30話 深く静かに、“異変”とは起きるものである
※10万文字、超えました! 今後ともヨロシクです!
† † †
『やっぱアレだな、そっちで把握してる分のダンジョンしか知覚できんな』
「なるほどなぁ」
偵察から帰ってきた岩井駿吾とボレアスは、鷲尾倉吉へそう報告した。マップに書かれたのは、三つのダンジョン――それぞれ、ゴブリンとは関係のないダンジョンだ。
「どう思う? 篠」
「もう一度、今まで出現した記録のある場所を巡ってみるのがいいかな。ダンジョンもモンスターと同じ情報によって構築されてるはずだから――」
篠山かのんがそれに加わり、三人と一体で話している間に、ゴブリン・サムライはブラック・ワイバーンの鞍に座ってご満悦だった。
『ギュア!』
『主君、すごい。竜、従えてる』
「ふふ、そうですね」
子供のようにはしゃぐサムライに、御堂沢氷雨は小さく微笑む。こうして見ている分には、サムライは幼い子供のようで微笑ましい。
今まで数多くのゴブリンと戦ってきた野畑虎彦は最初は戸惑っていたようだが、すぐに受け入れた。仲間の召喚者の使うモンスターだ、《覚醒種》という自我を持つ分、サムライが特別なのだと折り合いを付けたのだ。
「今から虱潰し、となると遅くなるな。まずは少し手近なところから見ていこうか」
「あ、駿吾君駿吾君! わたしもワイバーンに乗ってみたい!」
はいはい! と挙手するかのんに、駿吾はビクっとする。アレに一緒に乗るというのは密着する訳で……どうしたものか、と駿吾は真剣に悩んだ。
「そんなに遠くないんだ、お前は歩け」
「えー!」
「それにワイバーンのせっかくの機動力を落としてどうすんだ?」
「そ、そんなに重くないですぅ」
倉吉がとりなしてくれて、駿吾はホっとする。その時、のっしのっしとサムライを背に乗せたブラック・ワイバーンが歩み寄って来た。そのまま自然な動きで、ブラック・ワイバーンは身を伏せた。
『ぎゅわ!』
『主君、飛ぶ?』
「うん」
ポイントは教えてもらっている――駿吾はワイバーンの鞍に跨る。当然のように自分の後ろに座るサムライに小さく微笑みながら、駿吾はボレアスと共に飛び立った。
† † †
教えてもらった近場のポイントは山の中腹にあった。先に到着した駿吾とボレアスはそこへゆっくりと降り立つ。そして、周囲を確認した。
「……どう? ダンジョンはありそう?」
『――おかしな気配はないっつうか……アレだな』
ボレアスが見るのは、少し先にある別のダンジョンの入り口だ。それを見ながら、ボレアスは唸る。
『アレが邪魔だなぁ、どうにもアイツに引っかかって探りづらいっつうか……』
「そっか。ダンジョンってそんなに近くにできるものなの?」
『ああ、結構な』
駿吾の素朴な疑問にボレアスはそう頷く。ダンジョンの基であるダンジョン・コア、それがどう生まれるのかも判明していない――ある学者は世界の法則が歪む基点が物質化したものと言い、ある研究者はこの世界のどこかにダンジョン・コアを生み出す“なにか”が発生しているのではないかと考察する。
日々研究は続いてもその答えは出ていないのが現状だ。だが、モンスターの感覚的なものだけはボレアスにも伝えられる。
『それこそ、どうも回覧板ですよってノリでモンスターが入れ替わって交流したりもあるからな。なんでも、ダンジョン・コア間で情報共有する特性? もあるらしいしよ』
「……モンスターが回覧板」
『イメージだ、流せ。ま、ダンジョンのご近所付き合いは意外にあってな。それで出現するモンスターが――あ』
ボレアスはそこまで言って、ひとつの可能性を見い出す。それに駿吾も気づいた。
「もしかして、ゴブリンのダンジョンが近いところなら……ゴブリンも出てくるようになってるかも?」
