18話 まつろわぬ災害3
† † †
壁を這い回りながら、土蜘蛛が動く。それをガーゴイルが風を纏いながら追いかける――糸による土蜘蛛の反撃、それを旋風で弾きガーゴイルが突っ込んだ。
『ッラアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
黒いモヤ、その中に強引に手を突っ込んだガーゴイルが高速で飛ぶ。ばふ! と蜘蛛型のモヤが吹き飛ぶと、小柄で両腕両足が長い鬼が姿を現した。それを黒いモヤを再び集める前に、ガーゴイルが地面に投げつけ――踏み潰しと同時に旋風を巻き起こす!
『おっと』
ガーゴイルはボウリングのボールサイズはある魔石を掴み、着地。牛頭鬼と馬頭鬼の方を見れば、二体がかりで土蜘蛛を炎と氷の一撃で倒し終えたばかりだった。ガーゴイルは落ちたもう一体の土蜘蛛の魔石を手に、御堂沢氷雨とその場にいた岩井駿吾へと歩み寄った。
『おい、主。逃げろって言ったろうに――まぁ、いい。こいつも契約しとけ』
「う、うん……」
大きい魔石を受け取った駿吾は、“魔導書”で吸収した。契約するということは、召喚できる対象が増えるというだけではない。相手の手の内も暴けるということだ。
† † †
【個体名】なし
【種族名】土蜘蛛
【ランク】C
筋 力:C+(B-)
敏 捷:C
耐 久:C+(B-)
知 力:‐
生命力:C (C+)
精神力:C (C+)
種族スキル
《まつろわぬ蜘蛛》
固体スキル
《習熟:糸》:C
《鋭敏知覚》:D
† † †
「……やっぱり、Cランクだけあって単純な性能だとガーゴイルより強いね」
『今は風属性の魔法がある。一対一なら負けねぇが、多分三体同時とかだとオレ一体じゃ競り負けるなぁ』
「牛頭鬼と馬頭鬼も二体で一体を倒すのがやっとみたいだ。となると4体現れたら厳しいね」
ガーゴイルはもちろん、牛頭馬頭双方とも弱くはない。ただ、やはり単純にランクの評価は脅威度、戦闘能力の高さに現れる。
「土蜘蛛たちがどこから現れたか、わかります?」
「いえ、それが私が来た時には待ち伏せされていて――」
駿吾の問いに、氷雨がそう答えた時だ。ピロリン、と携帯端末の『ツーカー』にメッセージが届いた――藤林紫鶴からのものだ。
『岩井殿、現在他の二箇所でAランクモンスターの鵺が出現したらしく、応援はまだまだかかりそうです』
「……どこから土蜘蛛が出てきたか、わかる?」
『おそらくは地下かと思われますが、突入は推奨しません。少なくとも後、一〇体以上の土蜘蛛は出現しているはずです』
「……そうか、一〇体以上か」
「……ッ!?」
氷雨が、駿吾の言葉に息を飲む。一体、あるいは三体ぐらいまでなら問題なく対応できるだろう。だが、その数は現在の駿吾の戦力では絶望的だ。
(……どうしよう)
一番確実なのは、逃げることだ。どう考えても応援無くして駿吾の対処能力を越えている。探索者協会だってここで撤退してもFランク探索者に文句は言わないだろう。
だが、土蜘蛛がどこにどう散ってしまうかわかったものではない。そうなってしまえば、どこでどんな被害が起きるかわからなくなる……その犠牲は、少なくないはずだ。
『――私個人としては撤退を推奨します。勇気と無謀をどうか履き違えないでください』
「…………」
そう紫鶴が訴えるのは、駿吾を思ってのことだ。監視対象である駿吾の行動に意見をするのは越権行為に当たる……それでも、紫鶴は駿吾に無理をして最悪の結果を迎えてほしくないのだ。
「――――」
対して、目の前の氷雨は唇を噛む。自分の無力を嘆いているのだろう。だが、なにも言わないのは自分に意見する資格がないと理解しているからだ。
『――どうする? 主』
ガーゴイルの問いかけは、どちらであろうと文句は言わないと言外に訴えていた。
「ボ、クは……」
† † †
――どちらを選ぶ? 小僧っ子よ。答え次第で、詰むぞい?
† † †
「――ッ!?」
ゾクっと不意に駿吾の背筋に冷たいものが走った。まるで背骨に氷の柱を突き入れられたような悪寒――それは身をすくめるような、敵意と視線の群れだ。
『岩井殿、下から土蜘蛛の気配がします』
『こりゃあ、近いぞ? 主』
紫鶴のメッセージとガーゴイルの言葉は、ほぼ同時だった。だとしたなら、この敵意と視線は自分に向けられたものなのだろうか――?
