5.佐倉という少女②
「あ、すみません! あたしが降ろします!」
「まぁまぁ、ここはおねーさんにお任せなさい」
どろんこ遊びの片づけをしていたら、檀家用の駐車場から声がする。勝浦さんが帰ってきたのか。
と思って見に行ったら、勝浦さんとJKがいた。しかもでかいスーツケースを持って。ホワイ。
「勝浦さんと……あれ、どっかで見た記憶が」
「守くん、ただいまー! そこでナンパしたのよー」
「市船の制服の子をなんでこんなところでナンパしたんですか?」
「詳しい話はおやつを食べてからにしましょー。守くんだって泥だらけだしー」
「幼稚園の片づけをしてたんですよ」
幼稚園は、今はお昼寝の時間なので静かだ。この貴重な時間に片づけをするのだよ。
「小湊せんせーい、勝浦さんが帰ってきましたよー」
母屋い向かって叫べば、少しして先生が出てくる。ぴしっとスーツ姿だけど履物が雪駄である。
「俺はまだ片付けがあるんで、対応オナシャス」
「……ともかく上がって」
「小湊先輩もいる!」
「はいはい佐倉ちゃん、とっとと行くわよー」
勝浦さんがJKの背を押して母屋に入っていく。
「そのうち、うちが乗っ取られそうだ」
そんな気がしてきた。
どろんこ遊びの道具を水洗いして風通しのいい場所において、ふうっと一息。
落ち着いたら思い出したけど、あの子って講習の時にいた3JKのひとりだ。印象はあんまし残ってないな。
「厄介なトラブルじゃなきゃいいんだけど」
悪い予感がしつつも母屋に向かった。
母屋では、小湊先生による尋問が行われていた。まぁ、お菓子とお茶がついてる尋問だけど。
JKはしおらしく萎れている。
「なるほど、大多喜先輩に教えられてここに来たと」
小湊先生が額に手をやった。頭が痛いというジェスチャーか。
「あたしのスキルが役に立つはずだって仰ってたので」
「そのスキルは?」
「その……【祈り】……です」
佐倉ちゃんが俺を視線でけん制しながら言った。まぁ、俺って部外者にしか見えないしね。いいさいいさ、いじけちゃうもんね。
「【祈り】……対アンデッドに有効なターンアンデッドの初期スキル」
「なるほどー、大多喜ママが推薦するだけはあるわねー」
「でででも、私のスキルは、ぜっんぜん役に立たなくて。船橋の魔物には効かないんです」
佐倉ちゃんが泣きそうな顔で訴える。市船のハンターコースなんだし、スキルを得たのに役に立たないってのはつらいだろうな。
「それはそう。船橋の魔物は生きている魔物」
「ですよねー」
先生に言いきられて佐倉ちゃんはしょげてしまった。
うーんこのままでは可哀そうだ。
「対アンデッドのスキル持ちってここに必要な人材じゃん。ここは骨しか出ないし」
おもわずぽろっと出ちゃったよ。
「……」
褒めたんだから睨まないでほしいなぁ……
「話が読めないんですけど。いったいどんな展開があってこうなったんです?」
「あー、守くんには内緒にしてからねー」
「詳らかに開陳をお願いしたく」
「あら、女の秘密を知るなら責任をー」
「じゃあやめときます」
「もー、いけずー」
責任の押し売りはいらんのですよ。おっぱいは欲しいけど。
「では私が」
しゅたっと手を挙げたのは先生。
「では小湊先生どうぞ」
「まず、現状で守君ひとりでは厳しい」
「確かに。俺ひとりだと限界があります」
それに、俺が死んでしまったらそこで試合終了だし。災害的被害が発生しちゃう。
「よってヘルプを探してた。船橋のハンターは問題ありが多すぎて避けたかった」
「……それで白羽の矢が刺さったのが彼女、というわけですか?」
なるほどね。まーいいんじゃない、とは思うけど、彼女JKよね。
確かハンターは18歳からじゃないと活動できないはずで。あ、高校3年なら18歳ではあるのか。
「個人的にはお試しでダンジョンに行ってみればいいと思う。でもさ、この子って高校生だよね。残りの高校生活ってどうするの?」
「週末とか! 放課後とか! できます!」
佐倉ちゃんはちょっと必死な感じで訴えてくる。訳ありだなこれ。あの荷物といい。
「ともかく、ダンジョンにいってみよー!」
勝浦さんが佐倉ちゃんの手を握って強引に連れ出してしまった。暴挙にしか見えないけど、何か確信があるのか。危ないので俺もついていく。
「あ、小湊先生はお留守番で!」
誰かはいないとさ。いつの間にかうちの母屋がギルドになりつつあるんだけど!
