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19話 貪り尽くす北風1

※一時間後ぐらいに、もう一本上げます。

   †  †  †


 ――ヒュオ! と地下の秘密通路に荒々しい風が吹き抜けた。一〇〇年の歳月、万が一のために用意されながらこんな悪戯にしか使われなかった淀んだ風を吹き飛ばすように。


 ミシリ、と石の身体が軋みを上げた。ボレアスと名付けられたガーゴイルが一歩前に出るたびに巨大化していく。一回り、二回り、三歩も歩く内には成長を終え、体長四メートルに達した。

 伸びる水牛がごとき角、肘から下は一層と膨れ上がり手甲のようになり、鋭い鉤爪のある一〇指はより太く鋭くなった。そして、人間であれば尾てい骨のあたりから伸びた蛇腹状の尾がガキン! とコンクリートの足場を打ち亀裂を走らせる。


『――どけ、お前ら』


 そのボレアスの言葉に、牛頭鬼(ゴズキ)馬頭鬼(メズキ)、アイアンミノタウロスが左右に散り――ボレアスが繰り出した右拳の一撃が、二体の瘴気による蜘蛛を暴風によって飲み込んだ。


『ギ、ギギギ!?』


 それはまるで、凄まじい歯車に巻き込まれた哀れな石のように。乱気流に引きちぎられ、刹那で二体の土蜘蛛が魔石となって転がった。


   †  †  †


【個体名】ボレアス

【種族名】ガーゴイル・ストームルーラー

【ランク】B

筋 力:B+(A)

敏 捷:C (B)

耐 久:B+(A)

知 力:‐ (B)

生命力:B+(A)

精神力:B


種族スキル

《魔除けの守護像》

《擬態・石像》:B


固体スキル

《覚醒種》:B

《剛力無双》

《習熟:魔法:風》:B

《鉄拳》


   †  †  †


「え、っと……?」


 呆然と岩井駿吾(いわい・しゅんご)が犬の仮面に覆われた顔で手元の“魔導書(グリモア)”のデータとボレアスを交互に見比べた。


「……ねえ、ガ……ボレアスさん。ひとつ聞いてもいいかな?」

『おう、なんだ? 主』

「なにか、グレーターガーゴイルじゃなくて……ガーゴイル・ストームルーラーって種族名でBランクになって、るんだけども……?」


 しかも、その能力値ははっきり言ってAランクと言っても過言ではないほどの高さを誇っている――思った以上のパワーアップであった。


『そりゃあお前。今のオレはボレアスって言う世界で唯一無二のお前だけのガーゴイルだもんよ。当然、特別(スペシャル)唯一(ユニーク)最上級(ハイエンド)ってもんよ』


「……あれが、ガー、ゴイル?」

「…………」


 御堂沢氷雨(みどうさわ・ひさめ)が疑問の声をこぼし、藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)でさえ息を飲む。氷雨の知識はガーゴイルで止まっているし、紫鶴の知っているグレーターガーゴイルはここまでの化け物ではなかったからだ。


『よく見とけよ、主』


 ギチギチギチ! と再び三体の土蜘蛛がダンジョンへと侵入してくる。ボレアスは被膜の翼を広げて、その背を見せて言った。


『――これが、お前の“力”だ』


   †  †  †


「クカカカカカ! なるほど、なるほどのぉ!」


 黒セーラー服の少女が、腹を抱えて笑った。ちょっと裏で手を回して、()()ガーゴイルが駿吾の手に渡るようにしたのは、実はこの少女である。必ず、あのガーゴイルは新たなる《百鬼夜行(わいるど・はんと)》の小僧っ子に必要となる、そう勘に任せての行動だったが――これは予想の斜め上をいかれた。


「石像、物、()()()! 古き器物のみで形成される百鬼夜行は古くから語られはするが――がーごいるという魔物としてではなく、名付けによってその者だけの守護像としての側面を確立、種族の枠を逸脱したか! ここまでは予想はしておらなんだ!」


 少女は理屈を口にした。理解できるようで、理解したらあらゆる常識が踏みにじられる理不尽の極みだ。だが、世の中などこんなものだ――それこそ、一〇〇〇年を越える歳月をこの世にあった少女にとって技術的なブレイクスルーなど数え切れないほど見てきた事実である。

 昨日までの常識が、今日は非常識に。そして、その逆も然り。世界など“迷宮大災害ダンジョン・カタストロフィ”以前からいくらでも壊され、作り変えられていたのだから――。


