9.海⑤
「んもー、スキンシップよー」
「濃厚すぎです。彼女たちにも私にも刺激が強すぎます」
「おにーさんもにやけすぎ!」
「アタッ!」
佐倉ちゃんにデコピンを食らった。力が強くなったもんだ。
「話を戻します。国とギルドの上層部は民法の改正を企んでいます。有能なスキルを持つものに限って配偶者を3人まで認めるという暴挙を通そうとしています」
「はぁ!?」
「ハーレムじゃん!」
「ガチハーレム?」
「ちなみにユニークスキルの持ち主の半分は女性です。彼女らにも複数の配偶者が認められます」
「ぎゃ、逆ハー……」
俺もだけどみんな驚いてる。
「しかも、有能と規定するだけで、具体的な指標はないザル法案です。ハーレムを作りたいバカが悪だくみできてしまいます」
「うわー、自称有能なスキル持ちが増えそう」
スキルは自己申告だもんね。嘘もつき放題。
「この話は大多喜ママが教えてくれたのよー。あの子を守ってやんなって」
「あれ? 先輩たちってその話があるからおにーさんに迫ってたんじゃないんですか?」
「わたしたちがこの話を聞いたのは先週なのよー。話が外部に漏れたってことは、もう実現が近いんだと思うのよねー」
「ええええ!」
「うそー!?」
「わたしたちが守くんのところに押しかけたときはね、単に有望な年下男子を見つけて、かつダンジョンもあるだろうから船橋から離れるチャンスってのが強かったのよー」
「実際は、有能を通り過ぎて最終兵器でしたが」
「これは放っておくとまずいってのもあったわねー。悪いヤツに付け込まれちゃうなーって」
「でも、私たちは守君のお世話に陥落した」
「責任を取ってもらいたいわねー」
「ダメです!」
勝浦さんが俺に抱き着いてこようとしていたので佐倉ちゃんが阻止した。年下のかわいい子に守ってもらうって、なんか目覚めそう。
「もー、佐倉も抱き着けばいーのにー」
「まままだ早いです!」
「さて話を戻しますが、有用なスキルを持つ者に対しては3人の配偶者が認められます。ハンターになって一か月の守君はまだ無名です。が、すぐに知られてしまうでしょう。そうなってしまったときに悪意を持つ女狐が入り込んでは困ります。なので、今のうちに3人の枠を閉じてしまおう、と考えました」
「というわけで、だれかを選ぶのではなく、佐倉含めたわたし、こみなっちゃんの3人全員が正解でーす。三股なんて、少子化対策にはばっちりじゃなーい!」
最後に勝浦さんが片手を天に突き上げ、ぶっちゃけた。駄菓子菓子。
「……その、もし佐倉ちゃんが来なかった場合って、どうなってたかを考えると背筋が冷えるというか」
佐倉ちゃん、俺と目が合ってからうつむくとか可愛いの桃源郷なんだけど? 死ぬぞ、俺が。
まぁ、よく知らない人が押しかけてきても対処に困る。というか、勝浦さんも小湊先生も知らない人ではあったけど。今は、出会えてよかったなって思ってる。なんやかや、一緒にいて楽しいからね。配偶者とかではなくってね。
「あら、遅かれ早かれこうなるとは思ってたけどー?」
「わからなかったのは守君だけ」
勝浦さんと小湊先生に指でつつかれた。ぐっは。知らぬは仏なり、かよ。塩対応されてたもん、わかんないって。
「なーーーんか、とんでもない話を聞いた気がするんだけど?」
「リアルハーレムを見ることになるとは」
「これって、もし高校生の段階で有用なスキルが見つかっちゃったら……」
「襲われちゃう!?」
「「「「ヤダー!!」」」」
足立さんらが悲鳴を上げた。
「ハンター業界が荒れそうな気はするけど、おそらくもう止まらない」
小湊先生が言い切ると、JKたちはあからさまにうろたえた。
「わ、わたし、先輩に知り合いとかいないから……」
「卒業してからどうしよう」
「今更進学とかムリー!」
「ふぇぇぇぇ」
4人ががっくりうなだれてる。せっかくの楽しい海水浴が台無しだ。
こんなとき、どうすればいいのかな。佐倉ちゃんだって相当悩んだ末にうちに逃げてきたくらいだし、「大丈夫」なんて軽々しく言えないよな。
俺は、たまたまいいスキルを得たからダンジョンができてもなんとかやっていけてる。でもそれは俺の力ではなくって、周囲の勝浦さんとか小湊先生とか佐倉ちゃんが助けてくれるからであって、一人でできることなんて料理くらいしかないかもしれない。
「俺になにか、できることってないかな。ハンターになって少ししかたってなくって何にも知らないんだけど、知り合っちゃったこの子らを、ここで知りませんっていうことは、俺にはきつくって」
救いたいなんておこがましいけど、なにかできないかな。
