6 武者幽鬼②
それから数日後の金曜日。学校のハンター学科の授業の終わりに課題が発表された。
「期末考査だが『自分のスキルとダンジョン』というテーマでレポートの提出だ。友達と相談してもいい。期限は来週金曜日。提出しないと夏休みはないぞー」
教師はそう伝えると教室を出ていく。途端にざわつく生徒たち。
「1週間しかないじゃん! ひでーよ!」
「まじかよ! 土日は予定があるのに……」
「死んだ、ボッチの俺死んだわ」
「明日にでも船橋にいこーぜー!」
そんな中、佐倉は余裕をぶっこいていた。なにせ居候先にダンジョンがあるのだ。そしてチートなおにーさんもいる。一番の気がかりはレポートの内容だった。
「トモっち」
「智ー」
イツメンの柏葉子と四街道美奈子が佐倉の机に集合する。
「ちょっと課題の期間ヤバない?」
「ゲキヤバ」
「だよねー。1週間はナイワー」
「で、いつやる?」
「アーシはいつもで空いてるし」
「あたしも特に用事はないから、明日集合ってどう?」
「時間はー?」
「うーん、いつもダンジョンの掃除は早朝なんだよねー」
「早朝って何時?」
「いつもは5時」
「ムーリー」
「早起きキッツイわー」
柏と四街道は腕でバッテンを作る。
「じゃー、今日泊まっちゃう?」
「ソレイイ!」
「女子会だね!」
「ちょっとおじさんに聞いてみるね」
佐倉はスマホを取り出しおじさんたる司にかけたが出ない。忙しいのだと判断して守にかけた。無職な守は基本的にダンジョン警備員だ。
「あ、おにーさん? あたしだけど」
『佐倉ちゃん、授業は?』
スマホのスピーカーをオンして柏と四街道にも聞こえるようにする。教室に守の声が響く。
「終わったとこで例の課題の話が出てさー、来週金曜に出せっていうのよー」
『なかなか無茶言うねえ。さすが市船だ』
「で、明日にでもダンジョンに入りたいんだけど、ズットモが早朝は無理っていうから、今日お泊りしたいんだー」
『あー、朝の5時だと電車もないし、夕方だと俺も時間がなー……泊まるのは隣の家にしてね。ちょっと勝浦さんに変わるから。かつうらさーん、佐倉ちゃんなんですけどー……はいはーい勝浦でーすおつかれおつかれー』
「あ、勝浦先輩、お疲れさまです! その、例の課題が出まして――」
佐倉と勝浦が話しているとクラスメイトの男子が寄ってくる。
「勝浦先輩って船橋にいた勝浦先輩?」
「ほかのギルドに移ったって聞いたけど」
セクシーおねーさんの勝浦は男子には超人気だ。船橋ギルドから姿を消した後、血涙が止まらないハンターも多かったとか。
「よろしくおねがいしまーす! おっけー、大丈夫だって。勝浦先輩と小湊先輩がついてくれるって!」
「マジ小湊パイセン!?」
「やったー、勝浦先輩に会える!」
「寝食も一緒だよ!」
「ヤバ、神」
「急いで帰って用意をしないと!」
小躍りする3JKの元にガタイのいい金髪男子がニヤニヤしながら近づいてくる。
「なんかダンジョンに行くって聞こえたけどよー、佐倉のスキルで何ができるんだぁ?」
「なによ美浦、なんか用? あたしら忙しいんだけど」
「おいおい、俺が親切に心配してやってんのにひでー言い方だなぁ」
最後の「なぁ」で背後にいる仲間に同意を求めた。仲間の男子生徒数人がにやついている。
「なんだっけ、役立たずなスキルは」
「ぷっ、【祈り】だったっけ?」
「ダンジョンで何にもできなかったやつじゃん」
美浦の友人の鹿島と神栖が佐倉を揶揄う。鹿島は茶髪モヒカンで神栖はロン毛だ。三人とも立派なチャラ男だ。
「ハッ、雑魚の相手をする暇はないの」
だが佐倉は取り付く島もなく帰宅の準備をする。柏と四街道は男3人から距離をとった。
「誰が雑魚だコルア!」
「美浦、あんたよ!」
「はん、俺はすでに船橋ダンジョンで魔物を狩ってるんだよ!」
「ダンジョンに入ってるって言っても先輩にくっついてでしょ? それで威張るなんて、ダッサ」
「……言わせておきゃーいい気になりやがって!」
美浦が拳を握りボクシングスタイルで構える。美浦のスキルは身体強化だ。主に格闘技で魔物と戦っている。それを知っている柏と四街道が揃って「ひっ」と短い悲鳴を上げるが、佐倉は冷静に【幸歌】スキルを発動させ、かつ【魔法:カース】を使った。美浦の体が一瞬紫に染まる。
「謝るなら一緒に船橋に潜ってやってもいいぞ」
ファイティングポーズのままにじり寄る美浦だが、思ったように動かない体に焦っていた。
足が前に出ねえ。なんで体が重い?
