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うちの寺の墓地にダンジョンができたので大変です  作者: 海水


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19.柏葉子の話②

すみません、区切りの関係で長いです

 渋る柏を学校へ送り出した小湊はちゃぶ台を挟んで兄と向き合う。


「改めて、獄楽ギルド所属の小湊京香と申します。普段は柏……葉子さんにダンジョンの魔物退治を手伝っていただいています」

「あ、あの僕は柏葉介です。ようちゃんの兄です。血は繋がっていないんですけど」


 葉介は目を伏せた。


「昨晩、葉子さんに聞きました。複雑な家庭のようですね」

「あぁ、貴女は、ようちゃんが()()()()()()()人なんですね」


 葉介はガリガリと頭をかいた。


「あの子から悲鳴のような電話を貰っては来ないわけにはいきません」

「そうなんですね……どこまで、聞きました?」

「お母様は亡くなっており、お父様は海外へ出張。ここにはお兄さんとおばあさまと暮らしていたこと。おばあさまが倒れたこととお金が必要なこと、ですね」

「そうですね……表向きはそうなんですけど、実は父は昨年亡くなっていまして。その、海外で事件に巻き込まれて行方不明になって、その後遺体で発見されました。おばーちゃんは知っていますが、ようちゃんには話してません」


 衝撃的な事実に、小湊は言葉を失った。


「……それは、葉子さんが不安定になってしまうからですか?」

「えぇ。ようちゃんと初めて会った時、僕は中学生でした。ようちゃんはまだ小学生で、しゃべり方も普通でした。中学に通うようになって、おかあさんが病気になり、ようちゃんのしゃべり方が変わってきました。言葉が出にくくなる時があるようで、そのことをいじられて泣いているときもありました」

「そんなときはお兄さんが助けてくれたと、自慢げに話していましたよ。カッコイイんだって」

「かっこよくはないです。受験に失敗して引きこもってるダメ人間ですから」


 彼はまた下を見てしまう。少々自虐的になりすぎている。小湊はそう思った。ダメ人間なら、血のつながっていない妹のために動かないだろう。引きこもってはいたが、最後の最後には動けたのだ。


「ダメ人間とはこんな時に動けない人間を指します。葉介さんはダメ人間ではないですよ。話がズレてしまいましたが、おばあさまの容体は如何なのですか?」

「おばあちゃんは、心臓の持病があって、今回は心筋梗塞で、良くはないみたいで、病院では年齢が年齢なので厳しいと言われました。助かっても退院はできないだろうって」

「……それでお金が必要なのですね」


 ようやく話がつながった。だがつながっただけで何ら解決していない。お金についてどうにでもなる。問題は、ふたりの生活である。

 祖母が亡くなってしまった場合、柏の精神はより不安定になるだろう。その上で収入の問題もある。

 引きこもりと高校生。親類がいれば頼りにできるだろうが、バツイチ同士の結婚だったので、それも望みは薄そうだ。


「今まではどうやって生活を?」

「父さんの保険金とおばあちゃんの年金でやりくりしてました。畑があるので野菜を育ててたりして、なんとか」


 「これからは」と口を開いた小湊だがその続きは言えなかった。どうするのかと聞いても答えられるはずがない。お金もそうだが足りないのは生活力だ。

 小湊も人のことは言えないが、家事一般は苦手そうに見える。寺での生活を見るに柏もそうだろう。


「今日は葉子さんと一緒に寺に来ますか? 泊る部屋くらいはあります」


 この家にふたりがいても、スーパーなどで総菜を買うくらいしかできないだろうし、日々の洗濯など柏の生活に影響が大きそうだった。なにより、小湊もずっとここにはいられないのだ。


「ご厚意はありがたいのですが……」

「見ず知らずの女についていくのは危ういと思うのは当然ですが、葉子さんの学生生活もあるということも思い出していただきたいのです」

「う……」

「それに、お金の話もあるので、できればふたりで当ギルド長と話をしていただければと」


 小湊のごり押しに葉介も首を縦に振るしかなかった。





 京香さんと知らないジャージの若い男が寺に着いたのは昼前くらいだった。彼が柏ちゃんの兄らしい。葉介という名で、柏ちゃんが葉子なら兄は葉介かと思ったけど、血のつながりはないので偶然だとか。確かに似てない。21歳と俺の一個上だ。

