26 ダンジョンで鍛えよう 午前の部②
ハンター祭りまであと1週間ほどの金曜日。授業を終えたハンターのヒヨコたちが寺にやってきた。智ら3人にポニーの4人に男子5人の総勢12名の大所帯だ。ほぼクラスの半数だとか。巻き込みすぎたかもしれない。
駅へは10人乗りハイエースと瀬奈さんの軽でお迎えだ。武器もあるし着替えもあるしで大荷物なのですべて俺の収納へINだ。
「すげぇ……荷物が消えた」
そんな声が聞こえたけどスルーだ。夕食の時間も迫ってるから急がないと。
寺についたら部屋の案内を瀬奈さんと智に任せて俺は調理の続きだ。寮の大きなキッチンで調理だ。
「おー、個室だ」
「トイレも風呂もあるじゃん」
「1階に浴場もあるから、どっちでもいいーわよー」
「俺はそっちがいいな」
「荷物を置いて着替えたら1階の食堂に集合。いいわねー」
という声が聞こえてくる。大きな空間が食堂兼休憩所しかないからさ。そこで誓約書を書いてもらうんだ。
調理してるとどたどたと男子が階段を下りてくる。すぐにポニーの4人も来た。瀬奈さんたちも到着したので好きに座ってもらう。なお、柏兄妹は帰宅した。あのふたりはいろいろあるんだよ。
京香さんがキッチン前にきて両手を挙げた。今日も可愛いメイド服だ。
「はい、注目。知っている人もいるかと思いますが小湊京香です。4月には名字が坂場に変わります。さてこれから誓約書を配るので内容の説明をしたいと思います」
おなかが目立ってきた瀬奈さんは立会人ポジションで、智と美奈子ちゃんがひとりひとりに用紙を配っていく。俺はひたすらキャベツを刻んでる。
「内容ですが、特に難しいことは書いていません。ここで見たことを口外しないこと、を約束して欲しいだけです」
「……破ったらどうなるんです?」
ぽっちゃり太田ちゃんが不安げに声を上げた。みなも顔を上げている。
「漏らしてしまった情報のレベルにもよりますが、跡形もなく消し去る可能性もあります。それほど漏れると危険な情報もあります」
「跡形って……」
「漏らさなければいいだけの話です。あなた方が今後所属するかもしれない、世にたくさんあるクランでも内部の秘密は守らなければなりません」
食堂が静まり、俺の調理の音だけが響いてる。なお、今日はハンバーグで60個ほど焼いてる。焼いたものはすべて収納してるので熱々で提供可能なのさ。
「……千葉、あんたどんなんだか知ってるんでしょ?」
「あー、俺もすべて知ってるわけじゃないし、本当にやばそうなのは教えてもらってない。四街道、あれって師匠関係だろ?」
品川ちゃんが近くにいる千葉君に問うと、すぐに答えがあった。そして千葉君が美奈子ちゃんを見る。
「師匠関係だけね。千葉はちょっぴり知ってるだけ。わたしと智はほぼ知っちゃってるけど、口外する気なんてさらさらないわ。そんなことしたら師匠に教えてもらえなくなっちゃうもの」
「そうだよな。俺は師匠の名前も知らねーし、ってか聞くなって言われてるしな。これも俺に被害が及ばないようにするためなんだろ?」
「そうね。聞かないほうがいいわよ」
「そうするぜ。俺もまだまだ教えてもらいてぇ」
美奈子ちゃんの答えに千葉君は納得した様子。
今度は瀬奈さんが口を開く。
「ダンジョンについてはいくら言っても問題ないわよー。先日守くんが持って帰ったダンジョンについても特に口止めしないわよー」
「持って帰ったって、ダンジョンって持てるんすか?」
「守くんしかできないけどねー。その辺は明日実際に見てもらうしー」
どうするどうすると仲間内で相談が始まる。
「タケ、師匠ってやばい人なのか?」
「やばくはねえ。強さの次元が違うだけだ」
「次元が違うって、どんだけだよ」
「俺が素手の師匠に斬りかかっても避けられて足払いで転がされたりデコピンされたりでぼこぼこにされるくらいな」
「デコピンって」
