31.備後ダンジョン譲渡②
部屋の外が騒がしくなり、どたどたと複数の足音が聞こえてくる。
「あなた!」
涙ぽろぽろの奥さんと、京香さんくらいの年頃の男性が入ってきた。彼が息子さんだろう。お父さん似だ。
よかった、治ったようだ。
ひとしきり礼を言われ、落ち着いたころ京香さんが口を開いた。
「ゲートもこちらで引き取ってよいでしょうか?」
「そ、そんなこともできるんですか?」
「ゲートはギルドの所有物です。ダンジョンがなくなれば不要でしょう。こちらで買い取ります」
京香さんの提案に、横島夫妻は声を揃えて「お願いします」と答えた。
「大きな金額の現金は持ち歩けないのでギルドの口座へ振り込みます」
「はい」
京香さんはタブレットを取り出してすごい速度で指を動かす。これも【速記】スキルだとか。こっちのスキルのほうがよっぽどすごいと思うんだよね。
「すごいスキルではありませんが守君のサポートには欠かせないスキルになってます」
そう言いつつタブレットを見せられた。振込の画面で、金額は1000万円となっている。
ゲート設置の時が700万くらいだったのでかなり割高だけど、たぶんこれ餞別的なお金も入ってるな。
それなら。
「1.5倍にしよう」
「承知しました。ご主人様」
タブレットの金額を修正する京香さんが暴走した。
「それは勘違いを誘発するから」
「私は守君の妻でギルド長に雇用されているのでご主人様と敬称することに違和感はございません」
「正論っぽく言ってもこじつけだからね?」
ほら、横島夫妻がびっくりしてるじゃん。
「この金額で買い取りいたしますがよろしいでしょうか?」
「あの、多すぎませんか?」
タブレットを見せると横島夫妻が伺うように顔を上げる。
「適正価格と考えてます。新しい生活の準備の足しにしていただければ」
「息子の怪我のみならず先の支援まで……ありがとうございます」
横島夫妻はテーブルにつくくらい頭を下げた。
その後はダンジョン譲渡の契約書を交わして外に出る。買い取ったのはあくまでゲートでありダンジョンは譲り受けた形にする。税金を問われればうちが負担する形だ。ダンジョン税なんてないけどね。
ダンジョンは、駐車場にある物置の中にあるようだ。
「映像の記録を取ります。獄楽寺ギルドの公式サイトで公開いたします。ダンジョンがなくなることを信じない人が出るでしょうが、現地にダンジョンがなくなるので疑う人も黙るでしょう」
京香さんが説明している傍らで三脚にカメラをセットする。カメラの電源を入れ、三脚を動かしつつ映る範囲を調整する。余計なものは映らないほうがいいからね。
「よし、これでおっけー」
「ギルドのサーバに繋ぎましょう」
カメラとタブレットをつなぎ、ギルドのサーバに繋ぐ。リアルタイムでも公開する。
京香さんがスマホで電話をかけた。
「京香です。瀬奈先輩、映像はどうですか?」
『おっけーよー』
「では開始しましょう」
という時、ダンジョン反対の垂れ幕がある家からジャージのおっさんが出てきた。横島夫妻の顔が強張る。
「おいお前ら、何してんだ! ダンジョンで怪しいことでもするのか?」
いきなり高圧的だ。
「いきなりなんですか? 礼儀知らずのお猿さんですか?」
うちの辛辣メイドさんも負けてなかった。
「さ、さるだと!」
「おや、猿ですらないのですね。お猿さんに失礼でした」
「な、なんだとぉぉぉ!!」
おっさんが激昂した。煽り耐性が足りないみたいだ。
「ダ、ダンジョンを、無くすんですよ! あなた方が要望したとおりに!」
横島旦那さんが叫んだ。腰が引けてるのは、今までこの調子で絡まれていたからだろうか。ギルティだ。
横島さんを庇うように前に出る。
「部外者はそこで眺めていてください」
「あ?」
「日本語の通じない日本人がここにもいた」
「守君、アレは日本人ではなく豚です」
「な、なんだとぉぉ!」
おっさんが拳を振り上げて寄ってきたので【説法】で眠らせる。ごろんと道路に転がった。往来の邪魔だから端に寄せとこう。こいつの処罰はあとだ。
「さて始めましょうか」
さっさとやろう。
京香さんがカメラに、俺がダンジョンのゲート前に立つ。金属製の金剛杖を取り出し石突を地面につけ精神統一だ。
「録画開始」
「えー、獄楽寺ギルドの坂場守です。今日は広島県福山市の備後本庄にきています。見えているのはダンジョンの入り口です。現在時刻は11月29日14時40分。いまからダンジョンを撤去します。まずはゲートから」
説明しつつ先にゲートを収納する。ゲートで遮られていたダンジョンへの石造りの階段が見えた。うちと同じで狭い階段だ。
立ち合いの横島夫妻が睨むように階段を見ている。ゲートが消えたことなんて眼中にない。相当な恨みだ。
合掌。
「では、ダンジョンを撤去します」
「南無阿弥陀仏」と唱えながら石造りの階段にコツンと金剛杖を当てる。収納と念じれば、あっさり階段は消えた。ぐわーっと何かが入ってくる感触があったけど、それもすぐに消えた。
【収納:備後ダンジョン×1】
後に残ってるのは駐車場のコンクリートだ。
【→所有する? Y/N】とあるのですぐに所有を選んだ。野放しにはしないよ。
「は、ははは……」
横島旦那さんがふらふらと階段があった場所に歩いていく。ガクっと膝をつき、コンクリート面を撫で始めた。
「ない……階段がなくなった……」
コンクリートにはぽたぽたと水滴の跡が。奥さんはその場にへたり込んでしまった。
「これで、これで夜もおびえなくて済むのね……」
やっぱり、相当の負担になってたんだ。
そりゃそうだ。24時間スタンピードの恐怖におびえて管理しなきゃいけない。しかも定期的な間引きも必要だ。近所から苦情もあることだし。
うちは俺のスキルもあるけど、瀬奈さん京香さん智と俺に足りないものを補ってくれる人がいた。だからこそ何とかやってられる。俺と父さんだけならこうなってたはずだ。
感謝してもしきれない。何で報いたらいいやら。
せめて幸せにしよう。
「物置も撤去しますか?」
「お、お願いします。もう見たくもないんです!」
「わかりました」
物置も収納した。これは何かに使えるかな。
物置があった場所はその形に汚れがついちゃってる。洗えば落ちるでしょ。
「これにて、ダンジョンの撤去を終わります」
録画も停止し、カメラを片付ける。これで完了だ。
「何か不都合などあれば寺に連絡をください」
名刺を渡した。




