16.勝浦海底ダンジョン実習③
朝食を終えたらダンジョン実習だ。勝浦海底ダンジョンは勝浦海底公園にあり、宿舎から徒歩5分程度でつく。宿舎前に集合した生徒たちは引率の先生の後をついてギルドに向かう。
「緊張してきたぜ」
「船橋ダンジョンしか知らねーしな」
久しぶりのダンジョンとあって生徒はみな興奮気味だ。
ギルドにつくと、そこは公園案内所のようなコンクリート製の階建てだった。恰幅のいい中年男性が待っていて、彼の前に並ぶ。
「ようこそ市船ハンターコースの皆さん。勝浦ギルドでギルド長をしている足利です。よろしく」
挨拶から始まり、ダンジョンの特徴へと移る。
「勝浦海底ダンジョンは足場の悪い岩場のダンジョンで、魔物が空中を泳ぎます。ダンジョンランクも3と船橋ダンジョンよりも難易度が高いですが、その反面ドロップ品も出やすいダンジョンでもあります。卒業後に来ていただければ歓迎しますぞ」
しれっと勧誘もされた。
勝浦海底ダンジョンではサハギン、クラゲ、魚系貝系の魔物、巨大な水竜まで出る。今回の実習は1階の岩場で足場が悪い状態での戦闘訓練だ。草原の船橋では実施しにくく、生徒にとっては有益になるはずだ。
生徒らはダンジョンゲートを通り、階段を下りていく。
「おおお、海があるぜ!」
「波が荒いな」
「岩ばっかじゃん」
目の前に広がるのは、岩礁だ。降りて左半分は岩場を含む陸地で右半分は海だ。海は透明度が高く、水中の岩もよく見える。
「ほんとに空に魚がいる」
佐倉は空を見ていたが、青い空の遠くに10匹ほどの魚群を見つけた。空中を結構な速度で泳いでいる。あれは魚の魔物で、ドロップ品は白身である。
「柏、狙うなー。移動するぞー」
ダンジョンに入ってすぐでは邪魔になるので1キロほど移動する。ごつごつした岩場で波しぶきが飛び交う。
「平らな場所なくない?」
誰かがぼやいた。必ず体が傾斜した状態になってしまう。しかも波しぶきが目に入ると視界すらも悪くなる。かなり厳しい状況だ。
「おー、ちょうど空クラゲが来たぞ」
海のほうから白いクラゲがふわふわ流れてくる。なお空中で、風に流されているようだ。多くはないがぽつぽつ流れてくる。空クラゲはランク1の魔物で、ほぼ害はないが毒をもっているので直接触れることは危険だ。
「魔物から目を離さずに足場を確認しろー」
「んな器用なことできねー」
「うわぁぁ」
「イッテ転んだ」
足場が不安定なので転ぶ生徒が続出する。潮だまりに落ちる生徒もいた。船橋ダンジョンで魔物に慣れている生徒も不安定な足場に悪戦苦闘している。
「ハッ!」
四街道だけは岩場でもバランスを崩すこともなく平然と剣を振るい空クラゲを両断していた。岩場を飛び移り、その最中でも空クラゲをなで斬りにしていく。
「四街道すげーな」
「おっぱいの揺れもな」
「そこじゃねーだろ」
ただし、柏は動かずにクロスボウで定点狩りをしていたので「柏は動け」と怒られていた。
そろそろ昼になるので宿舎に戻るというころ、沖に白い波が立ち始める。白波は徐々に増え、陸地に迫っていた。
「なんだあれ」
波を見ていた男子生徒が声を上げた。白波の合間から魚の顔が見え始める。
「魔物じゃね?」
「魚にしちゃでけーな」
波の間から見える魚の顔はどんどん増えていく。
「美奈、葉子」
本能的に危険を察知した佐倉は四街道と柏を呼ぶ。と同時に魚の顔が波の上に出た。
魚の顔をした人型モンスターのサハギンだ。それが約100体、波に紛れるように迫ってきていた。
サハギンはランク8の魔物で、勝浦ダンジョンでは3階以降にでるはずの魔物だった。
「魔物だ! みんな走れ! 走って逃げろ!」
担任が叫ぶ。100体のサハギンとハンター未満のひな鳥27名では話にならない。
「は?」
「まじ!?」
担任の言葉を咀嚼できない生徒が動かない。だが担任が走り始めたので慌てて追いかける生徒たち。初動が遅れている。
「【幸歌】」
佐倉はこっそりスキルを発動させる。少しでもラッキーが増えればと。足場が悪い上に個々の運動能力の差もあり、遅れる生徒がいる。戦闘スキルではない女子だ。
「置いてかないでーー!」
