11.成仏の日②
区切りの都合でちょっと長めです
長篠さんが武者姿なので表に出られず、ダンジョン内にテーブルを出してお茶にすることにした。もう知らん。
「はー、便利なスキルだなぁ。これがありゃー、関ヶ原の攻略も楽だったのになぁ」
武者姿でお茶をすする長篠さん。なかなかシュールだ。
警戒のため父さんと四街道ちゃんと柏ちゃんは母屋に戻ってもらった。智ちゃんも戻ってほしかったけど強く拒否された。ここにいられないなら別れるとか言われちゃったテヘ。可愛いが過ぎるぜ。
この場には俺、奥様ズ、大多喜さん、殺し屋だ。
「まずは、謝罪をさせてくれ。先日は失礼な物言いをしてしまった、申し訳ない」
殺し屋が地面に座って土下座した。地面に額をこすらんばかりの姿勢で微動だにしないので仕方なく謝罪を受け入れた。
「オジキは何をしでかしたんだ?」
「お前の見分で呼ばれたときにな、有名なお前の名を騙って詐欺でも働くのかと思ってイラついててな」
「あー、すまんな。オジキは俺と一緒で単細胞でカッとしやすくてな。すまん許してやってほしい」
長篠さんも頭を下げたけど兜の角が怖いのでやめてほしい。
「長篠、その鎧は脱げないのかい?」
「あぁ、外れねえんだ」
大多喜さんの問いに長篠さんが兜の緒をつまんで引っ張るがミリも動かず、顎に接着されているみたいだった。
「まぁ、俺の頭にな、俺が武者幽鬼ってのが浮かぶんだ」
「やはり零士は魔物なのか?」
市川さんの顔に不安の色がさす。死んだのは間違いないとしても受け入れがたいのだろう。
「羅刹に触れなかったから魔物だろうな。オジキの打った羅刹は魔物には持てないもんなんだ」
ほー、そんな機能付きなのか。あの殺し屋は優秀な鍛冶屋だったりするのか?
知らんけど。
「ダンジョンが出現して10年の間、言葉を、それも日本語を操る魔物は確認されていません」
「まぁそうだろーな。俺も知らねえし。じゃあ俺はなんなんだろうなぁ」
長篠さんは頭をかこうとして兜をがりがりかいてる。これだけ見てると人間にしか見えない。ただし、肌の色は白いし体温はない。人間ではないのは確かで、理性ある魔物、なのかなぁ。
「俺が何なのか。そうだな」
長篠さんは立ち上がって墓地にむいた。ゴブリン骨がうろうろしてる。
「そらっ!」
長篠さんが腕を振るうと、闘刃が飛び出した。ビューンと飛んでゴブリン骨を両断した。闘刃っぽい。剣がなくても出せるんだ。
「大蛇丸」
長篠さんがそうつぶやくと、巨大な刀が出現した。大太刀くらい長い。
「よっと」
長篠さんが軽い感じで跳躍した。ばひゅーんて感じで10メートル先くらいに着地して、遠くにいるゴブリン骨を真っ二つにした。
で、加速装置みたいな挙動で帰ってきた。なんだこのバケモノ。
「ほう、体が軽く感じるな」
「まてまて零士。その大太刀はなんだ? 俺はそんな刀を打った覚えはないぞ?」
「オジキ、これは大蛇丸っつって、まーこの身体のスキルみたいなもんだな」
長篠さんが力こぶを作ってバシバシ叩いてる。そのあとも、キーホルダーみたいに小さくなってみたり(お土産屋で売ってそう)、ダンジョンから出てみたり(出られた)、おはぎをおいしく食べたり(食べたものはどこへ?)、昼寝したり(秒で寝た)した。
「がっはっは、なかなかいいなこの体」
すげーポジティブな人(魔物)?だ。
「なぁ零士。これからどうするんだ? 行くあてもないだろうし、俺のところに来るか?」
「心配してくれてるとこすまねーけど、オジキんとこは行けねーよ」
「なんでだ? 俺はお前が魔物だとしても気にしないぞ!」
「俺は一度死んだ身で、しかも人間じゃねえ。おてんとうさまの下で暮らすのは気が引けるんだよ。俺の顔を知ってるやつもいるだろうし、見つかれば騒ぎになる。そうすれば迷惑がかかるだろ?」
「そうかもしれんが」
「俺の他にも死んだやつがいる中で、俺だけがのうのうと暮らすことはできねえ。申し訳が立たねえ」
長篠さんは口を真一文字にし、頑として主張を譲らない。
「零士の気持ちはわかるが、じゃあどうするんだ」
「それを考えてるんだが、思いつかねえな」
長篠さんは口を曲げて頬杖をついた。本当に困っているのだろう。
死んだはずがなぜかここにいた。自分の意思ではなく、理由もわからずにだ。外に出れば騒がれ、色々な人に迷惑をかけそうだから出られない。かといってやるべきこともない。彼も被害者だし。
結構ひどい状況だ。
捨ておけないよなー。瀬奈さんがちらちらこっちを見てくるし。
「あのー、困惑されてるようなので、落ち着くまでうちで働きますか?」
気がついたら口が動いてた。長篠さんと殺し屋の顔がこっちを向く。
「「働く?」」
「えぇ。このダンジョンは獄楽寺の墓地にできた小さなダンジョンで、管理はうちがしているんですけど、すごく頻繁にスタンピードが起きるんで油断ならないんです」
