33.日比谷ダンジョンでドロップ品勝負⑧
守が日比谷ダンジョンに入った次の日。午前11時半。日比谷ダンジョン入り口には制服姿の佐倉、四街道、柏の姿があった。佐倉はピンクのスーツケースを持ち、四街道は刀を入れる金属製の箱を担いで、柏は学校指定のデイバッグを背負って。
平日の昼に制服姿でダンジョンにいる学生は存在しない。学生ならばジャージだ。いるとすればコスプレだろう。
「おい、アレ」
「あの子たちって」
「獄楽寺の――」
ぼそぼそと交わされるハンターたちの声が聞こえてくる。
佐倉はそんな声など無視してスーツケースから三脚とカメラを取り出す。ゲートから離れて、待合場が見通せる場所に移動して三脚を立てた。
「ここなら全部映りそう」
「よーし、セットするゼー」
佐倉が置いた三脚のカメラ台に顔を合わせた四街道が確認すると柏がカメラをセットし始める。
「おう、早く鑑定してくれよ!」
待合場に汚いダミ声が響く。佐倉が声のほうへ顔を向けると、ギルドの若い女性職員がガラの悪そうなハンターの相手をしているのが見えた。カウンター越しではあるが手を伸ばせば届く距離であり、また女性職員は猫背ぎみで見るからに気の弱そうな印象だった。
「12階まで行ってワイバーンを倒してきたんだ。その魔石だぜ」
「えっと、その、これは、オオトカゲの、魔石、です」
「んなわけねえだろが!」
「ひぃっ」
ヤカラハンターはカウンターにどかんと拳を落とした。佐倉が目を凝らしてその魔石を見るが、大きさはゴブリン骨の魔石と変わらないように見える。
魔石は強い魔物ほど大きくなる。12階のワイバーンとなればもっと大きくてもいいはずだ。少なくとも、佐倉が見ているオーガスケルトンの魔石はあれよりも大きい。
「で、ですが。鑑定では」
「お前の鑑定がおかしいだけだろうが! 俺は唐津組のハンターだぞ? 鑑定がおかしい職員だって、ギルド長に言わなきゃならねえなぁ」
「そ、そんな!」
女性職員は泣きそうな顔になる。
「だから、これはワイバーンの魔石だって言ってんだろうが! 文句あるのか? あぁん?」
ヤカラハンターが顔を職員に寄せ、凄む。少し離れた場所にいる仲間と思われるハンターがゲラゲラ笑っている。
「うぅ……」
「こんなことで泣いてるようじゃ、ここも首になりそうだなぁ。えぇ?」
「そ、そんな……折角再就職できたのに……」
「こ・れ・は。ワイバーンの魔石だ」
「え、でも」
「ワイバーンの魔石だ。わかったらその金額で買い取れ!」
ヤカラハンターはカウンターを激しく叩いた。周囲にいるハンターは眉を顰めるが何もしない。
「こ、これは、ワイバーンの、魔石、です……」
女性職員は涙目でそう答えた。
「そうだろ? だから言ったろ?」
バンバンバンとカウンターを叩き続けた。女性職員は泣きながら書類を書いている。
佐倉はブちぎれそうだった。
守がダンジョン踏破を決意したのには職員がパワハラで自殺したことがあったが、今目の前でパワハラが行われており、またそれを止める者もいない。
「真面目に仕事してるかー」
「あ、ギルド長、お疲れ様っす!」
カウンターの奥からサスペンダーをした中年デブがのっしのっしと現れると、輩ハンターは急にペコペコしだす。すさまじい変わり身だ。
「ん、魔石の買取か。適正価格で買い取るように。決してハンターの申請を疑うんじゃないぞ?」
おびえる女性職員を見つけ、ベルトがはち切れんばかりのわがままボディで威圧する。
「返事がないぞ? わかったのか?」
「はははい……」
「……前のギルドを捨てられたお前を拾ってやったんだ。ちゃんと働かないと首だぞ」
