31.備後ダンジョン譲渡④
京香さんが高速タイピングで資料化していく。京香さんの産休をにらんで、【速記】スキルを持てる人をスカウトしたいところ。これくらいならできます、とか言って赤ちゃんあやしながら仕事しそうではあるけど。
「本日の収入が8550万円で支出が1500万円なのでトータル7050万円の利益です。実際は支出がないので8550万から諸経費や税が引かれた金額になりますが、これが1日で入手可能となります」
「これだけの収入があればあの人達もハンターを雇えたんじゃないかな」
踏破すればダンジョンは消えるんだもんね。
「お金があればハンターを雇ってダンジョン踏破も可能ですが、その相場は2000万ほどからとなっています」
「たっか! そんなに高いの?」
「一番低いランクのダンジョンとはいえ最下層の魔物はそれなりに強く、リスクがある上にダンジョンボスもいます。強いパーティーほど稼ぎもいいのでこのような案件には見向きもしませんし、かといって踏破ぎりぎりの強さのパーティーでは全滅の可能性もあって手を出してきません」
「中間くらいの強さのパーティは?」
「もし大ケガでもしたら将来がなくなるというリスクが高いので 避けられています。目先の大金と今後を天秤にかけ、依頼を受けるハンターたちもいますが少数です」
「なるほどなぁ。命を懸けてまでダンジョンを踏破するってのは難しいね。じゃあ自衛隊とかは? あそこにもハンターがいるだろうし彼らがやるってのは?」
「民間から依頼を受けて自衛隊を派遣することが法的にできないんです。これを許容すると拡大解釈して無茶な要求をしてくる反社組織や活動家が出るからです」
「んんー。悪貨が良貨を駆逐するじゃないけど、悪い人たちのために役に立ちそうな事が潰されるのかぁ」
やるせない。
「忘れているかもしれませんが、ドロップ品を確定でゲットできるのは守君だけです」
「そうなんだよなぁ。なんかうちだけが儲けてる感じで申し訳なくって」
「ダンジョンという巨大なリスクを安全に排除できる守君の価値はもはや青天井で金額などでは表せないんです。妥当な報酬だと思います」
うーん、そうなのかな。もやもやっとして釈然としない。
「ギルドとして、亡くなったハンターの伴侶や孤児となってしまった子らの支援団体に毎月1000万円の寄付をしてます。もちろん赤十字にもですが、地元の自治体にも寄付をしています」
「寄付か。それはアリだね」
「税金対策でもありますが、社会に還元するのも大事かと」
溜め込んでばかりはダメだよね。
投資は瀬奈さんにぶん投げで確認すらしてないけど。大きく儲けるではなく、日常で欠かせないものを作っている会社の株を買っているんだとか。堅実だ。
「ドロップ品の活用ですが、サンダーと吹雪ブレスは葉子に覚えさせましょう。サンダーは基本的に後方にいる智も覚えていいかもしれません」
葉子ちゃんだと、サンダーも曲げちゃいそうだな。魔物のど真ん中にブレスを叩き込むこともできそうだ。
あれ? もしかして一番やばいのは葉子ちゃんだったり?
