29.黄金騎士団の鍛錬③
「ハッ!」
「ふっ!」
合図と同時に零士さんが踏み込んで一気に間合いを詰め、大蛇丸を振り下ろす。那覇さんは下がることで避けるも零士さんは止まらない。下げたままの刀でそのまま切り上げる。つまり峰のままだ。反転しない分速い。筋力にものを言わせた暴挙だ。
「クッ!」
「甘い!」
かろうじて剣で受けた那覇さんだけど後方に弾き飛ばされた。
そんな隙を見逃す零士さんなわけもなく、勢いのまま斬りかかる。
「魔物に常識は通用しないぞ!」
「はいっ!」
ガキンと那覇さんが剣で大蛇丸を受け止めた。零士さんの剣戟を受け止められるのはたぶんスキルだろう。ふと横を見れば、うらやましそうな顔をした美奈子ちゃんがいた。
零士さんはいったん下がり間合いを取る。
「ずいぶん楽しそうだなスグル」
「めっちゃ楽しいです!」
「そうか!」
そんな言葉を交わしながら斬り合うふたり。零士くんは闘刃で牽制したり体を低くして那覇さんの剣戟を掻い潜って蹴りを入れたり周囲の木を利用した三次元的機動で翻弄する。
「は、速い!」
「なにしてるかわかんねー」
「人間の動きかよアレ!」
「那覇さんが押されてる!?」
黄金騎士団の若手が驚愕の声を上げた。中堅どころもただただ見つめてる。
苦戦している那覇さんだけどすごく嬉しそうだ。顔も紅潮してて、推しにあった強火のファンみたいだ。
「ふふ、通用しないばかりか裏をかかれる! でも!」
那覇さんの動きが速くなった。スキルを使用したようで、速さは零士さん並みになった。
「フッ!」
「見える!」
高速で切りあう音だけがダンジョンに響く。刀も剣もブレて見えるし、何やってるのか俺にはわからん。それでも零士さんは下がらずすべてを捌き切ってた。
「やっぱりすごい!」
那覇さんが興奮気味に叫ぶ。
数回切り結んだのち那覇さんが突撃するフェイントをしかけ、剣からレーザーを出す。
「ふん!」
零士さんは左手で闘刃を放ち、歪ませた空気でレーザーを逸らした。驚きで那覇の動きが止まる。
「スグル、ユニークスキルとはいえ必ず通用するわけじゃないと言ってあったろう。それに出すときの癖が抜けてないぞ。目標から視線をずらしておけと言ったろうが」
「……そうでした、そうでしたね。覚えてくれてるんですね」
何かを思い出したのか那覇さんが涙ぐむ。こぼれそうな涙を腕で荒く拭いた。昔の指導を思い出したのかも。
「那覇さんのレーザーが……」
「何者だよアイツ!」
ざわつく団員たち。美奈子ちゃんは、一瞬たりとも見逃さないと微動だにしない。
「ちょっと坂場くん。あれって」
宮古さん(黒髪ポニテ)に肩をつかまれた。彼女たちは知らないみたいだ。
「那覇さんがまだ駆け出しだったころに世話になったみたいですよ」
「は?」
「俺からは言えないので那覇さんから聞いてください」
那覇さんにとっては思い出との対決なんだよ。俺からは言えない。
その後も零士さんの機動に翻弄されつつも那覇さんはなんとか攻撃を凌いでいく。
「那覇さんがんばれ!」
「リーダー負けるな!」
「スグルいけー!」
苦しそうな顔の団員から檄が飛ぶ。飛び出したいのを我慢して見守ってるんだろう。
那覇さんは慕われてるなぁ。
「スグル、いい後輩だな」
「えぇ、頼もしい後輩たちです!」
鍔迫り合いからお互いに距離をとる。
「ふぅ。5分だ」
零士さんが大蛇丸を肩に担いだ。さすがの零士さんも息が荒い。那覇さんは肩で息をしている。
「ありがとうございました!」
那覇さんが深々と礼をした。零士さんが歩み寄る。
「スグル、いい男になったじゃねえか」
零士さんは大きな手で那覇さんの頭をぐりぐりする。那覇さんは嬉しそうに微笑む。
「まだまだですよ。でも兄貴の背中くらいは見えた気がします」
「ハッ、言うようになったな」
零士さんの声も嬉しそうだ。
「那覇さん!」
「リーダー!」
駆け込み寺から団員が駆け出していく。さすがに妊婦さんらはゆっくり歩いて行ったけど。さてこれも消そうかね。
「師匠お疲れ様です」
美奈子ちゃんだけが零士さんに駆け寄ってタオルを渡してる。まぁ当然なんだけどね。
「久しぶりに楽しめた」
