5.佐倉という少女⑥
一行が向かった佐倉家は船橋駅から少し離れた住宅街にあった。3階建ての鉄筋コンクリート造りの重厚な構えをしている。駐車場も4台分あり、家族分の車を想定しているようだ。家族計画がきっちりしている印象だ。
「勝浦先輩、空いてるところに止めちゃってください」
「はいはーい」
勝浦の車なので小さく取り回しも良く、一発で駐車した。バタンと車のドアを閉めれば、途端に玄関が開いた。出てきたのは、やせ形でちょっと神経質そうな中年の女性。おそらく佐倉の母親だろう。車のエンジン音で気がついて、いてもたってもいられずインターフォン前に出てしまった。
「智美!」
「……ただいま」
心配そうな母の声に対して、やる気のない佐倉の返事。佐倉が家でどうだったのかがわかる。
「お電話を差し上げた坂場司です。こちらはギルド職員の勝浦さん。本日はよろしくお願いします」
司が挨拶すると、母親は少し怯んだ。今日の司は袈裟を着てまんまお坊さんなのだ。だって本職だもの。
中に入ってリビングに案内される。佐倉は自室にものを取りに行っている。司と勝浦がソファセットに座った。質が良いのか、座り心地が良い。
少し待つと父親と思われる中年の男性と先ほどの女性が入ってきた。ついで慌てた風の佐倉。座り方は、佐倉の両親に対して佐倉を中央にしてその左右に司と勝浦が座った。佐倉はすでに獄楽寺側なのだ。
「改めて、獄楽寺の住職をしております、坂場司と申します」
「船橋ギルドから出向しています勝浦瀬奈と申します。本日は業務で留守番をしています小湊と共に獄楽寺ダンジョンギルドの受付兼業務スタッフをしております」
「獄楽寺ダンジョン専属の佐倉智美です!」
「智美!」
「まぁまぁ。話を聞くのが先だよ。智美の父で栄一と言います。妻の智子です。2階に息子の勝也がおります」
「……智子です」
自己紹介を終えたところで、さっそく本題だ。話を長引かせるつもりはない。ここからの説明は勝浦も入る。
「お伝えしているように、智美さんを専属ハンターとして契約を進めたいというのがこちらの希望です」
佐倉がどうしたいのかはメールなどで伝えてある。これが本人の意思であることは、佐倉本人からも伝えてある。佐倉の意思は固く、話自体は認めるか否かでしかない。ただし、ここで母親が拒否しても佐倉が家に戻ることはないと思われる。
「智美をハンターにだなんて!」
「あたしが行ったのは市船のハンターコースだよ? ママが何と言おうと、どのみちハンターにはなるんだよ?」
「そんな危険な仕事に、なんで智美がやらなければならないのよ。誰かがやるでしょうよ!」
早速母親がヒートアップしている。父親はと言うと、やれやれと言う表情を隠すこともなく静観の構えだ。
「誰かって誰? そんな考えで誰もハンターをやらなかったら、誰がダンジョンからあふれた魔物を倒すの?」
「そんなの、警察とか自衛隊にやらせればいいのよ!」
「警察は犯罪の取り締まり。自衛隊は国防が仕事だよ、ママ。ダンジョンで魔物を減らすのはハンターの仕事――」
「だからってあなたがやらなくってもいいのよ! そんなものは誰かにやらせればいいの!」
「お言葉ですがお母様」
勝浦が身を乗りだした。割と顔が怖いので、相当怒っている。美人の怒っている顔は迫力があるのだ。
「放っておけば誰かがやるだろうという他人任せの考えでは、社会は崩壊してしまいます。この町でごみは誰が回収して処分しているのでしょうか。道は誰が整備しているのでしょうか。電気を使うための設備は誰が維持管理しているのでしょうか」
「それは、それを仕事としている人が勝手にやってるだけでしょ!」
「そうですね。智美さんも、考えたうえで、ハンター契約を前向きに考えてくださってます」
「それはあなたたちが洗脳したからでしょ!」
「いい加減にして、ママ!」
佐倉がバシンとテーブルを叩いた。眦を釣り上げて怒りをあらわにする。
「黙って聞いてりゃ、あまりにも自分勝手過ぎるよ! 誰かがやってくれてるから、のうのうと暮らしていけてるんでしょ! その苦労も知りもしないで偉そうにばっかり!」
「な、なにを……」