 母屋に入ってもらって、話し合いだ。


「すみません、風呂で体を綺麗にしてきます」

「あとはわたしに任せてゆっくりしてきなさーい」


 ざっと説明をした京香さんは疲れた顔をしていたけど風呂に入ってまた話し合いに参加するという。休んでいいと言ったけど、自分の姿がないと柏が寂しがると突っぱねられてしまった。

 昨晩のうちに京香さんからのメールでおおよそは知っていたけど、父親がすでに死去していると聞かされ、驚きで声も出なかった。おばあさんが亡くなった場合兄妹だけになってしまうし、容体があまり良くないと聞けば、そんな考えになってしまう。


「情けないですが、先のことが考えられないです」


 項垂れる葉介さん。引きこもりとは聞いていたけど、しっかりと受け答えもできるし、話し方も丁寧だ。受験に失敗したと聞いたけど、それが東大と聞けば納得もできた。


「ま、当寺も似たようなものだから」


 こんどはうちの寺の話をする。突然ダンジョンができて、ハンターになって、知識はないけどギルド長になって、色々あって柏ちゃんがうちに来るようになって、という感じで。


「そうだったんですね。最近のようちゃんは楽しそうで、いいことがあったんだなって僕も嬉しかったんです」


 はにかむ彼を見て確信した。柏ちゃんが可愛くて仕方がないんだろう。

 彼は一人っ子で、突然できた妹に懐かれて、尊敬されて。

 引きこもりになってしまった彼を見た柏ちゃんのショックが手に取るようにわかる。


「引きこもってる僕を見ても、今のスケ兄は()()()()なんダゼって言ってくれるんですよ。()()なんですけど、ようちゃんらしいなって」


 泣きそうな顔をする彼を見て俺も泣きそうになる。

 何とかしないと。こんなのは()()()。ダメに決まってる。

 彼の身の上や今までの生活を聞いてるうちに京香さんが風呂から出てきた。


「とりあえずお昼ご飯にしましょう」


 仕切り直しだ。

 昼食後、智と柏ちゃんに「一緒に帰ってくるように」とメールを送り、葉介さんにちょっと男同士で話をしませんかと誘う。俺にも考えがあるのだよ。


「男同士で話をしてきます」


 瀬奈さんと京香さんにこそッと耳打ちして母屋を出て本堂前の階段に腰掛ける。


「柏ちゃんは、人とは少し違うところもあるけど、表裏がない良い子ですね」

「そうなんです。しゃべり方で誤解されるんですけど、ようちゃんは嘘をつかないし、ニパって笑うと可愛いんです」


 自分のことのようにうれしそうな葉介さん。


「確かに、小さな時からようちゃんは独特な子で友達も少なくてトラブルも多かったことは事実なんです。小学生の時にイジメにあって、僕が話し相手になってたりもしました」

「人と違ってるからイジメていいわけじゃないんですよね」

「本当にそうです。いじめは傷害であると広まらないと、なくならないですよ」


 葉介さんが憤慨する。割と正義感強めだ。


「東大を受けてたって聞きましたけど学部はどこを?」

「法学部です。ようちゃんがいじめられた時に、ようちゃんを守るには弁護士しかないって思って」

「すごいですね。俺は大学には入ってたけど、ダンジョンのせいで辞めてしまいました」

「う……辛いですね」

「そのおかげで出会いもあったんで、トータルではプラスかなーって」

「前向きな思考、羨ましいです」


 おっと、葉介さんが苦しそうな顔になってしまった。話題を変えよう。


「柏ちゃんなんですけど、結構強くってですね、卒業後はうちと契約してもらう予定なんですよ」

「そうなんですか! よかったなぁ……」


 葉介さんは心底ほっとした顔に変わる。

 自分に負い目を感じているからか、柏ちゃんがうまく行っていると嬉しそうだ。