「わたしが強くなったらお願いします。女相手にできねーとか言わないでくださいね?」
「ま、そのうちな」
そっけない返事だったけど、零士さんの声は楽しげに聞こえた。
獄楽寺からの帰りのバスでのことだ。那覇の隣に座っているヤンキー姉御の与那国が声をかける。
「スグル。あの怪しい侍ってのは、スグルの知り合いか?」
「そうよ、説明を頂戴よ」
「わたしたちに内緒は認めないわよ?」
那覇は3人のポニーテールズに問い詰められる。バス内にいる団員もこっそり耳を傾けていた。
「これから話すことは口外しないでほしい。口外したらもう僕が稽古をつけてもらえなくなるからね」
クランリーダーからのお願いという形の命令だ。
「僕がハンターになったばかりの頃さ。ユニークスキルを得た僕は、ダンジョンでも敵なしでね。ちょっと天狗になっていたんだ」
ハンターになりたてが行ける範囲はまだ浅い階で魔物も強くはない。そこにユニークスキルを持っていれば無双も当然だった。万能感に酔いしれるのも致し方ない。
「いま考えれば恥ずかしいんだけど、僕が一番強いんだってすっかり思い上がっていてね。当時一緒に行動してた友達も僕を持ち上げてたってのもあったんだけども」
「その友達関係か?」
「いや、彼らはもう生きてなくってね」
「……ワリィことを聞いた」
与那国がばつの悪い顔をする。
「そのころ、ハンターの中でものすごく強い人がいて、たまたまダンジョンで会うことがあってね。思いあがっていた僕は試合を申し込んだんだけど、ボロクソにやられたよ。僕のユニークスキルも難なく対処されちゃってね。そりゃーもう容赦なくボッコボコさ」
那覇が過去の暴挙を思い出し苦笑する。
「その時に、魔物は手加減なんてしてくれねーぞって言われて目が覚めたんだ。あぁ、あれでも手加減してくれたんだなって」
ハハハと那覇は笑う。
「それから僕はその人に教えてくれって付きまとったんだよ。当時の僕は、迷惑だって考えもできないくらいガキだったけど、その人は空いてる時間ならいいぞって言ってくれてね。相変わらずコテンパンにやられるんだけど、やる度に『ここはいいけどそこは直せ』って言ってくれるんだ。ぶっきらぼうだけど、やさしい兄貴だった」
那覇が何となく視線を上にやる。
「1年くらいで稽古をつけて貰えなくなっちゃったんだけど、今日、本当に幸運なことに、また稽古をつけてもらえたんだ。前は相手にもならなかった僕だけど、なんとか彼の背中くらいは見えるまでには強くなれたって、分かった。いい男になったって褒めてもらえたよ」
那覇がふふっと笑みをこぼす。
「そうか。そんなすげーヤツだったのか」
与那国が腕を組んで感心する。
「手加減はなかったと思うけど、まだ全力ではなかったかな」
「まじかよ。どんなバケモンだよ」
「すぐる君。私はそんなすごいハンターは知らないわ。そんな人が何故知られてないのかしら?」
金髪ポニテの石垣が疑問をぶつけた。当たり前の疑問だ。
「僕には知りえないことだけど、色々あるんだと思うよ。だから、僕らが騒ぎ立てていいことではないんだ。みなもお願いだよ?」
那覇がそういうと団員は黙って頷いた。
楽しそうに戦い、浸るように思い出を語るリーダーの邪魔をしてはいけないのだ。
「そういえば女の子がいたわね。シルクの時にモデルやってた子ね」
黒髪ポニテの宮古が顎に手を当てた。「いたな」「綺麗だった」「スゲー巨乳」との声が聞こえる。
「彼女は弟子だって。まだ高校生だけど、強いよ。僕の駆け出しのころよりもずっとね」
「佇まいで分かりましたわ」
「じっと見てる時もまったくぐらつかなかったしな」
「ありゃ基礎をみっちりやってるな」
四街道の評価がぐんぐん上がっていく。
「スグルはいいのか?」
与那国が不安そうな顔をする。彼も弟子になりたいというのではないかと心配なのだ。那覇は首を横に振る。
「僕は僕の思うように強くなるつもりさ。スキルが違えば目指す戦い方も違ってくる。それに、僕はクランを率いる立場だ。みなを導くのも僕の目標だしね。稽古の時、皆に応援されて本当に嬉しかったよ。これからもよろしく頼む」
那覇は優しく微笑んだ。




