+
種族スキル
《地獄の獄卒:馬頭鬼》
《鬼種の血統》
固体スキル
《習熟:斧》:C
《習熟:魔法:氷》:D
《怪力》B
† † †
牛頭馬頭両方ともCランクへとランクアップした。外見そのものは大きく変わっていないがその戦闘能力の上昇は大きい。二体とも、最初に出会った頃のボレアスとならば一対一でも互角以上に戦えるだろう。
「アイアンミノタウロスは、普通にミノタウロスを使って――」
† † †
【個体名】なし
【種族名】ミノタウロス
【ランク】C
筋 力:B-(B)
敏 捷:D (D+)
耐 久:C+(B-)
知 力:‐
生命力:D (D+)
精神力:D (D+)
種族スキル
《迷宮の雄牛》
固体スキル
《習熟:斧》:D
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【個体名】なし
【種族名】アイアンミノタウロス
【ランク】C
筋 力:B-(B)
敏 捷:E (E+)
耐 久:B-(B+)
知 力:‐
生命力:D (D+)
精神力:D (D+)
種族スキル
《迷宮の雄牛》
《真理の人形:鉄》
固体スキル
《習熟:斧》:C
《習熟:魔法:雷》:D
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アイアンミノタウロスもまたCランクへ。雷で魔法を付与した、より凶悪化した斧で殴りもいけるタンクへと進化した。
「でも、スキル継承して種族スキルが増えるのか。ボレアスとは違うね」
『オレは名付けで種族そのものが特殊なものに変わったからな。そいつらも名付ければ変わるかもしれないぞ?』
「……そっか」
無邪気にこちらを見上げているサムライを見て、駿吾は笑みをこぼす。思い入れの強い牛頭馬頭やアイアンミノタウロス、サムライには名前を付けてやりたいと思っていた……ただ、名付けを考えるのが得意ではないので慎重に考えている最中だ。
『ボレアスってのはいい名前だと思うぜ、主』
(ありがとう……結構、悩んだんだよね)
『ああ、悩んでいいさ。適当に付けられるより、なんぼかいい』
念話でそう笑うボレアスに、駿吾も頷くしかない。冗談抜きに『ああああ』とか名付けた人が過去にはいるらしい……なにかのゲームネタらしいのだが。正直、すぐ近くで触れ合える相手にそう名付けられるのは、豪胆と言うべきか無神経というべきか……。
不意に部屋のドアがノックされる。そして、ドア越しに氷雨の声がした。
「良かったらお風呂を使ってください、岩井さん」
「……ウス」
『お、ヒサメ!』
小さく返事する氷雨に、止める間もなくサムライが駆け込んでいく。ガチャリとドアが開いたので、驚いた表情の湯上がり姿の氷雨がそこにいた。
「あ……サ、サムライ……駄目だよ、急に開けたら……」
『ん? なのか?』
「そうですね、次は気をつけましょうね?」
『ん』
氷雨の言葉に素直に頷くサムライ。稽古をつけてもらった間に、随分と心を許しているらしい――そうしていると種族は違うのに、仲の良い姉と弟のように見えた。
「……弟とは、こんな感じなのでしょうか?」
「あ……え、っと」
思わず、というようにこぼした氷雨の言葉を聞いてしまった。少なくとも鷲尾倉吉が“あの”と言葉を濁すような家庭環境だ。駿吾は触れてほしくないと思っている場所なら、触れないようにしたいと思っていた。
「あ、の……ボクがお風呂の間、サムライのことを見てもらってていいか、な……?」
「――はい、お任せを」
駿吾の提案に少し目を見張ってから、氷雨は微笑む。行きましょうか、とサムライと手を繋いで去っていく氷雨を、駿吾は見送った。
『……? どうした、ヒサメ?』
「あ、いえ。なんでもないですよ」
サムライが怪訝な表情で見上げてくる。そんな仕草もゴブリンなのに可愛らしく見えるから、人の感情というのは不思議なものだ。
ゴールデン・ウィークの一件以来、時折連絡を取り合うようになった藤林紫鶴のことを思って、氷雨は密かに苦笑する。
(少し、藤林さんの気持ちがわかってしまいそうです)
氷雨や紫鶴のように複雑な過去を持つ者にとって、真剣に触れないように努めてもらえるのはやはり嬉しいと思ってしまうのだ。人には口に出してしまえば、痛みを伴う過去などいくらでもある――それを言わなくていい、と言われたような気がして。その時の安堵はとても心地がよいもので……。
(藤林さんもそういうところに惹かれたのでしょうね……)
――この時、氷雨は気づかない。自分が思考の中でもという複数形を使ってしまっていたことを……。
† † †
ボレアスに出歯亀趣味はない、ないのだが――。
(《魔除けの守護像》の知覚のせいで、大概の感情が読めちまうんだよなぁ……)
それこそ、主である駿吾に向けられる感情を抱く本人も気づかないものまで、だ。
紫鶴はもちろん、氷雨もまた憎からず――と言ったところらしい。特に紫鶴の場合は露骨なので、少し考えてしまえばわかってしまうぐらいだ。
(でも、主は『自分が他人に好意を抱かれるはずがない』って思ってるし)
これは駿吾が成功体験に乏しく、自己肯定感が低いからだ。まさか自分がそんな風に想われる訳がないと最初から選択肢に入っていない。なにか良くしてもらえば相手がいい人だから、と思うし、むしろこんな自分に気を遣わせるのは申し訳ないと距離を詰めないのが駿吾のようなタイプだ。
だが、これは別段珍しい傾向ではない。互いが互いに立ち位置を探り、相手の想いを察していく――それが人間関係というものである。
(ま、無理にそうする必要はないわな、人生長いし)
駿吾はまだ、一五歳だ。これからいくらでも考える時間もあれば、改める猶予もある……もっと言ってしまえば、必要がないのならこのままでもいいのだ。
重要なのは、常に納得できるか否かだ。よく後悔のない人生などと言うが、そんな人生は存在しない。むしろ、後悔がないということはその時から成長していない、ということと同じだ。成長し、視界も視点も考えも変われば、ああすればよかったこうもできたという後悔の連続というものが人生なのだ――。
(……オレは人間じゃないがね)
ボレアスは思う。それでも当事者でない方があっさりと正解にたどり着くこともある。人間関係においては傍観者であるボレアスにできることは、結局最後まで駿吾の味方でいてやる、それだけだった。
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当事者には悲劇、傍観者には喜劇。そんなものは、世にゴロゴロしているわけで。自我を持つモンスターの方が見えるものがある、というお話です。
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