「お、お墓!」
「そりゃーお寺には墓地がつきものでしょー?」
「そそそうですけどー」
「化けて出るわけじゃないしー、さーいこー!」
おっかなびっくりの佐倉ちゃんは勝浦さんに引きずられていく。
普通の人からしたら墓地って不気味なんだよね。俺は子供の時から敷地に墓地があるし、寺だしさ。弔いの場所だって教えられてるから畏敬の念しかないよ。
ずんずん進んでビニールハウスまで来た。
「ここって、ビニールハウス?」
「そうそう、この中にダンジョンの入り口があるのよー。れっつごー!」
「ふぇぇぇ」
勝浦さんに拉致られる佐倉ちゃん。トラウマにならなけりゃいいけど。
「うわっ、せまっ!」
「はいここでハンター証をかざしてねー」
「は、はい!」
「階段を降りまーす!」
「あ、ちょ、心の準備が!」
連れ去られたようなので俺も後に続く。念のためビニール傘を出しておこう。
「こっちも墓地!」
「お墓だけど、墓石に文字がないでしょー?」
「あ、ほんとだ!」
「墓地に似せてるのよー」
ふたりは階段下でダンジョンを観察している。すぐそばに骨はいないみたいで、ほっとした。俺も階段を下りた。
「ん、向こうにゴブリン骨がいるな」
通りの先にゴブリン骨がたたずんでる。こっちには気が付いてないな。あいつらって、ボケーっと突っ立ってるか襲ってくるかのどっちかなんだよな。熊とか狼は襲ってくるの一択なんだけど。
「ガガ骸骨だぁぁぁ!」
「ちょうどいいからスキルを試してみよー!」
「ぶぶぶぶっつけ本番ですかぁぁ!」
佐倉ちゃんがビビってる。当然だわな。船橋の魔物にはスキルが効かなかったって言ってたし、また効かないんだって考えちゃうよな。
ここはお兄さんが手伝ってあげよう。
「ゴブリン骨を持ってくるからちょっと待ってて」
ビニール傘を金剛杖に交換してゴブリン骨に向かう。俺に気が付いて向かってきたところを、しゃがんで迎撃。顎の下から頭蓋骨の中に金剛杖を差し込んで持ち上げる。ゴブリン骨の串刺しの出来上がりだ。持ち上げたままふたりの元へ向かう。
「うわー、守くん、お姉さんドン引きよー」
勝浦さんが眉をハの字にしてる。佐倉ちゃんも「ないわー」って顔してる。
「えー、だって安全ですよー。何かありそうだったら即収納しちゃいますから。あくまで実験ですよ、実験」
持ち上げてるゴブリン骨を揺らしてみせる。ゴブリン骨が手足をバタバタさせてるけど、オーライ。
「せ、せっかくだから試してみよっかー」
「はははい!」
乗り気ではないのが見え見えだけど、チャンスには違いない。安全に試せるのだし。
「行きます……【祈り】!」
佐倉ちゃんがスキルを使った瞬間、釣り上げてるゴブリン骨が淡く光った。数秒もしないうちにゴブリン骨は光の粒子と化して霧散した。
ただ、ゴブリン骨の頭上に白い靄が見えて、それが浮かび上がってダンジョンの天井に消えていったのを見た。思わず手を合わせた。もしかしたら成仏したのかもしれない。
南無阿弥陀仏。来世に幸あれ。
「で、できた! できた! できたぁぁぁ!!」
佐倉ちゃんが大粒の涙をぼろぼろこぼしてる。
「うんうん、できたね!」
「ふぇぇぇぇん!」
佐倉ちゃんは勝浦さんに抱き着いて大泣きした。




