5.佐倉という少女⑤
佐倉ちゃんが加わった翌日からダンジョン掃除を手伝ってもらっている。昨日のうちにご両親へは父さんから連絡をして、ギルドとして勝浦さんからも連絡を入れて預かっている旨の説明をしてある。
かなり驚いていたけど、寺に押しかけることはなかった。
「そろそろ来るかなってきた。佐倉ちゃんおはよう」
本堂の方からジャージ姿の佐倉ちゃんがふらふら歩いてくる。
ちなみに呼び方だけど、名前で呼んだらすごい顔で「キモ」って言われてしまったので「佐倉ちゃん」としている。俺は「おにーさん」だ。父さんは「おじさーん」で「おとーさんではないのか」とがっくりしてた。いや、他の家族の娘だからね?
「ねむいー」
朝5時にダンジョン前集合としていたが、佐倉ちゃんは何とか起きてきた。髪の毛がぼさぼさなのは起きたてだからだろうか。昨晩は歓迎会と称して夜遅くまで騒いでいたので、仕方がない。俺はすでに墓地の掃除を終えているわけだが。
大人の女性ふたりは本堂に転がっている。そのうち罰が当たるんじゃないかと思ってる。
「その恰好、いいなー」
佐倉ちゃんは俺の作務衣を見てそんなことを言った。彼女の恰好は学校のジャージだ。危ない目に合わせるつもりはないのでそれでもいいのだが、万が一破けると替えがないし学校で困るから、装備は考えよう。
「朝食の準備をしないといけないからさくっと終わらせよう」
「おー」
俺が先に階段を降りていく。すぐに骨を発見した。通路にゴブリン骨がいた。ひーふーの4体だ。
「まずは俺のやり方を見てて」
金剛杖を取り出し骨に向かって走る。【師走】を使って数歩で間合いに入り、金剛杖を横一線。即収納。
「こんな感じで、杖とか傘とか、使えるものでやってる」
「おー、スケルトンが一瞬できえちゃったパチパチパチ」
おざなりだが拍手をいただいた。ちょっと嬉しい。
昨日のうちに俺のスキルの説明はしてある。「なんてチート野郎だ!」と怒られたがそんなのは知らん。佐倉ちゃんの方がよっぽどチートだ。
通路の先にいたゴブリン骨3体が俺に気がつき歩いてくる。
「次はあたしねー」
「よろしくー」
「えーい、【祈り】」
パンと両手を合わせた佐倉ちゃんがスキル名を叫ぶ。叫ばなくてもスキルは発動するんだけど、佐倉ちゃんにとっては大事な儀式とのこと。
10メートル以上先にいるゴブリン骨3体が光に包まれボロボロと崩れていく。何度見てもえげつねーよなー。効くかどうかの検証をした4階のワイトでも抵抗すらできずに即座に崩れていったんぜ。
佐倉ちゃんの【祈り】スキルの射程距離は約10メートル。階段から祈るだけで周辺の骨が成仏される。ずるい。距離といい威力といい、どっちがチートだってーの。
「やったぜ!」
目によこVサインで決める佐倉ちゃん。ギャルっぽい勝利のポーズだ。俺も何か考えよう。座禅でもするか。キモって言われちゃいそうだな。
「この調子でサクサク行くよー」
「おー!」
2階でも蹂躙は続く。ホブゴブ骨がいたけど近寄る前に成仏していった。ひれ伏せ!って感じの暴君って感じ。
「んんんきもちいぃぃぃ!」
大量の骨を成仏させた佐倉ちゃんが吠えた。やっぱ暴君だろ。
サクサクと3階も終わらせワイト君がいる4階へ。
「ワイトは俺ね」
実は佐倉ちゃんの【祈り】で成仏させちゃうとドロップ品が手に入らない。魔石は残るんだけどね。
なのでこいつは俺が収納しないと儲けが減るんだ。
ちなみに、ハンターはパーティを組むと経験値が等分される謎仕様がある。パーティ全員で手をつなぐとか、身体の一部が接触した状態で「パーティを組む」と念じれば良い。簡単すぎる。
なので佐倉ちゃんとは朝一で握手をしてパーティを組んであるので、俺が収納した経験値も等分される。佐倉ちゃんのレベルアップが遅くなる心配もないのでご安心だ。
「今日はお供が少ないぞ?」
「あれ、なんで?」
ストーンサークルの中心にいるワイト君の回りには2体の騎士骨しかいない。隠れてないか探してみたけど、いないっぽい。どうした、呆れられたのか。
「うーん、墓場ダンジョンもよくわかってないし、最初はお供もいなかったからさ。気にしないで終わらせよう。腹減ってるんだ」
杖を収納してビニール傘を取り出す。こっちでないと魔法をいただけない。
【師走】ダッシュで騎士骨に肉薄してビニール傘を当てて収納。相方もサクッと。飛んでくる魔法も傘でごちそうさま。
粘って魔法を奪いたいけど佐倉ちゃんの通学もあるから今日は速攻で経験値になってもらった。
「わ、レべルが上がった!」
「おめー。いーなー。なかなか上がらなくなっちゃってるんだよな、俺」
これで佐倉ちゃんレベル6になった。レベル10もすぐだなこりゃ。
「おにーさん、まほーしょはゲットできた?」
「はいはいこれね」
「やったー!」
俺が渡したのはカースの魔法書。ファイヤーボールはわかりやすく魔法が使えちゃうことが分かっちゃうから隠れて使えるカースを選んだ。恐ろしい女だよまったく。アサシンにでもなるつもりだろうか。佐倉ちゃんのは先行きが怖い。
「……よし、チャッチャラーン! 智ちゃんはカースの魔法を覚えた!」
「悪さはするなよー」
「もちろん!」
よし、母屋に戻って朝食だ。
勝浦さんが東金の駅まで佐倉ちゃんを送って、父さんは幼稚園の送迎に向かって、で、俺はお茶で一服だ。休憩が終われば洗濯に食糧の買い物などの家事が待ってる。父子家庭からドンと3人増えたから食材の消費が激しくって。
普段は近くの直売所で買ってるから宅配サービスは使いたくない。ご近所づきあいというやつだ。ゆえに、自分で買いに行く。
たまに檀家の農家さんが米とか持ってきて来るので大助かり。いつもありがとうございます!