『お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!』

「そうか、そうか。認められぬか、なおも敗北は認めぬか。良いぞ、良いぞ、その程よい愚鈍さ、実に儂好みよ」


 地の底から聞こえる土蜘蛛八十女(やそめ)の同胞を奪われる嘆きに、少女は丸縁サングラスの向こうで目を細める。うっすらと三日月のように口角を上げた少女が猫撫で声で許可した。


「――許す、存分にやるがいい」


   †  †  †


 瘴気の蜘蛛が、ボレアスへと殺到する。しかし、その蜘蛛脚を吐き出す糸も、ボレアスが纏う嵐を前に弾かれ、消し飛ばされるのみだ。逆にただ手を伸ばし、旋風の風圧のみで瘴気を掻き乱すと、露出した小柄な鬼を引っ掴み、ボレアスは地面に叩きつけ、握り潰し、殴り壊していった。


『ギギギギギギッ!』


 土蜘蛛の一体が糸を放つ。それでボレアスの右手首を拘束――その間に、もう一体の土蜘蛛がボレアスへ覆いかぶさった。拘束した糸を壁に固定し、土蜘蛛が飛ぶ。抑え込んだ同胞ごと、ボレアスを討とうとしたのだ。

 八本の蜘蛛脚が、鋭い槍のように硬化する――そこへ、スケルトン・アーチャーの矢が放たれた。突き刺ささらず、弾かれるだけ。しかし、貫こうとする勢いがわずかに削がれ、狙いがズレる。


『っしゃああ!!』


 覆いかぶさっていた土蜘蛛を蹴り上げ、ボレアスは迫っていた土蜘蛛に叩きつける! ニ体の土蜘蛛が激突したそこへ、ボレアスの旋風を纏った左アッパーが叩き込まれ、二体の土蜘蛛が爆ぜて消し飛ばされた。


『次!!』

『ギィ!』


 ――もはや、圧倒的だった。

 土蜘蛛たちは入り口で渋滞していた。ダンジョンに一度に入れないからこその一対少数の戦いは、その暴力的な力でボレアスが蹂躙していく一方だ。

 一撃の重みが違う。一撃の鋭さが違う。それは、ただランクによって現される戦闘能力の差ではない。自身の仕える主に生命を賭して従う者同士、生命を捨てようと成し遂げようとする土蜘蛛と生命の限り主を守ろうとするボレアス、その決意と覚悟の差が如実に現れた結果だった。


『どうぞ』

「気をつけて」


 そして、ボレアスが倒した土蜘蛛の魔石を次々と紫鶴が駿吾の元へと運び、手当たりしだいに契約していく。これは一方的な将棋のようなものだ、取った駒をどんどんとこちらのものにできる――その数が逆転しようとしていた、その時だ。


 ――ズゥン……!


 不意に、地震が地下を襲った。しかし、その衝撃は自然物ではない。亀裂が走り、砕ける天井――牛頭馬頭とアイアンミノタウロスが駿吾たちを守り、ボレアスの風が瓦礫を打ち砕いた。


『んだぁ? 土蜘蛛の連中も途切れた、が……』

「い、わい、殿! まず、いです! 上を!」


 紫鶴がメッセージを打ち込むことも忘れて、上を見上げて言った。駿吾と氷雨は見上げて絶句し、ボレアスも上を見上げて、呆れていった。


『おいおい、冗談だろ?』


   †  †  †


 その日その時、探索者協会(シーカーズ・ギルド)は暫定的ながら史上初めて土蜘蛛系統のモンスターをAランク認定した。


『お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 低い唸り声が、千代田区に響き渡った。国道246号、そこに姿を現したのは体高一二メートルほど、体長二〇メートルはある巨大な瘴気の蜘蛛だった。

 この時、三地点で起きた土蜘蛛の“スタンピード”は唐突に消えていた。モンスターの専門家は、おそらくこの時発生していた土蜘蛛はすべて一体の土蜘蛛の制御下にあり、消失と同時に出現した巨大な土蜘蛛は残っていた土蜘蛛をすべて取り込み、合体した結果ではないか――そう推論した。


 探索者協会はこの時出現した土蜘蛛を暫定Aランクモンスター土蜘蛛八十女と呼称。これが後の世に語り継がれる土蜘蛛八十女事件の始まりであった。


   †  †  †

――今、ひとつの伝説が始まります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 使役するモンスターを敵にぶつけ略奪し、無制限に自分の駒とする………、まるで将棋だな(*゜∀゜*)
[気になる点]  ――ヒュオ! と地下の秘密通路に荒々しい風が吹き抜けた。一〇〇年の歳月、万が一のために用意されながらこんな悪戯にしか使われなかった淀んだ風を吹き飛ばすように。 敵が出てきた地下通…
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