ギルド長は首に手をやり、すっと横に振るう。あからさまなパワハラだ。
こいつと唐津のキモ親子が悪だくみしてるせいだ。
思わず一歩踏み出しそうだったが、肩に四街道の手が乗りハッとした。
「まだ、まだ早い」
四街道が首を小さく横に振る。
「そーだぞ、オニーサンが帰ってきてからでもデキッゾ」
柏にもそう言われ、佐倉は大きく息を吸って気持ちを落ち着ける。
いま暴れたら守に迷惑がかかっちゃう。あたしも大人にならないと。
「どうせこのギルドはなくなっちゃうんだし、あの人をスカウトしよう。【鑑定】を持ってるなら京香おねーちゃんの負担も減らせる」
佐倉はそう決めた。
「真面目そうな職員を根こそぎ奪ってもいーんじゃない?」
「パイセンの補佐はいっぱいほしーゾ」
その後も無理強いをするハンターが後を絶たなかった。すべて唐津組のハンターたちだ。彼女だけでなく、ほかの職員にも同じようにパワハラを繰り返している。
あいつらぶんなぐってやる。
そうこうしているうちに時計の針は12時近くなっていた。
「うわ、配信の準備ができてないじゃん」
佐倉が慌ててカメラの電源を入れ、録画を始める。配信の設定は柏だ。小湊から教え込まれて何とか覚えた。
「ゲートのあたりを中心に映してるからいいんじゃない?」
四街道が最終チェックをする。柏が小湊に電話した。
「パイセン、そっちはどうスカ?」
『映ってる。音声が小さいからマイクの設定を変えて』
「おかのした!」
小湊の確認しながら音量を調整して、オッケーも出た。
「配信開始。智、出番だよ」
「うー、緊張する」
佐倉がカメラの前に立つ。スマホで時間の確認した。11時58分。ギリギリだ。
「えっと、こんにちは獄楽寺の佐倉です。今日は日比谷ダンジョンに来てます。うちのギルド長がダンジョン踏破をしてくるので、その瞬間を配信します」
緊張気味の佐倉がゆっくりしゃべる。カメラの脇に立つ四街道がタブレットを持っており、そこには配信に対するコメントが流れていた。
――こちら那覇、よく見えてるよ
――お、何の配信だ?
――なんで日比谷ダンジョン?
――始まったばっかだろ?
――もう降参?w
――コメントしてる那覇って黄金騎士団の?
佐倉はコメントをチラ見してからダンジョンの階段に向く。
「実は、ダンジョン踏破の時間を設定してまして、勝負開始から24時間。つまり、あと1分後に踏破することになってます。それで、ここから配信しています」
スマホの時計を見ながら。
「えっと、あと50秒です」
――は?
――時間設定?
――おいおい、狂ってるなぁ
――ありえねーだろw
――24時間で踏破?
――恥ずかしくなるだけだぞw
コメントは辛らつだが、現場は違った。12時を前にして大きな音を立ててダンジョンが揺れ始めたのだ。それは床に三脚を立てているカメラも同様で、細かく縦に揺れていた。
「え、こんなに揺れるとか聞いてないんだけど!」
日比谷が揺れている。地震にしては揺れが細かく長い。
佐倉が慌て始める。待合場にいるハンターたちも「なんだ!」「地震!?」と騒ぎ始めた。
――慌てる佐倉ちゃんカワイイ
――カメラを揺らしてるだけだろw
――いや、遠くに映ってるギルド職員も慌ててるぞ?
――やらせ定期
そして時計の針が12時を指すちょっと前。ゴドンと大きな縦揺れと同時に、突然、待合場の空中にハンターが出現した。ハンターたちはドサドサドサと床に落とされる。その数、おおよそ200人。
「いてぇ!」
「何が起きた!」
「ぐぇぇ」
待合場はハンターで埋め尽くされた。その中には唐津親子もいる。
そしてゲートの先、ダンジョンの階段がある付近がまばゆく光った。




