10.夏の登校日②
佐倉たちがいなくなって閑散とした教室に、金髪、ロン毛、モヒカンの3馬鹿が残っていた。
美浦は机に突っ伏してわめいている。
「佐倉に彼氏って! 嘘だろぉぉお! 男っ気なんてなかったじゃねえかぁぁぁ!」
さめざめと愚痴を叫ぶ美浦。鹿島と神栖は腕を組んで唸っている。
「まさか、あいつじゃね? 船橋にいた」
神栖が思い付きを発すると美浦はがばっと顔を上げる。
「あいつか!? 思い出したくもねえ! 高い金払って手に入れた魔法をほうきで叩きやがって!」
美浦は思い出したくもない屈辱で全身を震わせた。ダンジョンで素っ裸にされて放置されたのだ。幸いにも魔物に襲われなかったから生きているが。
「佐倉が騙されてるとか、なくね?」
「騙されてる? ありえるな」
「美浦がそいつより強いってことを見せつけてやれば、あいつの目も覚めるんじゃね?」
「それだ!」
「そもそもあいつが誰なんだよって感じだよな」
「それな」
「利根先輩に頼んで調べてもらうか」
「あー、利根先輩なら船橋ギルドに顔も聞くし!」
「いーんじゃね?」
これで勝つる、と安どの笑みを浮かべた3馬鹿は教室を後にした。
佐倉がファミレスに行くとそこには勝浦と大多喜がいた。袖なしの水色ワンピースにふんわりした髪型のふわふわお姉さまとおばさんの組み合わせだ。共通点は左手の薬指に指輪があることくらいだろうか。
何やら打ち合わせをしているが佐倉に気が付く。
「あら、みんな揃ってお疲れ様ー」
「「「お疲れさまです!」」」
「おやおや、元気な雛たちだね。アタシは忙しいからもう行くよ。日取りが決まったら連絡をおくれ」
「わかったわ大多喜ママ」
大多喜がレジで決済して出て行き勝浦は佐倉たちと一緒の席に移る。
「か……瀬奈さん、お疲れ様です」
「ふふ、まだ言いなれないわよねー。わたしも『こみなっちゃん』っ言っちゃうしー」
「そりゃそうですよ! 少し前まであこがれの先輩だったんですよ? いまでもですけどー」
「ふふ、嬉しいわー」
勝浦は頬に手を当て首をかしげる。
そんな勝浦と佐倉が仲良く会話するさまを、残りの6人は興味深く見ていた。
「リアルハーレムはケンカしない」
「余裕すらうかがえるし」
「SNSだとかなり険悪なハーレムもあるらしいじゃん」
「わたしすげーもん見てるわ」
「恐るべし」と小声でささやきあう。
「大多喜副ギルド長となにかの打ち合わせがあったんですか?」
四街道が小声で問う。勝浦と話すチャンスは逃さない四街道である。
「ん、そうねー」
勝浦は佐倉、そして四街道、柏を順にみる
「智にはお願いと、四街道と柏にはその権利がある話ね」
「お願い?」
「権利ですか?」
「権利トナ?」
自身に思い当たらない3人は揃って首をひねる。
「武者幽鬼についてよ」
「うげ」
「え……」
「ホワイ?」
反応は三者三様だ。ただし、それが関係しているだけで何をするのかわからないのは3人とも同じだ。
「後で話すわー。智は今日の夕飯いらないんだっけ」
「今日は実家で食べます」
「ふふ、言い方が嫁いだあとの娘みたい」
「だだだって住んでるのはもう向こうですから」
「そうよねー。もう守君のところが家よねー」
聞きようによっては親子の会話ともとれそうだ。
「女子高生の会話じゃねえ」
どこからかそんな声が聞こえた。
次にダンジョンに行く日を打ち合わせした佐倉は、みなと別れ勝浦の車に乗っていた。実家まで送ってもらうのだ。
「さっきの話なんですけど」
「武者幽鬼のことー?」
「はい、あたしにお願いって……」
「智には教えないでいたんだけどね。大多喜ママからのお願いで船橋ダンジョンで守くんが保管してる武者幽鬼を表に出したんだけど、身長が縮んでてお面が取れたら、長篠氏の顔になってたの」
「は? 長篠? え、なんで?」
「長篠氏を知ってる人が立ち会ってて、本人だって確証を得たんだけど、やっぱり魔物でね。襲い掛かってきたから眠らせてまた保管してたのね」
「ま、魔物……」
「魔物とはいえ姿が長篠氏だから扱いに困ってたんだけど、遺族関係者に意向を聞いた結果、成仏させてほしいって」
「あぁ、それであたしにお願いって」
佐倉は合点がいった。自分のスキルはターンアンデッド、すなわち成仏だ。お願いとは、彷徨える亡者を正しく輪廻へ送ってほしいということだった。
いつも見ている骨の魔物の成仏であるなら二つ返事で答えるところだが、今回は違う。姿かたちが人間なのだ。
人に死を与える。生者ならば殺人行為だ。
佐倉は暗い表情で返答することができないでいる。
「気が進まないのはわかるわ。でもこのままアレを預かっておくわけにもね」
「……そうですね。あたしがやらなければ守おにーさんがやるだけですよね」
守が経験値として吸収すれば、それはすなわち成仏と同じだろう。だが、それは守の内部で行われることで、だれにもわからない。
人間を殺すと同義ととらえ、やったふりをするかもしれない。だがそれは、常に長篠氏の存在を認識し続けることでもある。守に精神的な負担をかけ続けるのだ。
「……あたし、やります」
「ごめんね智」
「いえ、あとで守おにーさんに思いっきり甘えます」
「ふふ、わたしから話はするから、そのあとにしてね」
車は佐倉の実家についたが、ひとりにすると悩んでしまいそうだと感じた勝浦は、佐倉家で夕飯をごちそうになり、そのまま佐倉を連れて帰宅した。