「はは、そうすると、僕は用済みかな」


 彼は寂しそうな笑みを浮かべる。

 柏ちゃんが自分の足で立てるようになったら嬉しい反面、自分の役目は終えたと思ったんだろう。

 そうは問屋が卸さん。柏ちゃんの幸せにはあんたが必要なんだ。


「ただですね、柏ちゃんは強くなりすぎてしまったんですよ。まぁいつも一緒にいる友達もなんですけど。卒業してひとりのハンターとなったとき、悪意に狙われる可能性が高いんです。もちろんうちだって手はつくしますけど。そこにですね、法律に詳しい葉介さんがいてくれると、柏ちゃんが安心すると思うんです」

「強くなりすぎた?」

「えぇ、ちょっと強い魔物に遭遇しちゃいまして、それを乗り越えた時にぐっと強くなったんです」


 間違いではない。魔法書を使うしかなかったとか()()()()()ことはあるけど。


「そ、そんな……」


 ちょっと動揺して落ち着きがなくなる葉介さん。柏ちゃんの危機とわかると動揺しまくるのが、そこは血が繋がってなくとも兄妹なんだなって。いいなぁ、俺ひとりっ子だからさ。 

 智を妹っぽく見てたらいつの間にか奥さんだし。いいなあ妹。


「でででも大学にも受からなかった僕なんて」

「東大じゃなかったら受かってたんじゃないです?」

「そ、そうかもしれないけど、私立は金がかかるから……」


 あーそっか。金か。


「それはそれとしてですね、うち(ギルド)に就職しませんかってお誘いです。ギルド員としての給料はお支払いしますし、うちにくれば柏ちゃんと一緒だし、近くで見ていられますし、守ることができますよ」


 ちょっと煽ってみる。

 東大受けるくらいなら俺の10倍くらい頭がよさそうだし、柏ちゃんのお兄さんで悪いこともしなさそうだし、ギルド員としてはいいと思うんだ。


「で、でも、僕は普通の人で、いや、普通以下か。それにダンジョンの知識もないし」

「俺もダンジョンができちゃったからハンターになって、なんでかギルド長とかしてるけど知識とか全くないんで瀬奈さんと京香さんに頼りきりです」

「で、でも」

「柏ちゃんがどこかの男にとられちゃいますよ」


 ぼそっとつぶやけば葉介さんが渋い顔になる。柏ちゃんと不安とを天秤にかけてる感じ。

 金を稼がないといけないのはわかってるけど、まったく知らない世界に飛び込む不安は大きい。俺もだけどさ。

 柏ちゃんの幸せを望むけど、そこに知らぬ男が入ってくると考えたら不快しかない。

 人間ってのは大変だ。


「確か、司法試験って大学に行かなくっても受けられるんですよね。うちで働きながら資格勉強することもできると思いますよ」


 もうちょっとで落ちそうだからさらに煽る。なお、この知識は京香さんから仕込まれたものだ。俺が知るはずないっしょ。

 まぁ、司法試験に合格してもギルドにはいてもらって、法務関係を押さえて欲しい。そのためには柏ちゃんも引き留めないと。


「柏ちゃんと相談してみてください」


 よし、ここらでいいべ。

 本堂の中から物音がするけど、瀬奈さんと京香さんだろうか。話す手間が省けたかも。

 夕刻すぎに智と柏ちゃんが帰宅。四街道ちゃんもついてきた。ズッ友だもん心配だよね。柏ちゃんと葉介さんには話し合ってもらうとして、俺は夕飯の支度で忙しい。

 台所に智と四街道ちゃんが来た。学校での様子を聞こう。


「学校で柏ちゃんはどうだった?」

「表面上はいつもと変わらない感じだけど、窓の外を見ることが多かったね」

「ちょっと無理に明るくしてるなーって時はあったかなー」


 ふたりの話からもやはりショックは大きさが分かる。葉介さんと言う存在は不可欠だな。

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