『……ありえるんだよなぁ。サムライのヤツは《覚醒種》になったから、ダンジョンの中から出られないって制限もくぐり抜けちまってたけど、普通のゴブリンならあるかもな』
そんな会話をボレアスとしていると、一番最初に藤林紫鶴がそこにたどり着いた。
『お待たせしました、岩井殿』
「あ、お疲れ様……みんなは?」
『もうしばらくすると到着するかと』
忍者としての修行をさせられた――した、という自己意志ではない――紫鶴にとって、この程度の山登りなら苦にはならない。少しの坂道を駆け上がった、程度の認識だ。
『ここは任せていいか? 嬢ちゃん。連中はどこだって?』
「ええ、まだこの下で……どうし、ました?」
ボレアスの言葉に、紫鶴が恐る恐る訊ねる。それに“魔導書”を広げながら、答えた。
「ちょっと試したいことが、できたんだ。で、鷲尾さんに、許可をもらおうって、思って」
『おう、その間に主は《進化》とかやっといてくれ』
「うん、お願い」
駿吾はゴブリンたちのデータを確認、それぞれ《進化》によって強化していく。その間に、ボレアスが再び飛び上がった。
† † †
奥多摩における探索者協会認定のCランクダンジョン『猛牛坑道』は基本、Eランクのレッサーミノタウロスが――そこに時折、Dランクのミノタウロスが交じると言った洞窟型のダンジョンだった。
『ブルォ!』
『ブルァ!』
牛頭鬼と馬頭鬼が先頭に立ち、レッサーミノタウロスたちを蹂躙していく。数で劣っても、それを連携と実力でねじ伏せていく光景は、久方ぶりに本気を出せる敵へ、鬱憤を叩きつけるような戦いぶりだった。
(牛頭鬼も馬頭鬼も、そろそろちゃんと強化してあげたいな。牛頭鬼はミノタウロス系が素材になりそうだけど……)
そう確認している間にも、小太刀を構えたサムライとグレイウルフに乗ったゴブリン・ライダーが一体のレッサー・ミノタウロスを速度で翻弄し、討ち倒していた。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・サムライ
【ランク】E
筋 力:D
敏 捷:D
耐 久:E+
知 力:‐ (E)
生命力:D-
精神力:E
種族スキル
《小鬼の群れ》
《小鬼の統率者》
固体スキル
《覚醒種》:E
《習熟:刀》:C
《熟練:弓》:E
《常在戦場》
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・ライダー
【ランク】E
筋 力:E-(E+)
敏 捷:E (D)
耐 久:E (E+)
知 力:‐
生命力:E-(E+)
精神力:E (E+)
種族スキル
《小鬼の群れ》
《小鬼の統率者》
固体スキル
《騎乗》:E
《乗騎:グレイウルフ》
《熟練:槍》:E
《熟練:弓》:E
† † †
サムライにはゴブリン・ボウマンを、ライダーはゴブリン・スピアソルジャーとゴブリン・ボウマンを素材に《進化》させてみた。サムライは弓による遠距離攻撃を手に入れ、ライダーは槍による突進と弓による騎乗射撃が可能となった。これでかなり戦闘の幅が広がったようだ。
『ギュア!』
そこにフォローとして、地上を歩くブラック・ワイバーンの衝撃波によるブレスが加わるともうレッサー・ミノタウロスでは歯がたたない。防御に関しても、アイアンミノタウロスがいて、盤石だ。
強敵と言えるのはDランクのミノタウロスだが――そっちはもっとあっさりと終わっていた。
『うっし!』
ボレアスが拳を振るうだけで、体長四メートルの牛頭人身のモンスターが粉砕される。比喩ではない、風を込めた拳に殴打されるとそのまま旋風が肉を抉り骨を砕きバラバラにしてしまうのだ。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ミノタウロス
【ランク】D
筋 力:C (C+)
敏 捷:D-(D)
