16.勝浦海底ダンジョン実習④
「邪魔ぁぁぁッ!」
四街道は踊るような二刀流でサハギンをなで斬りにして橋頭保を築く。【強打】スキルを乗せた一刀ごとにサハギンを斬り捨て、魔石に変えていった。
「なんかインゾ。イヤッハー!」
何かを見つけた柏が海にクロスボウを向けファイヤーボールを放つ。ファイヤーボールは海面を走り、波間に浮かんでいた大きな角に命中し爆散した。
「指揮個体みてーのウチトッタリー!」
柏がクロスボウを天に突き上げる。サハギンの動きがさらに鈍くなった。指揮個体を倒した影響でサハギンの能力が落ちたのだ。
「いける!」
「うおりゃぁぁ!!」
「こなくそー!」
「うわぁぁぁ!!」
緩慢になったサハギンを見たポニーの4人が前進を再開。突破を試みる。
「ここを超えたら勝ちだ!」
「気合入れろ私ぃぃ!」
4人が固まって突進する。徐々にサハギンを海に押し返してかろうじて通路の確保に成功する。
「はしれぇぇ!」
「う、うわぁぁあ!!」
残りの生徒らは迫るサハギンに剣で応戦しながら通路を走る。
「生きたかったら走れ!」
単独でサハギンを斬り捨てている四街道が叫ぶ。生徒の先頭がダンジョン入り口に到達。だがサハギンはまだ60体以上いる。
「さて、逃げるよ!」
最後尾の佐倉はサハギンの群れに【カース】をかけてから走り出す。
「邪魔ッ!」
立ちはだかりそうなサハギンは蹴り飛ばした。サハギンは錐もみしながら海に吹っ飛んでいく。
「嬢ちゃん、早くこっちにこい!」
「あとは大人に任せろ!」
「出るぞ!」
「おうさ!」
ハンターの数も増え、20人ほどになり、サハギンへの攻撃を開始した。熟練のハンターの攻撃でサハギンは分断され、各個撃破されて魔石に変わっていく。
階段を駆け上がり地上へ出たポニーの4人はジャージもびりびりで至るところに傷を作り血だらけだ。剣を支えに肩で息をしているがやり切った顔をしている。
「品川、パンツ見えてんぞ」
「渋谷、そーゆーあんたはブラが丸見えじゃん」
「ハッ、ブラくらい見せてやんよ!」
「わたしら生きてるぞー!!」
「あははははは!」
「いぇーい!」
「うぇぇぇぃ!」
ポニーの4人は剣を投げ捨て抱き合って笑った。
「怪我人がいる! だれかポーションを!」
「持ってきたぞ!」
佐倉が叫ぶとおっさんが持ってくる。よく見れば足利ギルド長だ。受け取った佐倉がそのまま寄居に差しだす。
「寄居、飲んで」
「えぐ、うぐ」
泣きながら飲み干せば足首の骨折が治っていく。もう大丈夫だろう。
「寄居、立てる?」
「むむむりぃ。こしぃ、ぬけてるぅぅ」
佐倉が問えば寄居が激しく首を横に振る。腰が抜けてるらしい。
「はぁ。ま、生きて帰れてよかったわ」
「ごわ、ごわがだあぁぁぁうわぁぁぁぁぁん!」
佐倉が笑顔を見せると寄居が抱き着き号泣する。熊谷と浦和が近くに来ていたが声もかけられずにただ黙って立っている。
「生きてるから泣ける。よかったよかった」
「ふえぇぇぇん!」
佐倉は苦笑いで寄居の後頭部をなでなで。
自分がこうする立場になるとは思ってもみなかった。守もこんな気持ちだったのかな。
大事な人に近づけた気がして、ちょっと誇らしかった。
「君はもしや、『智ちゃん』かな?」
佐倉は足利ギルド長に尋ねられた。
「あ、はいそうです」
「なるほど。スカウト禁止というはずだな。小湊君も酷な条件を付けてくれたもんだ」
足利ギルド長が苦笑している。どうやら小湊から何か言われているらしい。佐倉は聞いていないが、自分を含めた何人かのスカウト禁止を出したのだろう。
「……京香おねーちゃんは優秀ですから」
「優秀過ぎるのも困ったもんだね、ははは」
足利は笑いながら離れていった。
20分ほどでサハギンは壊滅。救助のハンターにもけが人は出たがポーションで治療できた。死者ゼロである。
「ごべんね、ぐず、佐倉って強いんだね」
落ち着いて立てるようになったぐずぐずの寄居は涙と鼻水で顔がどろどろだ。佐倉は持っていたタオルで寄居の顔を拭く。
「ほらもう泣かないの。せっかくの美人が台無しじゃん。あたしは強くないよ。旦那の足元にも及ばないもん。守だったら、あの半魚人どもは岩場に到達する前に全滅させてるし。そもそも怖いとか思う前に終ってるんじゃないかな」
「ひっく、あんたの彼氏どんだけよ」
「彼氏じゃなくて夫な」
佐倉はべしっとデコピンを放つのであった。
その後はもう宿舎に戻り、自由時間となった。精神的な疲労や恐怖もあって授業どころではないのだ。もちろんそれは先生もだ。
生徒たちは布団でぐったりしていたが、佐倉ら3人はのん気に浜辺で遊んでいたようだった。
その晩、勝浦ギルドでは、足利の元に数名のギルド員が集められていた。
「富岡君、あの子らは視えたかい?」
足利が隣にいる若い女性に声をかけた。普段は受付にいてハンターを視る役割の子だ。
「はい。まず殿で少女を抱えて走っていた佐倉智美がレベル16。二刀流の四街道美奈子がレベル10。クロスボウを持っていた柏葉子もレベル9でした」
「学生の時点で16? ありえない」
「柏という子は魔法を使っていただろ」
「四街道の動きはレベル10とは思えん。うちの若手よりも強いんじゃないか?」
「サハギンの動きがおかしかった。魔法でもかけたかのように動きが遅かったぞ」
部下からの意見を聞いた足利はうんうんと頷く。
「なるほど、違和感が多いですね。獄楽寺ギルドに問い合わせたらあっさり教えてくれましたよ。サハギンにかけたのは【カース】という魔法だそうで、柏が使ったのは【ファイヤーボール】とのことでした。あの3人は両方とも使えると言われましたよ」
足利が苦笑した。教えたということは、そんなことは問題にならないということだ。さらに奥の手でもあるのだろう。
「【カース】! 死霊系の魔物が使ってくる魔法と聞いたことがありますが」
「少し前に魔法書が市場に出回りましたね。かなりの高額で取引されたようですがまさか!」
ギルド員は動揺を隠せない。
「先頭でサハギンを防ぎ切った4人はレベル6でした」
富岡が追加で報告するとみな唸ってしまった。先の3人に比べれば可愛いものだが、学生の時点でレベル6もあり得ないのだ。しかもレベル6でランク8の魔物の大群と競り合う連携もあった。こちらも将来有望だ。
「で、その7人全員が獄楽寺ギルド関係者と。確かに、他には渡せないですなぁ」
「ギルド長、スカウトはできないのですか?」
「スカウトするなら勝浦ダンジョンを踏破して消滅させる、と言われちゃいましてね」
「は? 踏破?」
「できる戦力がいるらしいのですよ。いやはや困ったものです。ま、しばらくは静観しましょう。彼女らの卒業まではまだ時間はあります」
勝浦の夜は静かに更けていった。




