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26話 先輩探索者と試したいこと

   †  †  †


 探索者協会(シーカーズ・ギルド)日本本部の職員食堂、そこで岩井駿吾(いわい・しゅんご)鷲尾倉吉(わしお・くらきち)が腹を抱えて笑っている姿を見ていた。


「そうかそうか! いや、よく売店の手伝いとかやっててさ! そうだよな、外から来てるヤツだと現役探索者(シーカー)が売店の店員やってるとは思わんか! はははは! うっかりしてたわ」

「……はぁ」


 その笑い声に、喫茶店の客や店員は何事かとこちらに視線を向ける。だが、倉吉はそんな周囲から視線にも気にした風はない。とにかく、豪快な性格をした人だった。藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)が、『ツーカー』のメッセージで補足する。


『鷲尾殿は西多摩地区支部では顔の売れたお人ですから。口にしなくても、ほとんど知っている人ばかりなんです』

(……そうなんだ)


 あまりにも手慣れていたし、色々とサービスしてくれたからてっきり本職だと思っていた。ただ、そうなるとやはり疑問が出てしまう。


(……ゴブリンのために武器を買ったボクを、どう思ったのかな?)


 今にして思えば、倉吉はゴブリン・キングによる被害があった土地の上位探索者である。ゴブリンにいい感情を抱いているとは限らない。むしろ、悪感情を抱いているのではないか? ――駿吾はそれを懸念していた。

 犬の仮面を外さない――本当によくできていた、口元のパーツを外すだけで飲食可能だ――駿吾に、倉吉はひとしきり笑い終えるとコーヒーに手を伸ばすと喉を湿らせ、改めて口を開いた。


「アレか? ゴブリンに思うとこあんじゃねぇかってか?」


 かなりデリケートな問題をどう切り出そうか困っていたこっちに、倉吉の方から言い出してきた。戸惑ってしまい、沈黙を作ってしまったことに気づいた駿吾は慌てて頷く。


「そりゃあな、あそこにいりゃあ嫌でもゴブリンとは関わるからな。なにも思わないっていや、嘘になっかもな」

「…………」

「でもな、それを無関係なゴブリンにまで背負わせようとは思わねぇよ」


 一瞬、倉吉の表情が真剣味を帯びた。コーヒーを見る倉吉の瞳は、どこか遠い。


「三〇年前、俺は中学生で確かにあのクソったれな事件に巻き込まれた被害者だった。それが理由で探索者になったってのもあったけどな……人間、そんなに恨み辛みだけでやってけねぇわ、やっぱ」

「……恨み辛みで、ですか?」

「おう。人間、記憶も感情も時間によって風化する。その感情が強ければ強いほど、風化しきった後に残るもんは燃えカスだよ。俺は結構、そういう人間を見て来たからよ」


 俺は薄情だったのかもな、と倉吉は苦笑する。


「ゴブリン・キングの騒動では、俺の家族も知り合いもさほど被害は出なかった。騒動が起きた場所から少し遠かったからな。よくも人の街を壊しやがってって思ったけどよ、五年もしたら気づくのよ、ああ、もう元通りになってやがるってよ」


 街の被害は生命と違って、やり直しがきく。だから思うのだ、ああ、()()()()だったんだな、と――。


「街の風景が変わっていくなんて、別に珍しいことじゃない。だから、その程度にしか思えない……そんな俺がゴブリン相手にどうこうなんて言っても説得力ねぇわな」

「そう、ですか……」

「でも、ま。これから起きるだろうゴブリンの被害は別だ。それだけは防がなきゃいけねぇ」


 行動原理を過去に置くか、未来に置くかの差ってもんよ、と倉吉は言ってのける。駿吾としては、半分も実感が湧かない。ただ、倉吉のスタンスは理解できた。

 おそらく、今の倉吉は万が一ゴブリンの“スタンピード”が起きたとしてもその怒りや憎しみをゴブリンにだけぶつけることはしないだろう――戦う力を持つからこそ、自分の力の至らなさを後悔し自身への怒りを抱くはずだ。


「お前さんが、本部長の話に出た《ワイルド・ハント》なんだろ?」


 そう、香村霞(こうむら・かすみ)の言っていた協力者――そのひとりが倉吉だった。西多摩区支部におけるダンジョンの捜索、その点に関して倉吉はもっとも詳しい者だ。


「……ウス」

「ははははは! いいっていいって。深くは聞かないし、お前さんが置かれてる微妙な立場ってのも理解してるつもりだ。探索者にはよくある話さ」


 そこらへんドライにやろうぜ、とニヤリと倉吉は笑う。それに、コクコクと駿吾は頷きで返した。ピコン、と『ツーカー』に紫鶴からのメッセージが届く。


『鷲尾殿は本部長と同じく、中立派の御仁です。人格や能力ともに、信頼しても良い人物かと』

『ま、これが悪人なら大したもんだ』


 ボレアスもまた、短いやり取りでも相応に信頼が置ける人物と判断したらしい。倉吉は伝票を手にすると、立ち上がって言った。


「ま、またあっちの支部で待ってるぜ。よろしく頼むな」

「……あっはい、あの……」

「ああ、コーヒー一杯分くらいで先輩面する気はねぇよ。心配すんなって」


   †  †  †


 倉吉と別れ、また闘技場へ戻ってきた。その頃には、『頼んでいた物』が闘技場の隅に積み上げられていた。


『――強い? あいつ』


 ゴブリン・サムライからの問いかけは、疑問というより確認だった。だから、駿吾は小さく頷いた。


「うん、みたいだね……」

『あの岩井殿? それは……?』


 サムライの念話に答えていた駿吾に、紫鶴が訊ねる。そこに積まれていたのは、売店で二束三文で売られていた大量の武器だ。スケルトンなどの武器を装備して生み出されるFランクモンスターは、時折倒すとその武器を落とすこともある。質などは決してよくはないが、協会に安値だが売れてその日の飲み代の足しになったり、成り立ての探索者が万一の時の予備武器として携帯することもある。

 また、初心者召喚者(サマナー)が契約したモンスターの武器を変更するために使うということもある。


「ちょっと試してみたくて――」


 そう言って駿吾は自分の予想通りになるか試しにゴブリンたちの武器を交換してみた。


   †  †  †


【個体名】なし

【種族名】ゴブリン

【ランク】F

筋 力:F

敏 捷:F

耐 久:F

知 力:‐

生命力:F

精神力:F


種族スキル

《小鬼の群れ》


固体スキル

《習熟:■》:F


   †  †  †


 ――予想通りだった。


「剣に斧に槍に弓……もたせたら、その武器の扱いもできるようになるんだね」


 駿吾はほぼ予想通りの結果に、そうこぼす。種族名まで変わっていないのは、まだ持ったばかりだから? あるいは別に条件があるのか――そのあたりの確認もいるだろう。


「それはまたダンジョンに行ったらかな? 今日は帰ろうか?」

『そうだな、この時間となると『新宿迷宮』の入り口ぐらいしかないもんなぁ』


 今のボレアスがいれば、レッサーガーゴイルを倒すのも大した手間ではないがゴブリンたちの確認にはならないだろう。


「とりあえず、さっきの依頼は受けますって伝えてもらっても大丈夫?」

『はい、お任せください』


 そう紫鶴も携帯端末にメッセージをくれた。やりたいことは終わった、とこの日は駿吾はそのまま帰宅することにした。


   †  †  †

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