あざ笑うようにサハギンたちが陸地に近づいていく。もうすぐ岩場に到達しそうだった。
「やべぇ!」
「はしれぇ!」
ここにきて事態のやばさに気が付いた生徒が声を上げる。
遅れる者を気にできるほど余裕がある生徒はいない。担任ですら走って生徒を鼓舞するのに精いっぱいだった。
佐倉ら3人は比較的後方を走っていた。
「美奈、葉子。万が一の時は力を隠すなって言われてるから。ぎりぎりまで隠すけどちゃんと帰るのが最優先」
「おっけー」
「ヤッテヤンヨ」
「絶対に帰るぞ!」
「「おー!」」
佐倉は3人でカースをかければ何とかなりそうだと判断して速度を落とし最後尾につく。殿につくつもりだ。
撤退戦で一番被害が出るのが殿である。うぬぼれではなく、犠牲をなくすためにはクラスで一番レベルが高く基礎能力がある佐倉がつくのが最適と判断した。
「がんばれ! 生きて帰るよ!」
「はぁはぁはぁ」
足の遅い子を励ましつつ、佐倉は海を睨んだ。サハギンの先頭が岩場に到達している。生徒の中ではレベルが高いポニーの4人が先頭を走っており、すぐに接敵した。
「品川いくぞ!」
「おらぁぁぁ!」
足立と品川が岩場に上がったばかりのサハギンに斬りかかる。
「挟まれんな!」
「このぉぉ!」
渋谷と大田も加わり、4人が固まって岩場に上がってくるサハギンを駆逐していく。一撃では無理だが連携して1体ずつ倒していった。
遠くに見えるダンジョン入り口では異変に気が付いたハンターらが集まり始めていたが、まだ数人しかおらず入り口を固めることしかできない。下手に打って出ると呼び水になりかねないのだ。
「速く走ってこい!」
ハンターが叫ぶが続々と増えていくサハギンが邪魔で思うように進めない。ポニーの4人はサハギンの爪で傷つきながらもじりじり前進していく。
「剣を振れ! 近づけるな!」
「く、くるなぁ」
「ひぇぇ!」
担任も剣でサハギンを攻撃しているが生徒を守りながらなので倒すまではいかない。ポニー以外の生徒は岩場で剣を振りまくってサハギンを威嚇することしかできないでいた。
「きゃぁ!」
集団の後方を走っていた寄居が足を滑らせて岩から転落。一緒に逃げていた熊谷と浦和は必死で駆けていて気が付いていない。
「あたしが拾うから先に行って!」
気が付いた佐倉が駆けつけるも寄居はうずくまっている。足首がおかしな方に曲がっており、明らかに骨折していた。
ザンと佐倉が寄居の前に降り立つ。佐倉の顔を見た寄居は気まずさから絶望の顔をしていた。
「た、たすけて。死にだぐだいぃ」
寄居の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。迂闊だったことにポーションは持ってきていない。
昨晩の件もあり放っといてやろうかと魔が差したが、守なら救っちゃうんだろうなと彼の顔を思い出した。ここで見捨てて帰ったら守は悲しい顔をするだろうなと。
「寄居、生きて帰るよ!」
佐倉は気持ちを殺してニッと笑う。寄居の脇に屈み、彼女を抱き上げた。
「しっかりつかまって。足が痛いけど我慢!」
「ぶぇぇ」
佐倉は屈んだ姿勢から飛び上がり、岩場の上に立つ。集団からはだいぶ遅れてしまっている。サハギンの何体かは寄居の転落に気が付いており、すぐそこまで迫っていた。
「全力でいくよ!」
隠すことをやめたフルパワーの佐倉は岩場を飛ぶように走り、すぐに集団に追いつく。が、ダンジョンの入り口まで残り100メートルまで来て20体ほどのサハギンに行く手を阻まれてしまった。ポニーの4人が善戦するも前に進めず、停止してしまう。
「あと少しなのに!」
「くそぉぉぉ!」
「死にたくない!!」
傷だらけのポニーたちから泣き言が出てくる。出口は見えている。あと少しが遠い。
「美奈、突破!」
膠着した状況に佐倉の檄が飛ぶ。四街道は佐倉の剣を奪うとニヤッと笑った。
「任された! 【カース】!」
後方にいた四街道が全力で岩場を駆け、サハギンの群れにカースをかけていく。サハギンの動きが鈍くなるのがわかる。
「こんなところで死んだら師匠に稽古つけてもらえないじゃない!」
四街道は跳躍し、サハギンの群れに突撃した。




