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うちの寺の墓地にダンジョンができたので大変です  作者: 海水


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8.首実検と佐倉無双②

「大多喜副ギルド長、どうします?」

「すまねえ、こいつが言ってることが本当なら、最後に見てえ!」


 勝浦さんの問いに答えたのは殺し屋だった。気にいらないから苗字では呼んでやらん。お前は殺し屋だ、いいな?


「安全の確保はできるんだね?」

「できますけど、収納した魔物を解放したことがないので。暴れたらまた収納するだけですけど」

「……よし、やっておくれ」


 大多喜さんからGOが出た。出てしまった。

 収納した骨は必ず経験値にしてた。試しに出してみるなんてやりたくもなかったからね。あの骨たちは害しかない。そんなのを解き放つのは俺にはできない。

 今回は特別だ。流石に名前アリの魔物を経験値にすることはできなかったから。

 ちょうど物置の影に隠れるような位置で【駆け込み寺】で結界を作る。門と塀に囲まれた寺だ。華奢に見えるけど仏様の領域だ。


「その結界に入っといてください」

「私はここにいる」

「じゃあーわたしもねー」


 小湊先生と勝浦さんが俺の背後に陣取った。


「いや、危ないかもだからあそこで待っててほしいんですけど」

「守君が守ってくれればヨシ」

「右に同じー」

「お姉さま方が聞く耳を持ってくれませーん」


 ちくせう。俺のことを心配しての行動なんだろう。何が何でもふたりは護らねば。


「何があっても前に来たらダメですからね。ビール抜きですからね」


 捨て台詞的釘差しだけしておく。聞かないだろうけどさ。


「では出します」


 少し離れた場所に武者幽鬼『長篠零士』を取り出す。武者鎧を着た仮面の男が出現する。


「あれ、縮んでない? アイツ、3メートルはあったよね?」


 出てきたのは180センチくらいの、常識の範疇に収まる武者だった。そいつはふらつくと、背中からぶっ倒れた。

 

