31.備後ダンジョン譲渡①
ハンター祭りの二日後。まだネット上では興奮が収まっていなかった。学校では盗撮まがいの不審者が拘束されたりと悶着している。ただし、盗撮される側の生徒がハンターなので片っ端から捕縛してるみたいで智も何人か捕まえてる。
獄楽寺は平穏だったけど、その獄楽寺ギルドに一通のメールが届いた。
「1年ほど前にダンジョンが出現して、なんとか管理してきたが先日息子が大ケガをして心が折れた。
何とかできないだろうか」
悲痛な内容だった。
「場所はー?」
「広島県の福山市です。最寄り駅は備後本庄駅」
「あった。ここねー。確かに個人宅にできてるわねー」
瀬奈さんが全国ダンジョン検索でメールの真贋を確認してるけど、確かにダンジョンはあるようだ。
「ギルド員は夫婦と長男長女の4人でやってるみたい。スタンピードの発生はないみたいだけど、結構苦労してるわねー」
「近隣にはダンジョン批判する住民もいて、こちらにも悩まされてるみたいです」
「それで主力だった長男が大ケガじゃー、いやになっちゃうのもわかるわねー」
瀬奈さんも京香さんも大きなため息をついた。
気持ちはよくわかる。頑張りに頑張りを重ねて伸び切った気持ちが疲労で切れちゃったんだ。対岸の火事じゃない。うちだっていつそうなるやら。
ダンジョン批判ってのは、危険なダンジョンが近所にあるなんて許せない何とかしろって身勝手に無理を主張する人たちのことだ。
「ダンジョンなんて自然災害と一緒なのにねー」
「どうにかできるならとっくにどうにかしてます。まったく愚かすぎます」
「守くーん。どうするー?」
「対処しましょう。母さんみたいな人を増やしちゃだめだ。でも、日帰りじゃ厳しいですよね」
日帰りしたいけど、向こうでどれくらいの時間がかかるか不明だもの。ぱっと済めばいいけど、あーだこーだ言われると時間を浪費しちゃう。
「新幹線でも飛行機でもかかる時間に大差はありませんね。便の融通が利く新幹線がおすすめかと」
「それでも一泊はしないと厳しいわねー」
「宿泊前提として現地での時間を最大限とれるようにしましょう」
リアルタイムで計画が練られていく。最優先は墓地ダンジョンの管理であり、それを損なわないスケジュールの必要がある。
「零士くんにもお願いしないとね」
「まずは先方に連絡を取って日取りを決めます」
獄楽寺ギルドはにわかに忙しく動き始めた。現地に行くのは、俺と京香さんになった。おなかの大きな瀬奈さんはお留守番だ。
俺がいないと始まらないけど、先方と話をするのは荷が勝ちすぎる。そのための京香さんだ。
俺も早く戦力にならなければいけない。
「お泊りデートです」
仕事というか、そっちのほうが主目的になりつつある京香さんではあるが。
翌日、朝二番くらいで駅へ送ってもらい、そのまま東京駅へ向かう。大きな荷物はすべて収納したので京香さんがポシェットを持っているくらいだ。なお、相変わらずのメイド服だ。
もう寝る時間以外はメイドさんとして過ごしていて常にご機嫌なのでヨシなのだ。
俺? 変わらず作務衣だぜ。
「すごい人だー」
東京駅で人波でおぼれかけた。どこから湧いてくるんだこの人らは。あ、俺もか。
どうにか新幹線に乗って座席でアメーバになってる俺。
「グリーン車もそれなりに混んでますね。ここに愛情たっぷりな膝枕がありますが、ご主人様?」
「ヨキニハカラッテクダサイ」
俺はすでに屍である。合掌。
3時間半ほど乗って福山駅について、そこから乗り換えてひと駅が目的地だ。備後本庄駅という駅だけど、寂しくって親近感がわく駅だ。
駅の周りはすぐに住宅街で、5分ほど歩くと連絡のあった備後本庄ギルドについた。
普通の戸建てに、駐車場部分にちょっと大きめの物置がある、違和感あふれる住宅だ。向かいの住宅には【ダンジョン反対】の垂れ幕があった。
なにやらいやらしい視線を感じる。
反対したってダンジョンはなくなってくれないのにね。ダンジョン管理に協力してくれた方が安心だと思うんだよね。人の考えはいろいろあるから強制はできないけど。
玄関のインターホンをならせばすぐに応答がある。連絡はしてあるのですぐに中に入った。
「初めまして、獄楽寺ギルド長の坂場守です」
「ギルド職員兼妻の小湊京香です」
対するのは横島夫妻だ。50歳くらいの夫婦で、白髪が多く見える。体質なのかダンジョン管理の苦労なのか。両方かな。
「遠いところわざわざありがとうございます」
深々と頭を下げられた。
「メールの内容の確認ですが――」
京香さんがメールの内容を読み上げて齟齬がないかをチェックしていく。
「ポーションが入手できないとありますが、これはまだ入手できていませんか?」
「えぇ、手は尽くしてるのですが、最寄りの一番大きなギルドでも不足気味で、我々にまで回ってこないんですよ」
横島旦那さんが苦い顔になる。
「後遺症が残りそうなので、今後どうしたらよいのか……」
奥さんが目に涙を浮かべた。
とすると、息子さんは今でも大ケガか。
京香さんに目配せされたので収納からポーション2本ときれいな包帯を取り出す。
「ポーションをお納めください。これで息子さんのケガもよくなると思います」
「あ、ありがとう、ございます……でも、よろしいのですか? ポーションなんて貴重なものを」
「えぇ、問題ありません。息子さんがいらっしゃるならすぐにでも」
「は、はい!」
奥さんが飛ぶ勢いで立ち上がって部屋を出て行った。
「息子さんのケガは治るでしょう。この上で確認いたしますが、本当にダンジョンを撤去いたしますか?」
気が変わるかもしれないからの確認だ。
残った横島旦那は力なく首を横に振る。
「もう疲れました。もしダンジョンが無くせるなら、引っ越そうかと考えてます。無くなった後もいろいろ言われそうですし」
ほとほと苦労したんだろう。声も疲れ切っていた。
「近隣からは反対されているが我々ではどうしようもない。小遣い稼ぎ感覚でハンターが来ることもありますが、毎日来るわけでもないので管理する上で助力とはなっていませんし。なくせるものならなくしてしまいたい」
テーブルに言葉を落とすように、訥々と語られる。
「心中お察しいたします。関係ない立場の人ほど強い言葉を使ってきますからね」
「そう、そうなんですよ! ダンジョンは勝手にできたのにうちのせいにしてくる人もいるし。そんな人に限って地元の人じゃないんですよ!」
横島さんが憤慨し始めた。鬱憤がたまりすぎてる。気持ちは痛いほどわかるよ。