「守君、契約書の内容について相談」
ノートパソコンで作業をしていた小湊先生に呼ばれた。作っているのは佐倉ちゃんのご両親に説明する際の契約書の草案だ。
「基本的には既存のハンター契約を踏襲してる。佐倉ちゃんがまだ高校生なのでそこをカバーする内容」
「えっと、報酬は時間給とし、時給は3000円とする? バイトにしては高いけど、ハンターとしてはどうなんだろ」
「年間600万が最低ラインで、月にすれば50万円。20日働いたとして1日あたり25000円。8時労働とすれば時給3000円くらい。魔石やドロップ品の報酬は別途、かつスタンピードを防げば成功報酬を上乗せ」
「高校生にしちゃ稼ぎ過ぎだけど、ハンターだもんなー。でも実際は1時間くらいしかダンジョンにはいないから、時給だけ見てればそこまで稼げるわけでもないか」
毎日掃除しても月に90000円。お小遣いとしちゃ上出来だと思う。無駄遣いをしない様に言いつけないと。
「ハンター保険もここから捻出」
「保険は俺が出すべきじゃないかなー。そうだ、税金とかどうなってるの?」
すっかり忘れてたけど、収入があれば引かれるものはあるよね。特にハンターとして多く稼いだら多く引かれるだろうし。
「魔石、ドロップ品の金額はすでに税&ギルドの手数料引きの金額」
「おおっと、すでに引かれてた!」
ちょっとショック。でもラクチンと言えばラクチン。
「佐倉ちゃんは高校生だけど青色申告が必要になるので、そこは私がサポート」
「……俺もお願いしたいのですが」
「将来の旦那様のためなので無料」
「いえ、適正な報酬を払います!」
あぶねえ。どこにトラップがあるかわかったもんじゃない。
洗濯をして買い物に行って幼稚園の手伝いをすればもう夕方。なお、女性陣の洗濯はやんわり拒否した。佐倉ちゃんは「えー」って顔してたけど、干すときにあなたの下着とかを見るのですよ? よろしくて?
勝浦さんと小湊先生も「え?」って顔してたけど、あなたたちは洗濯するのが面倒なだけでしょ。ダメです。
そんなこんなでダンジョン管理の体制も整ったところで、ご近所さんにダンジョンの発生と管理体制の件を連絡した。町内会経由だけどね。
「お坊さんらは大丈夫なのかい?」って心配してくれた人もいたし「ダンジョンって危ないんじゃないのー?」って不安がる人もいたけど、お墓を移すとか檀家を止めるとか幼稚園を退園するとかはなかった。地元密着の強みかもしれない。ありがとうございます。
組織としては。
ギルド長:俺
副ギルド長:父さん
派遣受付:勝浦さん、小湊さん(頼りにしてます!)
専属ハンター:佐倉ちゃん(頼もしい)
という面子だ。父さんが副なのは本業(寺、幼稚園)が忙しいからだ。ギルド長と言ってもやることはダンジョンの掃除と家事がメインで、書類やらは勝浦さんと小湊先生が作ってくれている。役立たずでごめんなさい。
「明後日の日曜日に先方のご両親の都合がついたから、お話をしてくるよ」
佐倉ちゃんの件でご両親と連絡を取り続けてて、説明に伺う日取りが決まった。行くのは父さんと勝浦さんと佐倉ちゃん。俺と小湊さんは御留守番だ。ダンジョンの監視もあるけど、社会人にもなってない俺が行ったところで説得力も説得することもできない。残念だけど、俺には足りているものがない。
「父さん、頼むね」
「お姉さんも行くんだから、まっかせてー!」
「こーゆーときの勝浦さんは頼りになる」
「あらあら、褒めてもお嫁に押しかけるだけよー?」
勝浦さんもぶれない。俺の収入が目当てなんだろう。やはり金か? 金が良いんだな?
そして当日。勝浦さんの車で出かけて行った。
「うまくいくといいけど」
不安はあるけど任せるしかない。