「ちょ、倒れた!?」

「守君、近寄っちゃダメ!」


 小湊先生が後ろから抱き着いて俺を止めてくる。


「いやでもアイツを放置はできないし」

「ダメ!」

「あ、はい」


 なんてしてたら殺し屋が駆け寄っちゃった。顔を覗くなり膝をついた。


「零士!」

「ウガァァァア!」

「グハッ」


 武者幽鬼が腕を振るうと殺し屋が吹き飛ばされた。転がった殺し屋はすぐに立ち上がって「零士!」と叫ぶ。


「ア”ア”ア”ア”ァァァァ!」


 武者幽鬼がゆらりと立ち上がった。顔にあった仮面が取れて人の顔が見えている。口からは牙が見え、目に黒目がない。顔も青くて、明らかに人間じゃない。


「やっぱりかよ、【説法】!」


 スキルを発動させて武者幽鬼を無効化する。立ち上がった武者幽鬼は地面に崩れ落ちた。


「くそ、零士! しっかりしろ!」


 駆け寄ろうとした殺し屋だが、勝浦さんに羽交い絞めにされた。


「このっ! 放せ!」

「危険すぎます!」

「うるせぇ、お前に何がわかる!」

「なにもわかりません! わかるのは、あれが魔物というだけです!」


 勝浦さんが説得してるけど殺し屋は聞く耳を持たない。どんな理由があるか知らんけど、勝浦さんを巻き添えにしたら成仏させるぞ。つーか寝てろ。

 こっそり【説法】スキルを使ってやれば殺し屋の頭が揺れ、脱力した。


「寝かせたのでもう暴れません」

「はぁ、守くん、ありがとねー」

「いえいえ、勝浦さんこそ、すぐに行動できててカッコよかったです」

「ふふふ、そう? 惚れちゃいそうー?」

「惚れちゃいそうですねーッテイタタタ! 先生、そこつねっちゃダメなとこー! ア”ァァァ……」


 小湊先生に乳首をつねられた。


「私だってすぐに守君を止めた」

「そ、そうですね。ありがとうございます」

「惚れる?」

「もう大好きです」

「よろしい」


 俺の乳首は解放された。ぐりぐりされたからひりひりするぜ。やばい性癖に目覚める前に終わってくれて助かった。


「アンタたちには緊張感ってもんがないのかい?」


 大多喜さんがあきれてる。サーセン。


「どうやらあいつが長篠零士だってのは間違いなさそうだけど、同時に魔物だってのも判明しちまったねぇ」


 大多喜さんが倒れてる武者幽鬼を睨む。あれはもう魔物だ。形は人間の長篠零士かもしれないけど、中身は魔物だ。騙されちゃいけない。


「……どうしましょうか」


 魔物として対処してしまうのか、それともせめて弔いはするのか。

 俺としては、弔いくらいはしたい。ダンジョンで命を落として、それっきり骨すらも戻ってこなかったのだから。


「時間をくれないかい? 今この場では決められないね。そこで倒れてる市川もね」

「じゃあ、これは俺が預かります」

「悪いねぇ。お代は勝浦と小湊からもらっておくれ」

「はいはーい! ご褒美の話はあとでね♡」

「了解」

「こいつはあたしが連れてくから。沙汰が決まったら連絡するよ」

 

 中途半端になってしまったが、こうなった。

 俺たちはひっそりと船橋ダンジョンを離れ帰路に就く。帰りの車では誰も言葉を発せず、静かだった。





 翌朝、墓地とダンジョンの掃除を終え、朝食も取って佐倉ちゃんを送り出した後。俺と勝浦さんと小湊さんが母屋に集まった。父さんは幼稚園なので不在だ。

 ちゃぶ台にお茶とせんべいを出す。


「あいつの処分は、どうなりますかね。寺の息子としては、弔いはしてやりたいところですけど」


 ふたりの顔をうかがう。あの殺し屋がどう絡んでるか知らんけど、あっち主体で動くだろうからね。


「魔物ではあるけど、あまりにも形が人間だからねー。心情的には弔ってあげたいけどーじゃあ他の人間的な魔物はいいのかって言われてもねー」

「顔は長篠零士だけど中身がそうである確証はない。死んだハンターの()()を使っているだけなのかもしれない」

「これで前例を作ってしまうと、もし他のダンジョンで同じようにダンジョンで亡くなったハンターに()()()()魔物が出たときに、躊躇してしまう危険があるのよねー」

「魔物を人間として扱うと、ハンターに対する誹謗中傷が発生する可能性も」


 ふたりにとって魔物は魔物であり、たとえそれが人の形をとっていようとも、本質が違えば魔物だという認識だ。

 そうだ、仏教も同じだった。仏教の教えの中には、偏見や思い込みから解放され、物の本質を知ることってのがある。ここでは、外見による思い込みになる。知っている人間に近しい外見だからと言って、他を害する()()を人間として扱うことはどうなのか。

 長篠零士もそうだが、ダンジョンで亡くなったハンターの魂はどこへ行くのか。

 仏教では亡くなったものは十王の裁きを受けたのにち六道に送られる。この世の命はすべてこの六道をぐるぐる回っているのだ。

 ダンジョンがこの世ではなかったら、亡くなった人の魂は六道に入って輪廻に回ることもかなわず、ダンジョンを彷徨うことになる。魂はどこへ行ったんだ?

 このままだと、この世の魂が減る一方じゃないのか?


「こらー、守くーん!」

「はっ!」


 勝浦さんに呼ばれて前を見たら勝浦さんの美人顔がドアップがある。


 「ちゅっ。ふふ、考え事に没入しちゃだめよー」


 触れるだけのちゅーをされてしまった。まさか!と横を見れば顔を真っ赤にしてぷるぷる震えてる先生が。


「ま、負けない」


 小湊先生はそう呟いてきゅっと目を閉じてしまわれた。

 え、これ、なに?


「守くん、はやくしないとー。こみなっちゃんからのご褒美よー?」

「ご、ご褒美……」


 知ってる。小湊先生、無理してる。でもここで応じないと、小湊先生が泣く。

 仏教は幸せの探究。女子ひとりの幸せをかなえず何が坊主か。

 軽く触れるだけの、ふわっとしたキスをした。


「ふふ、よかったね、こみなっちゃん」

「ご、ご褒美、どう?」


 涙目で見上げてくる。やばい、心臓が飛んでいきそうだ。


「さ、最高です、大好きです」

「あら、わたしは?」

「勝浦さんも最高です」

「ふふ、ありがとー」


 やばい、煩悩が無量大数だ。


「守君、浮気は絶許」

「あ、はい」


 ぶっとい釘を打ち込まれた。かくして俺は狩られたのだ。

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