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29話 知っていたけど、知らない景色

   †  †  †


 二〇五〇年代、日本の領土は二一世紀初頭と変わっていない。陸地面積の七割強が山地で平地に乏しいこの国らしく奥多摩山脈は、東京都の西部に広がる山岳地帯だ。


「でも、どこも人の手が入っているのですね」


 御堂沢氷雨(みどうさわ・ひさめ)篠山(しのやま)かのんが広げた地図を覗き込む、感心した風に言う。それにかのんは我がことのように胸を張って言った。


「あんまり険しい渓流とかないのが特徴だからね。元々、東京都の水源だったから至るところに道があって巡回できるようになってたんだよね」

「そこは昔からこの地域に関わってくれた人たち様々だ。でないと、マジでこのあたりも人が足を踏み込めない秘境になってたかもしれん」


 鷲尾倉吉(わしお・くらきち)はバンから自分の得物を取り出しながら、そう答える。厳重な大きな特殊合金製のウエポンケース、その鍵を開けると中から出てきたのは一本の飾り気のないブロードソードだった。


「……す、すごい厳重に管理……してるんです、ね?」

「ああ、特種魔剣認定された相棒なもんでな」


 岩井駿吾(いわい・しゅんご)の問いかけに、倉吉はそう答え剣を鞘に入れて改めて腰のベルトに装着する。特種魔剣認定? と駿吾が首を捻っていると、藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)からピコンと『ツーカー』のメッセージが届いた。


『魔剣とは文字通り魔力が宿った剣、あるいは武器の総称です。人の手で作られた乙種、ダンジョン産の甲種、一定以上の()()()を持つものを特種と分類されています。この特種は人の手によるものでもダンジョンで生み出されたものでも、高い殺傷能力を誇ると探索者協会(シーカーズ・ギルド)が認定すると所有や管理に対してさまざまな制限が課せられます』


 前世紀後半の日本では、料理人が持つ包丁という商売道具でさえ鍵のついたケースでの持ち歩きが義務付けられていた。特種魔剣は秘められた魔力や宿った魔法の強大さから、武器というよりももはや兵器扱いを受けている――その現れのひとつが、この厳重なウェポンケースという訳だ。


「うし、虎。そっちはいいか?」

「はい」


 倉吉の言葉に、虎の絵が書かれたライオットシールドを担いだ野畑虎彦(のばた・とらひこ)が頷いた。虎は自分の名前にもついているトレードマークだ、盾を持つ筋骨隆々の大男である虎彦を見て駿吾はしみじみと思う。


(すごいな、本物の探索者(シーカー)だ……)

『ハハハッ! わかるわかる、こいつらはザ・探索者って感じがするよな!』


 今まで“魔導書(グリモア)”の中で沈黙していたボレアスがそう豪快に笑う。召喚者(サマナー)として一線級であるモンスターと能力を持つ駿吾だが、その中身はつい二ヶ月ほど前まで中学生をやっていた少年に過ぎない。初めて間近で活動する上位探索者を見て、以前から持っていたイメージ通りだと感動するのも当然だ。


(ボレアス、どうして今まで黙ってたんだ?)


 その駿吾の疑問に、ボレアスは本心は語らない。少なくともコミュニケーションを彼らと取らせておきたかった、という本心を。ボレアスの知覚では彼らに悪意はなく――かのんのように善意で困らせるケースもあったが――友好的であったので、良い機会だと思ったからだ。

 そんな本心を隠すために、ボレアスは用意しておいた答えを返した。


『サムライのヤツから、ちょっと話を聞いてたんだ。それで未発見のダンジョンがいくらか絞れるかと思ってな』


   †  †  †


 駿吾はボレアスの話を聞いて、かのんの広げていた地図を見ながら言った。


「ゴブリン・ジェネラルの、群れを、追放されたサムライは、詳しい場所までは知らない、と言っています」


 そう言いながら、駿吾が指をさすのはあのダンジョンが生まれたトンネルだ。


「ただ、なんとなく山を下って、あのダンジョンにたどり着いて住み着いた、らしいです」

「ゴブリンが群れから追い出されるって話も、追い出されたゴブリンが別の群れに紛れ込むってのも初めて聞くねっ。うん、興味深い」


 駿吾の説明に、かのんは真剣な表情で頷く。ダンジョンを研究する身としては、そんなレアケースを聞けば興味が惹かれるのも当然だ。駿吾はあまりかのんの方を見ずに、犬の仮面の下で苦笑する。


「ボレアス……あ、自分のガーゴイル、ですけど……が、言ってました。《覚醒種》だから、追放されたんだろうって……」


 あのゴブリン・サムライは優秀だ。今でも話す時、追放したゴブリンの群れやゴブリン・ジェネラルへの不満は口にしない。実際に、どうして追放されたのかわからないが、上の言うことだから従おう程度でしかなかった。