「さ、葉子、美奈、帰ろ!」
「ま、まちやがぁぁあ」
意に介さず佐倉が立ち去ろうとするので美浦は手を伸ばしたが、その際に何かに躓き机に突っ込んだ。ガシャガシャガシャと派手に転んだ美浦は床に寝っ転がってしまった。
佐倉の【幸歌】が利いてアンラッキーに遭遇したのだ。
「おいおい美浦、佐倉にいい所見せるんじゃなかったのかよー」
「肝心なところで何してんだお前」
モヒカン鹿島とロン毛神栖はあきれ顔だ。
どうやら佐倉にいいところを見せるつもりだったようだが、どう美化してもケンカを売っているようにしか見えない。
「こんなところで転んでるんじゃ、ダンジョンでも転んでるんじゃないの?」
「ま、まてっだぁぁ」
佐倉にそう吐き捨てられた美浦が立ち上がろうとしたが足が滑って顔から床に落ちた。その隙に教室から消える3JK。ただただ見送るモヒカンとロン毛。
「くそがぁぁぁあ!」
床に転がった美浦が叫んだ。
千葉駅18時に集合という約束で3JKは合流。勝浦に東金到着時間を連絡し、一路東金へ。ロングシートに3人並んで電車に揺られている。
「ねー智ー。さっきの美浦だけどさー。あんなに派手の転ぶのってなくない?」
四街道が佐倉に話しかける。美浦の転がり具合に違和感があったらしい。鋭い。
「あー、あれね。あたしのスキルの影響。後、ちょっと言えなくって」
と、佐倉はスマホを取り出し入力し始めた。すぐさま柏と四街道のスマホが鳴る。佐倉はグループチャットで話すことにしたのだ。
智:スキルのほかに実は魔法もかけてやった、ザマー
葉っぱ隊:は、マ?
美奈みん:智って魔法使えたの???
智:カースって魔法、おにーさんがワイトを倒すと確定ドロップで魔法書がゲットできる
葉っぱ隊:は、マ?
美奈みん:なにそれ意味わかんない
うら若き乙女が友達といるのにスマホに夢中というもったいない景色だが、実はつながっているという今時の交友手段だった。
「詳しくは、寺についたら話すね」
「もったいぶってる」
「ハヨハケー」
「果報は寝て待てっていうじゃーん」
「ブーブー」
「えーー」
姦しくしているうちに東金についた。夏だがさすがに8時はもう暗い。駅前ロータリーにはかわいい軽が止まっている。
佐倉を先頭に3JKは軽に向かう。
「佐倉お疲れ様」
迎えたのは小湊だった。途端に葉子が「キタコレ!」と声を裏返らせた。
「私服の小湊パイセン! リアルパイセン!」
「……あなたは柏さん」
「パイセンに認識された! もう死んでいい!」
「ちょっと葉子ってば!」
佐倉が崩れ落ちそうになった柏を支える。柏の最推しが小湊なのだ。柏の金髪ベリーショートも小湊リスペクトだったりする。推しに不意うちされた限界ファンが砕け散ってしまったのだ。
「もう、美奈は前ね」
「お邪魔します!」
四街道が助手席に入り、泥人形と化した柏が後部座席に詰め込まれた。
これで大丈夫なのかと小湊は思ったが守がいるからどうにでもなるだろうと楽観することにした。考えを放棄したともいえるが、終わりよければよかろうなのだ。
時間が時間なのでマッハで寺に向かう。10分程度で寺の駐車場に滑り込み、蕩けてる柏は小湊が担いで運んだ。途中で意識を取り戻した柏が奇声を上げてまた失神してしまった。
「ただいまー」
「お、おじゃましまーす」
佐倉を先頭に母屋に入る。四街道は恐る恐る、柏を担いだ小湊は静かに続く。
「おかえりなさーい、アンドお疲れ様ー」
「かかかか勝浦先輩、私服だぁぁ!」
出迎えた勝浦を見た四街道が爆発した。騒がしいJKである。