耐 久:D+(C-)
知 力:‐
生命力:D+(C-)
精神力:D-(D)
種族スキル
《迷宮の雄牛》
固体スキル
《習熟:斧》:D
† † †
迷宮内にいる限り、ミノタウロスは大変強力なモンスターのはずだ。しかし、能力値だけでなく《貪り尽くす北風》を筆頭とした強力なスキルを持つボレアスを前には、ミノタウロス程度では敵ではなかった。
「……らっくだなぁ」
「……ですね」
駿吾と一種にいた倉吉と虎彦の表情は、呆然としていた。なにせ、AランクとBランクがなにもせず、Eランク探索者のモンスターにおんぶにだっこになっているのである。微妙な気分になってしまうのも、仕方のないことだ。
「ちょっと、ふたりとも。わたしの護衛って任務があるの、忘れないでくださいよぉ?」
そう文句を言うのはかのんだ。かのんは周囲を観察しながら、異変がないか探っていた。その姿に、倉吉も意識を切り替えた。この切り替えの早さと巧みさこそ、危険な領域で生き延びるコツだ。
「そうだな――さっきの話、ゴブリンの痕跡があったらその近くにゴブリンのダンジョンがあるかもしれないってのはどうなんだ? 確率的に」
「ありえない話ではないですよ」
ダンジョン内のモンスターは、基本争わない。だが、中には特例というものがある。例えば絶対的捕食者、そういうモンスターは同じダンジョンに発生するモンスターを餌と認識して食い散らかすという。また“スタンピード”などで別のダンジョンから発生したモンスター同士も、敵対関係に陥ることがある、という資料は残っていた。
この『猛牛坑道』でゴブリンが発生していたら、確実に細々としながらも生き延びているはずだ。
「とはいえ、レアケースですからね。今まで、ここでゴブリンが発見されていませんし」
「なんだよなぁ……」
そんなやり取りの最中、サムライとライダーの連携を見ながら氷雨は真剣な表情で言った。
「すごいですね、特にサムライの子」
「……そうだね」
専門的な知識のない駿吾には、そう答えるしかない。それを補足するように氷雨は続けた。
「武器に、“気”を纏わせているようです」
「……“気”?」
「はい。ただ、古来から言われているそれと違って、ダンジョンの恩恵です。自身の生命の力を武器に纏わせて、切れ味や攻撃力を増しているように思えます。ただ、無自覚にやっているようなのでスキルまで昇華されず、効果は薄いようですが」
そう言えば、最初木の棒で襲われた時、アイアンミノタウロスの硬い鉄の身体にかなり重く鋭い一撃を入れていた。短剣と激突するぐらいで折れた棒だ、あれで本当なら折れないはずがないのだ――どうやら、サムライは無意識にそれを行なっていたらしい。
「後で少し手ほどきをしてあげたいのですが、いいですか? 基本を知るだけでかなり変わるはずです」
「うん、こっちからもお願い、するよ……」
「はい」
――そんな会話をしながら蹂躙することしばし。先へ進むと、一階のフロア・ボスの部屋にたどり着いた――はずだった。
「……ここってミノタウロス・アックスマンがいたよな?」
「そうですね。えーと、二ヶ月前に倒されたので、そろそろ“再出現”してもおかしくない頃ですが――」
だが、ミノタウロス・アックスマンの姿はそこにはない。ダンジョンの専門家であるかのんも小首を傾げた。
「うーん、ほら、下の階に行けなくなってるのでフロア・ボスはいるはずなんですけど。代替わりしたなら、ここにいないのも変ですね……」
確かにこれは異常かもしれない――そうかのんは切り出した。
「これ、明日以降もこの周辺のダンジョン調べてみていいですか?」
† † †
徐々に、判明していくそれがどうなるのか――?
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