「まてよ、ここは1階か。ダンジョンの環境は墓場。まさか、墓地ダンジョンなのか!?」
「その墓地ダンジョンなんですよ。長篠さんがここに来たのも、墓地ダンジョンだからかもしれないですね」
「なんだと! 墓地ダンジョンが日本にもできたのかーって、そうだ、いまはいつだ!?」
「2025年の8月のお盆です。長篠さんが亡くなってから5年くらい経ってますね。それはまず横に置いといてですね。正直なところ長篠さんは表に出ないほうがいいとは思うんですよ。騒ぎになるのは間違いないでしょうし。特に、ダンジョンで死んだ人間が戻ってくる、なんて誤解されたらここに人が押し寄せてきちゃいます」
「……なるだろうな。俺と一緒に死んだやつもいるし、他のダンジョンを考えれば、恐山のイタコじゃねーが、縋るやつもいるだろう……」
「ここは小さな寺でそう頻繁に人が来る場所でもないですし、身を隠しておくなら、なかなかいいところだと思いますよ」
ダンジョン外に出られたんなら母屋にも行けるでしょ。
「……で、働くってのは、魔物を倒して魔石を手に入れるってことか?」
「それには違いないですけど、どっちかと言うとスタンピードで魔物があふれると大変なことになるのでその対処としての魔物掃除ですかね。見ての通りダンジョンは大きくはないんですけど、突然スタンピードが発生するので非常に厄介なんです。半面、俺のスキルでドロップ品がほぼ必ず手に入る珍しいダンジョンでもあってですね、魔石よりもそっちで稼いでる状況なんです」
収納からファイヤーボールの魔法書とポーションを10個ずつ取り出して長篠さんに見せる。
「おいおいおい、魔法書とポーションがこんなにあるだと?」
「これの倍以上ありますけど」
テーブルの上にわんさか出してやる。
「おいおいおいおい、なんなんだよこいつは!」
うん、驚くよね。驚かせたもの。
「まぁこんな感じで、スタンピード対策で魔物と戦える人を募集してまし……ん?」
墓地の奥のほうがモヤって来た。いやな気配も強くなっていく。
「おうおうおう、スタンピードの兆候じゃねーか!」
長篠さんがスッと立ち上がる。
やっぱりそうか。タイミングが悪い。どっかでスタンピードがあったんだろうな。
さっさとやるか。
「智ちゃんは俺と! 瀬奈さんと京香さんは大多喜さんの護衛!」
「まっかせて!」
「りょーかーい。ママはこっちにきてー」
「はいはいっと」
「……守君。あれはスケルトンナイトの群れ」
「うわ、一番おいしくないやつだ」
鏡花さんからは魔物の情報がくる。なまくらしか出さないんだよなこいつら。さっさと終わらせよう。
モヤが人型に収束し、実体化していく。30体くらいかな。
「智ちゃん、先手必勝って知ってる?」
「知ってる。さっさと殲滅、でしょ?」
「微妙に違う!」
「ドロップ品オイテケー!」
「危ないから走らないで!」
智ちゃんがダッシュで近寄って【大いなる祈り】で瞬殺してしまった。実体化最中の骨もろとも消滅して成仏だ。まったく、可愛い魔王だぜ。
すっかりモヤも晴れていつもの墓地に戻った。
「んー、すっきり!」
智ちゃんがニッコリ笑顔で帰ってくる。よほど暇だったのかな。しゃーない、魔石回収は後でやろう。
振り返れば、長篠さんが大太刀を肩に担いでスタンバイしてた。
「なあ、そこの嬢ちゃんがいれば問題ないんじゃねーのか?」
「あー、長篠さんの疑問はわかりますが、智ちゃんはまだ高校生なので普段は授業でいないんですよ。俺も日々の家事と隣接してる幼稚園の手伝いとか、なんだかんだで待機しているわけでもなくでですね」
「そこにいるねーちゃん達は?」
「ふたりともギルド職員で船橋ギルドに出かけたりするのと、そもそも非戦闘員なんで」
「なるほどなあ。そりゃ手も足りねーな。その上にあーも簡単に魔物の群れがあらわれちゃーなー」
長篠さんかかりかり兜をかく。考える時の癖なのかも。
「長篠さん、給料もですけど、居場所に加えて3食昼寝もつきますよ?」
「ぶはっ! 昼寝付きで釣るのかよガハハハハ! 面白い、よし、手伝ってやる」
長篠さんは大声で笑う。
「零士がそれでいいなら、俺は何も言わない」
「悪いなオジキ」
「いや、お前とまた話ができたんだし、これからも話くらいはできるんだろう?」
殺し屋が大多喜さんを見ながら言う。大多喜さんは喪服からアイスキャンディを取り出した。暑いからねえ、なんて言いながらかじる。何次元の喪服なんだ?
「ギルドとしちゃー魔物を放っておくわけにはいかないんだけど、もぐもぐ、理性があって暴れない上に相手が長篠ときた。口外もできないんじゃ下手に動けない。動いたらそこからバレるからねえ。まあ、そこのモテモテおにーさんに任せるさ」
賽は俺にぶん投げられた。
「じゃあそーゆーことで」
有能な魔物?ゲットだぜ!