「ゴブリンの序列は、強さ……らしいので。今はまだ勝っていても、未来ではわからない……でも、サムライは同族として扱われなかったんじゃないかって……」

「それは――」


 氷雨が呟き、言葉を飲み込む。《覚醒種》として自我を得て、その時点で自分の判断を下せるように()()()()()()()サムライは、種族そのものはゴブリンでありながらゴブリンというモンスターの枠を逸脱してしまった。その折り合いが周囲と付けられず、排斥された――ただ、()()()()の話だ、と。


「……ゴブリンの社会も世知辛れぇってことか」


 倉吉の言葉に交じる乾いた笑いも、周囲の反応も。それが理解できるという表情だ。彼らもまたダンジョンで力を得て、人の枠から大きく逸脱した存在だ。まだその他大勢の普通の人類と会話による意思疎通ができるからいいが……それが無理なら、衝突することだって少なくないはずだ。


「そっか。《覚醒種》はデータが少なかったからなぁ……うん。ありえる。説得力のある説だねぇ」

「――っと、脱線したな。とにかく、あの『小鬼隧道』から上が怪しいってこったな?」

「す、すみません」


 脱線させてしまった、と謝る駿吾に、気にするなと言うように倉吉は背を叩く。改めて地図を見ながら、倉吉は虎彦を見上げて確認した。


「このあたり、前にパトロールしたのいつだっけ?」

「……自分が覚えているだけで一ヶ月ほどかと」

「さすがにそれでゴブリン・ジェネラルまで育つとは思えんなぁ。となると、見過ごしか?」


 いくら環境や経験、状況によって激しく進化していくゴブリンでも一ヶ月でそこまで進化するはずない――それが探索者間の認識だ。


(……ボレアスの場合、名付けと《進化(エボルブ)》の結果だもんね)

『だなぁ。オレもゴブリンに詳しくねぇけど、さすがに異常だと思うぞ?』

(そうだね)


 全員が、次の倉吉の言葉を待つ。この中で最年長、そしてAランク探索者という実績と経験をもっとも積んだ彼が、この状況でリーダーシップを取るのは当然だ。


「岩井君よ。キミ、探索とか捜索できるモンスターは呼べるかい?」

「待ってください……一応、ボレアスはできそうです」

「なら、呼び出しておいてくれ。こっから先は歩きだ、覚悟しとけ。特に篠」


 名指しで指名されたかのんは、ちょんちょんと虎彦の服の裾を引っ張って上目遣いで言った。


「背負ってくれていいよ? 虎くん」

「……謹んで辞退する」


 そんな時だ。ピコンと紫鶴から『ツーカー』のメッセージが届いた。


『岩井殿、今、香村(こうむら)本部長から例の報酬代わりの魔石が届きました』

「え、今!?」

『あの方は、Aランク相当の実力を持つ魔法使いですから――』


 駿吾の手に握られたのは、ひとつのボウリング玉サイズの魔石だ。ずっしりと来る――それがなんなのか、駿吾は確認するために“魔導書”に取り込んだ。


   †  †  †


 ヒュオ! と風が吹き抜けていく。それを感じて、駿吾は息を飲んだ。


「――すごい」

『ハハハハ! あの女も粋なモン送ってきたな』


 隣を飛ぶボレアスが笑う。眼下に広がる奥多摩の絶景――駿吾も一緒に飛んでいるのだ。


『ギュワ!』


 駿吾を乗せて飛んでいるのは、背に鞍を乗せた漆黒の飛竜――ワイバーンだった。


   †  †  †


【個体名】なし

【種族名】ブラック・ワイバーン

【ランク】C

筋 力:C-

敏 捷:A

耐 久:C

知 力:‐

生命力:C (C+)

精神力:C-


種族スキル

《竜鱗:黒》:C

《竜の吐息:衝撃波》


固体スキル

《気配察知》:C

《高速機動》:C


   †  †  †


「すごいんだね、空からの景色って……」

『だろう? 地べたに立ってるよりも遠くが見えるもんさ。ま、地上が遠くなってるって意味だがな』


 最初は怯えていた駿吾だが、その光景にすぐに心奪われた。どこまでも眼下に広がる緑、緑、緑。身体全体を吹き抜けるような風を感じながら、駿吾は感動していた。

 今まであそこにあると知っていながら、見ていなかった世界がある――それは言葉にできない高揚を駿吾に教えてくれた。


『よし、まずは上空から調べてみっか。急がせなくていい、慣らし運転だと思おうぜ』

「うん……頼むよ、ワイバーン」

『ギュア!』


 首を駿吾に撫でられると、一鳴きしてブラック・ワイバーンは皮膜の翼を広げて風に乗った。


   †  †  †

霞「間に合った! 間に合ったわ!」(← 使える状況で送りたかった人)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前世紀後半の日本では、料理人が持つ包丁という商売道具でさえ鍵のついたケースでの持ち歩きが義務付けられていた。 2050年は包丁ないんか…
[一言] なんでAランクの土蜘蛛の報酬がCランク…?と思ったら色の分だけの魔石だったんですね。勘違いしてました。
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