「デコピンで出血したからな。どんな動きしてるのか見えねえし」
「まじかよ!」
喧々諤々話し合いが続く。ただ、ポニーの4人は「うちがやることだから常識外だ」と割り切っているのか、さっさと誓約書にサインしてた。
結局、全員誓約書にはサインした。食堂の空気も穏やかになった。
「さてじゃあご飯にしようかね。バイキング形式にするから真ん中にテーブル4つ並べて」
頃合いを見て俺が声をかければ智らがすすっと動き、それを見てポニーが、Aチームが動き始めた。父さんも一緒に食べるのでテーブルを確保する。
「食べる場所はどこでもいいからね」
並んだテーブルに保温用の大型ホットプレートを5個出してハンバーグを載せていく。ソースも洋風和風に大根おろしも。キャベツの千切りを入れたボールとトングも添えてね。炊飯器は4つ。計20合炊いたぜ。味噌汁も大量に作った。
片付けが楽になるように厚めの紙皿をたくさん。飲み物は冷蔵庫にいろいろあるからお好きに。
「うむ、今日もにぎやかだな。初めまして守の父で司といいます。住職なんぞやっております」
母屋から父さんがやってきた。続いて零士くんも。ショタ武者姿にどよめきが広がる。
「……師匠と呼んでくれ」
零士くんがあいさつと同時に圧を飛ばすと、食堂が一気に静かになった。もちろん黙らせるためだ。
Aチームはもちろんポニーの4人も震えている。俺もブルっと来たからね。
「……やべぇ。ちびったかも」
「言ったろ、師匠は次元がちげーんだよ」
「まだ腕が震えてんだけど!」
Aチームが騒がしいけど零士くんの強さは理解できた様子。
父さんが席に着き、同じテーブルに零士くんも座る。ショタ形態なので子供用の椅子だけど。
「妊婦さんもおるのでお手柔らかに頼みますぞ」
「ふたりには圧を飛ばしてはおりませんので、大丈夫かと」
「ほっほ、さすがですなぁ」
零士くんと父さんがのんきな会話をすれば、場の空気も元に戻った。
「さて食べましょうかね」
俺が声をかけると皆がテーブルに群がる。父さんの分は瀬奈さんと京香さんが持って行ってる。「お義父さんのでーす」と配膳されて「ほっほ、すまんですのぅ」とニコニコしっぱなしだ。
ショタ師匠が料理が載ってるテーブルにポテポテ歩いて向かうけどテーブルが高くてハンバーグに手が届かない。「マジかッ」って顔してる。不便だよね、その形態。
「師匠取りますよ」
美奈子ちゃんがすっと動いて零士くんを抱っこした。
「おい美奈子、ハンバーグを取ってくれればいいだけだぞ?」
「師匠のお世話は弟子の役目です」
「だからって抱えなくてもいいだろうが!」
口ではそう言いながらもおとなしく抱っこされてる零士くんは、なんだかんだで美奈子ちゃんの好きにやらせてる。可愛い弟子なんだろうね。
「さっきのおっかねえ師匠と同じとは思えねえ」
「かわいい」
「四街道がデレてるぞ」
「四街道がママになってるじゃん」
「いやあれは恋する乙女でしょ」
ぼそぼそ聞こえてくるけど、悪い印象はなさそうでよかった。
「「「「いただきます!」」」」
食事が始まれば気も緩んでにぎやかになる。
「おいひい!」
「ハンバーグのソース全種類制覇だぜ」
「おかわりー」
ハンバーグの売れ行きがいいから、残っても数個かな。余ったら俺の朝ごはんになるだけ。無駄はないぜ。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「よーし、片づけるよ! 洗い物はキッチンの流しに。ホットプレートはひとまとめに。紙皿はゴミ箱。最後にテーブル拭いておしまい!」
「おっけー」
「さっさとやるぞー」
「おーし、テーブルも元に戻すぞー」
「布巾どこー?」
「スポンジあれば洗いますよー」
智が号令をかけるとみなが手伝ってくれる。皿洗いもやってくれてる。
「いい子しかいねえ」
嬉しくて泣きそうだ。よし、明日の昼は豪勢にしちゃうぞ!