なにか、なにか。
「……仏教にはさ、神様仏様がいっぱいいるんだけど、俺の一番好きなのがお地蔵さまでさ。だいたいどこにでもいるし、日本で見かけない場所を探すのが大変なくらいでさ。そのお地蔵さまは、地蔵菩薩といって菩薩さまなんだ。弥勒菩薩が現れる56億7千万年後まで、亡者が送られる六道ってとこに行って、すべてを救済するという無茶なことをしようとしてる菩薩さまなんだ」
まぁ、すべてなんて無理だけどさ。
「お地蔵様になんてなれないけど、できそうなことはしたいんだ……はい、俺の主張終わり。小湊先生、なんかないかな」
小湊先生を見つめる。おなかの上に座ってた先生が砂浜に降りた。
「はい、頼りになる、頼られて嬉しいおねーさんの小湊です。案ですが、ないことはありません」
「というと、何かしらのハードルが高い?」
「高いというか、守君の覚悟が必要です」
「覚悟」
「はい。この子達に安心を与えるならば、守君の庇護下に置くのが一番です。寄らば大樹の陰、ではありませんが、長いものに巻かれるメリットは『安心』です。逃げられる場所がある。これだけで人は安心を感じ、前を向くことができます」
小湊先生は佐倉ちゃんを見た。その見本がいる。
「覚悟とは、彼女たちに、おそらくもっと増えていくでしょうが、安心を与え続ける覚悟です。居場所は無料では維持できません。多額の資金が必要になってくるでしょう。いま私たちが借りている家は5人ほどならば問題ありませんが、ここにいる全員が暮らすとすると厳しいものがあります」
「昨夜はお風呂を借りに来ましたしね」
「覗いてくれてよかったのですが、来てくれませんでしたね」
「興味はありましたが何とか煩悩に打ち勝ちました!」
「チッ」
「小湊先生が舌打ちした!?」
美人の舌打ちはコワイ!
でも癖になりそう……ッ!
「そうすると、今以上に稼がねばなりません。魔石の稼ぎでは追い付かないでしょう。とするならばポーションや魔法書などを売る必要がありますが、目下獄楽寺ダンジョンでアイテムを持って帰ってこれるのは守君だけです」
「俺が頑張ればいい、と」
「頑張ると同時に強くならなければなりません。害のある人物が来た時に、指先であしらえるくらいに」
「どっかの世紀末覇者じゃないけど指先ひとつではきついですよ」
「例えばの話です。ですが、場合によっては、害するものを完膚なきまでに叩きのめす必要もあります。優しい守君のことですから「そこまでやることは」と思っていることでしょうが、悪意ある人間はそんなことはお構いなしに入り込んで守君が守りたい人たちを傷つけていくのです。私が、瀬奈先輩が、佐倉が襲われて服をびりびりに破かれて組み倒されたら――」
「そいつを奈落の底に叩き落します」
閻魔様の前に引きずり出してやる。
「そんな奴らが大群できたら。それに対応するには、守君は強くならなければいけません。時には残酷な選択をしなければならないかもしれません。そんな覚悟を持たなければいけません」
小湊先生がツンと俺の胸を突いてきた。覚悟はあるのか、と。
覚悟か……そこまで考えてたわけじゃないんだけどなぁ。
ツンツンツンツン。
せかされている。考える時間はもらえない様だ。
まぁ、深く考えても先のことはわからないとしか言えない。まだ20歳だぜ。人生の酸っぱさも甘さも苦さも知らないって。せめて甘さは知りたい。
「守君、まだでしょうか」
「人生について考えてました」
「不安はあるでしょう。でも、私や瀬奈先輩や佐倉や、あなたが守ろうとしている人たちも手伝ってくれるはずです」
佐倉ちゃんは「任せて!」といい、勝浦さん「おねーさんにまかせなさい」とニッコリ笑顔でハグしてきた。
「瀬奈先輩ステイです。まだです」
「油断も隙も無いわね」
勝浦さんはふたりがかりではがされた。
だけど、さぁ、とばかりに3人に囲まれてしまった。選択肢なんてないじゃん。
期待されてると思えばいい気はするけど。しかも美人さんと可愛い子にね。
結局、寺を継いでご近所に迷惑をかけないようダンジョンを管理していくなら、俺が強くならなきゃいけないのは同じなんだよな。ちょっと、ちょっとだけ責任が重くなるだけだ。やることは変わらない。
じゃあ頑張るだけだ。
「先のことはわからないけど、頑張るよ」
何とかなるべー。
「それでこそ私が大好きな守君です。子供は何人ほしいですか?」
「おにーさんありがとう!」
「ふふ、今日から瀬奈さんって呼んでね?」
三方から抱き着かれた。ああああこの極楽のためなら頑張れそうだぜ!