「……そう、なのかな?」
「どうしました?」
犬の仮面の下、弱気な表情で考え込む駿吾に氷雨が問いかける。この敵意と視線が本当に土蜘蛛のものなら、きっと狙われているのは自分だ。
「一旦、退こう」
その言葉に、安堵している自分を紫鶴は感じた。このままではなんとかして土蜘蛛を止めようと言い出すと思っていたからだ。こういってはなんだが、紫鶴からすれば今後出る土蜘蛛の手による人死によりも、駿吾の身の安全の方がよっぽど重要だ……それが職務ではなく、自分の感情だという自覚もあった。
(……嫌われ、る、かな。バレ、たら……)
きっと、嫌いな人や見ず知らずの誰かより大切だと思えるひとりの方が大事なのだ。そういう醜い人間だから、自分は……。
「えっと、逃げながら聞いてほしい。藤林さん――――ってある?」
「……え……?」
ボソリ、とその問いに戸惑いながら、紫鶴は声をこぼしてしまった。それで《隠身》は解けてしまう――いきなり目の前に現れた紫鶴に、氷雨が驚いた。
「え!? 突然、現れ……!?」
『主、まさか――』
ガーゴイルの視線に、コクン、と駿吾は頷き、自分の言葉を語り始めた。
† † †
『キキキ!』
『キキッ』
地下通路を移動する土蜘蛛たちは、“目標”の気配が動いているのを察知して追いかける。おそらくかなりの速度が出ているのだろう、土蜘蛛たちは引き離されるもののその気配を見失うことはない。
首領である土蜘蛛八十女も、配下を先へ進め追ってくる。途中にどんな障害があろうと押し潰し、“目標”を殺す――それが彼女に与えられた使命であり、存在価値なのだから。
『キキキキキ!!』
一体の土蜘蛛が、“目標”が動きを止めたことを察知する。おそらくは、気配の位置的に地下だ――そこへ土蜘蛛の一体がたどり着いた瞬間だ。
『ブルォ』
『ブルァ』
牛頭馬頭とアイアンミノタウロスが、細い通路を抜けた先で待ち受け、土蜘蛛を燃やし、凍らせ、電撃を繰り出す!
『なるほどなぁ、背水の陣っつうかなんつうか――』
ガーゴイルが笑う。その背後には、一五体のレッサーガーゴイルが控えていた。駿吾は頷き、告げる。
「こうなったら、一か八か。グレーターガーゴイルに《進化》できるかどうか、賭けてみる」
『おう、いいぜ。そういうのは嫌いじゃねぇしな』
レッサーガーゴイルたちを丁寧に育て続けてきた、だから、ガーゴイルに《進化》を促すのには、まだ成長が足りないかもしれない――足りなければ、持っているモンスターを大量に全部使ってでも、ガーゴイルを強化するつもりだった。
――そう、紫鶴に対して駿吾はこう訊ねたのだ。
『藤林さん、この近くに『猛毒道』ってある?』
Eランクの不人気ダンジョン『猛毒道』。そこに駿吾たちは、逃げ込んでいた。ダンジョン内でならアイアンミノタウロスの《迷宮の雄牛》の効果が発動する――土蜘蛛が二、三体ならガーゴイルを《進化》させる時間を稼ぐこともできるはずだ、と。
紫鶴はその考えを聞いて、嘘をつこうかとも思った。残念ながら近くにはありません、と。しかし、仮面の下から真っ直ぐ自分を見る駿吾に、嘘がつけなかったのだ。
『土蜘蛛は、ボクを狙ってる……気がするんだ、なんとなく』
その予感の通りだった。逃げ込んだ『猛毒道』に、土蜘蛛たちは迷わず追ってきたのだから。氷雨に訊ねてみれば、猛毒スライムぐらいなら倒すのは問題ないとのことだ。
『土蜘蛛が猛毒スライムで猛毒を受けるなら、こっちも少しはマシになると思うんだ。ガーゴイルやゴーレムたちは猛毒は効かないから――』
合わせて、スケルトンたちも氷雨を手伝わせている。こうなってしまえば、もう手の内を隠す余裕などないからだ。
『藤林さんには、アイアンゴーレムと一緒にボクを守ってほしいけど……』
『……し、かた、ありませんね。やり、ます』
コクン、と俯いたまま、犬の仮面を付けた紫鶴も折れた。なら、せめて職務を全うして駿吾の監視するまでだ、と。
「……それと、ガーゴイル」
『おう、なんだ? 主』
「名前、つけていい?」
その質問に、ガーゴイルは駿吾を見下ろす。ガーゴイルは野太い笑みを浮かべて、言った。
『――格好悪い名前なら、却下するぜ?』
「うん、気に入らない、ならいいよ、それで」
駿吾は見上げ、ガーゴイルに考えていたその名を告げた。
「ボレアス――ギリシャ神話に語られる、荒々しい北風の神様の、名前。どう?」
『おう、いいじゃねぇか。いいぜ、それで』
ガーゴイル、ボレアスがそう承認する。その瞬間、一五体のレッサーガーゴイルたちが光の粒子と変わった。その光を駿吾はボレアスへと導き、その身体へと吸収させていく!
「《進化》!」
――次の瞬間、荒々しい暴風がそこに生まれた。
† † †
覚悟と決意を応え、ここに荒々しき北風が戦場に吹き抜ける。
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