26 ダンジョンで鍛えよう 午前の部⑤
「別に今すぐできろというわけじゃねえ。そのイメージを持ちながら矢を放つ練習をしていくんだ」
「練習。練習」
「よし、やってみろ」
零士くんが太田ちゃんの背中を押す。零士くんの肩の位置的にはお尻になっちゃいそうだけど一生懸命背伸びして手を伸ばしてた。
「弾丸の速さ。弾丸の速さ。イメ-ジ。イメージ」
太田ちゃんは念仏のように唱えながらクロスボウを構えた。そのまま的の低木にクロスボウを向けてじっと動かない。近くでは鉄パイプをたたく音がしてるのにすごい集中力だ。こっちも息を止めちゃいそうになるほどだ。
太田ちゃんは無言で矢を射った。
矢の速度はこんなもんでしょって速さだったけど、半分に差し掛かったあたりで加速したように感じた。矢は的の低木を外しちゃたけど何かをつかめたようで、的をみつめる目には力を感じる。
クロスボウに次ぎの矢をセットし、低木に放っていく。放った瞬間から前よりも速く、その速度のまま的の低木に刺さった。
「……よし、当たった」
太田ちゃんが小さくガッツポーズをする。「弾丸のイメージ」と呟きながら矢をセットしては的に射っていく。何かをつかんだのかもしれない。
剣の方はといえば。
「くそ、手がいてぇ!」
「よっしゃ、少しだけど曲がったぜ!」
「やぁぁぁ!」
「剣が折れた……」
うまくいってない子もいるけど、めげないで繰り返してる。
「よーし、そろそろ休憩だ」
おっと用意をしないと。テーブルと椅子を取り出していく。
おやつとしてポテチとかワッフルとかどらやきとかしょっぱいのと甘いのを混ぜたものと冷えた麦茶を持ってきた。瀬奈さんと京香さんにはあまり冷えてない麦茶だ。
緊張で精神的に疲れたのかみんな椅子の背もたれに寄りかかってるけど、腕だけ伸ばしてお菓子を取っては食べてる。お疲れさまだね。
「食いながらでいいから聞いてくれ。休憩したらゴブリンと1対1で戦ってもらうが、ゴブリンと戦ったことがないやつはいるか?」
零士くんが椅子に立ちながら問うが反応はない。みな船橋で戦ってはいるようだ。
「あの、俺、ソロだときついかもっす」
ポニテの館山君が手を挙げた。
「スキルはなんだ?」
「【怪力】です。思いっきりやると剣が折れちゃうんで、いつも囮やってました」
「なるほど。ハンマー系のほうがいいかもしれんな。守、何かないか?」
俺に振られてもなぁ。
「うーん、オーガのこん棒とか頑丈だけど2メートルもあるからかなり重いよ?」
一応実物を取り出してゴトンと地面に転がす。めっちゃ硬くて俺の胴体くらい太いこん棒だ。
「持ってみろ」
「うす」
館山くんが立ち上がってこん棒を拾う。結構重いはずなのに軽々と持ち上げた。
「重いけど振れないほどじゃないか」
「試しに鉄パイプを殴ってみろ」
「うす」
館山君は大きなこん棒を肩に担いでのしのし歩いていく。なんか山賊みたいだ。
鉄パイプの前に立ち棍棒を構えた。
「行きます! うりゃぁぁ!!」
こん棒が鉄パイプに当たると、鉄パイプはゴキャと折れた。ぽっきり折れた鉄パイプが地面に転がる。
「あ、これいいかも」
館山君はちょっと嬉しそう。ブンブン振り回してる。
おかしい、あれを使ってたのはオーガで、彼の身長の倍くらいある魔物だ。自分の身長を超える棍棒を振り回すとか、バグってるなぁ。
「今日のとこはそれを使ってくれ。普段使いように鉄のハンマーか棍棒を用意した方がいいかもしれんな」
「うす!」
「あー、こんな感じで、スキル次第で適正武器が変わる。今はダンジョンに入ったときに得たスキルだけだが、5レベルごとに得るスキル次第で武器は変わるかもしれん。今のスキルがあまりよくないからと言って落胆するのは早い。俺としては、レベル10のスキルを得てからでも遅くないと思ってる。少なくとも、次にスキルを得てから戦い方を考えるのでいいと思うぞ」
「ああの私、次のスキルが【忍耐】だったんですけど、これはどうすればいいんでしょうか」
太田ちゃんがおずおずと手を挙げている。そっか、ポニーはレベル5を超えてるんだったね。
「太田は、【射撃】に【忍耐】か。スナイパー向きなスキルだな。接敵前に魔物の数を減らすとか、サポート役で魔物の集団を攪乱させるとか、魔物の注意をひきつけてスキを作りアタッカーがやりやすいようにするとか。【ヒール】とか【キュア】の魔法を覚えてスキルで飛ばして仲間の傷をいやすとかもできそうだな」
零士くんがこっちを見てくる。なんでさ。
「……師匠、こっち見ないで。さすがに【ヒール】はないよ?」
「そのうち入手しそうだなって思ってな。太田、そう悲しそうな顔をするな。全員が前衛だと壁にぶつかるのも早い。パーティ内での役割分担が重要になってくる。その時にお前のスキルが光る。大器晩成型だと思っておけ」
「は、はい……」
返事はしたものの大田ちゃんの顔は不安そうなまま。でも、射撃スキルを持ったハンターが零士くんのパーティにいたとなれば必要な役割があるってこと。先が見えなくて不安なんだろうけど、それはレベル10のスキルを得てからでもいいのかも。
「太田。もしハンターになるのが不安ならうちで職員兼任するってのもありだからねー。そう思いつめないのよー。レベルが上がって新しいスキルを覚えたら考えも変わるかもしれないしー」
「あ、はい。ありがとうございます!」
瀬奈さんからの助言で太田ちゃんの顔が少し落ち着いた。俺もこんな言葉を駆けられるようなにならないとな。
「うちはいつでも職員募集してるから」
こんなことしか言えないけど、これで少しでも気が休まればいいな。