「そうすると美奈子ちゃんは?」
「あの子は魔法を勧めてもいい顔をしないかもしれません。代わりに牙を混ぜた軽量な防具のほうがいいかと」
「あー、武器はあるもんね」
師匠たる零士くんからもらった宝物だからね。あれ、美奈子ちゃんしか使えないらしいし。寝てる時も離さないんだとか。
「さて、ダンジョンの確認も終わりましたので」
メイドさんが服を脱ぎ出した。お楽しみの時間だね。
お世話いたしますぞー。
お風呂で隅から隅まで綺麗にしておいしい夕食をおなか一杯食べて夜のハンター祭りをすればベッタベタになるのでまた露天風呂のフルコースでございます。
京香さんをデロデロにふやかしたぜ。
翌日。何事もなかったかのような涼しい顔したメイド服の京香さんと新幹線に乗って東京駅まで戻り、そこから東金駅を経由する高速バスに乗り継いだ。お尻が痛くなってしまった。都会人にはなれないな、俺。
「お帰りー」
瀬奈さんに東金駅まで迎えに来てもらった。おなかも大きくなってるのにごめんね。
「瀬奈先輩、寺についたら会議です」
「やっぱりそうなるのねー」
「守君が動いたら普通じゃなくなるので」
奥様方がヒドイ。
寺に戻って零士くんに声をかけて母屋でおやつタイムという名の会議だ。今日の茶菓子は広島銘菓を根こそぎ買ってきたのでそれだ。いくらでも収納できるからと買いすぎただけなんだけど。
ちゃぶ台にはお茶ともみじ饅頭各種。席に着くは俺、瀬奈さん、京香さん、ショタ零士くんだ。うちの大人の主戦力といえる。智が卒業すればこのメンツに加わるはず。
「これが出張先での報告書です」
京香さんがプリントした資料を配る。ゲートの買い取りと金額、ダンジョンの特徴と階数、出てくる魔物と写真、ドロップするアイテムと予想価格。俺は実際にドロップした物を出した。
零士くんが「ほぅ」と呟き、瀬奈さんが「へー、この魔物からこれがー」と感嘆の声をこぼす。
「まず零士さんに魔物の強度を推し量っていただきたく」
「任せとけ。サーベルタイガーは戦ったことがあるが白狼はねえな。楽しみだぜ」
「瀬奈先輩には、アイテムの扱いを相談したく」
「おっけーよー」
もみじ饅頭をつまみながら会議はつつがなく進んでいく。
「これで所有するダンジョンが2個になっちゃったけど、守くんの負担は大丈夫なのー?」
瀬奈さんが心配そうな顔で伺ってきた。ダンジョンの使用方法の前に俺の心配をしてくれる。
当たり前、なのかもしれないけど、すごく嬉しい。
「特にはないですね。収納しているものと同じ感覚ですね。不安といえば、ダンジョンの数が増えると所有していることも忘れちゃいそうなことですかね」
お茶をずずっとすする。甘いお菓子には緑茶だぜ。
「ダンジョン一覧と売り上げを調べればわかることなのですが、ダンジョンができてしまったことで厳しい生活になっている方々は多いと思われます」
「ってことは、今後増えそうってことよねー。今回はお願いされてダンジョンを譲渡された形にしてるけど、どうしようかしらねー」
京香さんと瀬奈さんが俺を見てくる。
うちみたいな小さなダンジョンは全国で100以上あるらしい。山の奥深くとかで見つかってないダンジョンも考えられるから実際の総数は不明。
全部を何とかしろと言われても厳しいけど、すべての小さなダンジョン管理がうまくいってないわけでもないらしい。うちみたいにうまく回ってるところはウハウハなんだって。
「俺としては、ダンジョンというリスクを排除してわずかでも幸せに手が届くのであれば、何かしたい」
横島夫妻の希望を見失った顔が目に浮かんで胸が痛くなる。何とかしなきゃいけないよな。
「持ち帰ったダンジョンは鍛錬場として活用はできるが、数が増えると扱いがな。国が騒ぎ始めるだろう。僅かかもしれねえが魔石の納入も減るしな」
魔石は発電に使用されてて、うちにある小型化された魔石発電機はオフィスとか商業施設にも適応できるし、個別電源は災害に強い。充電に問題がなくなれば電気自動車と電気バスも増えるだろうし。じつは小型魔石発電機をダンジョンに持ち込んで休憩室を作ろうかと画策してたりもする。
ともかく、魔石の需要は右肩上がりだ。
「どうするかはおいおい考えるとしてだ、俺はダンジョンに行くぞ!」
戦闘民族は我慢できなかったようだ。