「ママは知らないだろうけど、おじさんの奥さんは、10年前に船橋で魔物に襲われて、行方不明なんだよ! それなのに、勝手にできちゃったダンジョンを、近所に迷惑をかけない様になんとか管理しようとして、頑張ってるんだよ? うちは、町内会にも入ってない、この町のことは気にもしない、住民として何もしてないじゃない! 公務員だからって偉そうにばっかりで、なーんにもしない。知ってる? そんな人ってのは結局は何もできない人なんだよ?」
「あ、あなたッ!」
「智子、やめなさい」
立ち上がりかけた母親を、父親が腕をつかんで制したが部屋を出て行ってしまった。ヒートアップした佐倉も勝浦にどうどうとなだめられている。母娘の確執は大きそうだった。
「妻が申し訳ない。妻にはあとで説明をしておきます」
「いえいえ、親の情とは深いものです」
司が静かに手を合わせる。
「親が子を心配するのは当然のこと。子は学校にて社会を学び、そして自らの足で立つものです。どちらも正しい形だと思います」
司が静かに言葉を紡ぐ。
「社会というのは、そこで生きる者全員が役割を担って成り立つものです。我が寺も、地域の拠り所として、幼子の預かり場として、地域社会の一員であると自認しております。しかしてハンターというのは、なかなかに危険な役割です。ダンジョンなるものが突然現れ、その発生原因も不明なままです。ですが、現実問題としてそこに存在し、その中には人間に害なす魔物が跋扈してあふれようとしております。ハンターという存在は、いまの社会に必要な役割を担うまでになっております」
司はごほんと咳払いし、間をとった。
「子がそれに対し役割を担うと前を向いたことに、ひとつ理解をしてやってはいただけませんか」
「パパお願い!」
「ふむ、理解、ですか? 納得ではなく」
「えぇ、理解です」
司の言葉に父親が疑問を呈す。だが、司は肯定で返した。
「理解とは、辞典を見ますと【人の気持や立場がよくわかること】とあります。わかること、ですな。対して納得というのは、理解の上に感情が載せられた末のものなのです。感情というものは難しいものでして、この歳になってもうまく操れんものです、いやはやおはずかしい」
司はぺしっと頭を叩く。
「ですので、まずはご理解を、というところです」
司がにっこりと笑みを浮かべた。
納得はできないが必要性は理解した。危険な事はさせたくないが娘の意思も尊重はしたい。
母の方は凝り固まった思想でどうにもならないが父親の方は官僚だけあり思考が柔らかいようで、その思いの間で揺らいでいた。
「あたしのスキルが役に立てるし、お金も稼げるんだよ!」
ハンターになりたいだけではなく、家からも出たい佐倉がプッシュする。一人前なんだと主張するが親の前ではあまり意味がない。
「専属契約という話でしたが、内容はどのようなものですか?」
父は判断材料を増す方に舵を切った。勝浦からすると一歩前進でしめしめである。
「契約内容のベースは船橋ギルドのハンター契約を踏襲してます。智美さんはまだ在学中なので、そのあたりを修正しています」
「どのように修正を?」
「基本的には年棒、または月棒契約なのですが、智美さんの場合は学業優先なので朝夕にダンジョンでの間引きという内容になっており、時給換算としています」
「時給か。バイトのようだが正式に働くわけでもないから、そうなるか」
父は顎に手を当てふむと唸った。その後は勝浦が内容を説明し父が質問するという流れだった。
「あたしはもうレベル6になったんだよ、すごいでしょ」
「すごいと言われてもパパはレベルとかよくわからないし、そこで増長しているようでは許可できないぞ」
「あぅ……気を付ける、思い上がりしない!」
父はがっつり釘を刺してきた。娘のことをよく知っている父のようだ。
佐倉の家庭の問題は、母親との確執がメインだったのだろう。父は静観するタイプで、それに拍車をかけていた可能性もある。
「……許可する条件として、週に一回は帰ってくること。無理に泊まらなくてもいいから顔くらい見せなさい」
「う……わかった。でも変な事したら、暴れるからね!」
「まったく、元気になったはいいが、なりすぎも困るぞ」
父は苦笑した。
一応だが、親の許諾は取れた。これで佐倉はハンターとしての一歩を踏み出したのだ。




