23.四街道美奈子の話
夕食後。鍛錬に来ていた千葉君と品川ちゃんが帰った後も美奈子ちゃんはダンジョンにこもっている。もちろん師匠たる零士くんもだ。
でももう21時を過ぎるので様子を見に来た。
「240、241、242……」
美奈子ちゃんが素振りをしている。二刀で片腕ずつ交互にだ。ゆっくり刀の軌道を確認しながら。
額には玉の汗だし、顔は垂れた汗でびっしょりだ。Tシャツは汗でぴっちりになっちゃってダイナマイトなボディが炸裂してる。凹凸の具合が高校生のボディじゃない。
でも俺には瀬奈さんがいて見慣れてはいるのでご安心だ。欲情しちゃったら瀬奈さんに癒してもらおうそうしよう。
「そろそろ終わりにするぞ。やりすぎもよくねえ」
「は、はい」
零士くんの指示があり、美奈子ちゃんが刀を下した。大きく肩で息をして腕で額の汗をぬぐった。
「美奈子、その刀はどうだ?」
「ふーふー、ちょっと振り回される感じはしますけど、許容範囲です。ふー」
「そうか。なら重心はそれでいいだろう。美奈子のレベルはいくつだ?」
「16になりました。年齢じゃないですよ? 結婚できる年齢ですから」
ふふっと笑う余裕を見せる美奈子ちゃん。もう息が整ったようだ。
ちなみに今の美奈子ちゃんはというと。
ハンターレベル:16
スキル
【強打】
【圧し切り】防御無視したダメージを追加する。熟練度が増えるとダメージも増える
【健脚】移動が速くなる
【闘刃】空気の刃を飛ばす
「【闘刃】も覚えたんだ……すごいなぁ」
「優秀なスキルも使いこなせないと意味がないので、精進あるのみです」
「ストイックすぎる」
いったい誰の影響なんだか。零士くん、ソッポ向かない。
「美奈子ちゃんは何で強くなりたいの? ほら、千葉君も強くなりたいって言ってうちに来てるけどさ。葉子ちゃんはお金を稼ぐ必要があったって事情だし、智はまぁ、そもそものスキルがアンデッド向きだったって理由はあったし」
結構気になってたんだよね。美奈子ちゃんの場合はお金よりも鍛えるほうに目が行ってるように見えてさ。
「千葉は品川にいいとこ見せたいんでしょうけど」
「あ、美奈子ちゃんは知ってるんだ」
「知ってるっていうか、いつ付き合うんだあのふたりって感じで見てますよ、みんな」
「あー、周囲は知ってるけど見守ってるのね」
「本人たちは気がついてないけど、割とふたりの世界に入っちゃってたりしますし」
「あー」
ラブコメとかでありがちなシチュエーションだ。
「わたしは、ともかく早く一人前のハンターになりたくて」
美奈子ちゃんは刀を強く握る。
「その、はやく一人前になりたい理由って、なにかな?」
そんなことを考えるのはたいてい家庭の事情なんだけどさ。そうなるとなんとかしたいと思っちゃうじゃん。
「おにーさんのことだから『なんとかしなくっちゃ』って思ってるんでしょうけど」
大きなため息とジト目で見られた。見透かされてる。
「まー、そーゆーとこがおにーさんの魅力なので瀬奈先輩と智と京香さんとが堕ちたんですけどね」
美奈子ちゃんは零士くんに流し目を送る。
「わたしはですね、実は父の琢磨がシヅマの副社長でして」
「おいマジか。シヅマってあのシヅマか? 俺もだいぶ製品に助けてもらったが」
腕を組んで後方師匠面していた零士くんが驚いて組んでいた腕を解いた。
「師匠の助けになったのなら僥倖です」
美奈子ちゃんは嬉しそうな笑顔を見せる。
「ごめん、そのシヅマってなに?」
無知でサーセン。
「シヅマってのはダンジョン用品を作ってるメーカーだ。武器とかは作ってないが、日用品を小型化して持ち歩きしやすくしてる商品が多くて、キャンパーにも人気だ」
「これ売れる!」ってやつを作ってる会社なんだ。俺が知らないだけで有名な会社っぽい。年商は250億を超えてるんだって。すごい。
「美奈子ちゃんって、もしかしなくてもいいとこのお嬢様ってやつ?」
わぁ、リアルお嬢様って初めて見た。ビッチさんもお嬢様っぽいけどあれはまがい物臭がするのでノーカン。
「父と友人の静間さんがハンターとなって、自分が欲しい製品を作っていたらバカ売れしてしまって、会社が大きくなってしまいました。最初は個人の会社だったんですけどね」
「リアル成り上がりって感じですごいなぁ」
物語の話でしかないと思ってたけど、実際にあるんだな。
「おにーさんがそれを言いますか?」
「守が言っちゃダメだろ」
息ぴったり師弟に怒られた。なぜだ。
「父はまだハンターを続けてますけど、製品の開発と経営でダンジョンからは足が遠くなってますね。忙しくて家にもいません」
「自動車メーカーとかで聞いた話と一緒だね。やりたいことをやっていたいのに会社が大きくなったらできなくなったって」
「そうなんですよね。父も「ダンジョンに行きてえ」ってぼやいてます。でも偉い人がダンジョンで何かあったら大変ということで禁止されちゃいました」
「理解はできるけど、もったいないなぁ」
ダンジョンへ行ったからこそアイディアが浮かんだんだろうけど、でも会社によって重要な人を危険地帯には入れられないってのもわかる。俺の父さんがダンジョンに行くとか言いだしたら止めるもん。
父さんなくして寺の運営は成り立たない。俺はまだ何もできない子供だからさ。
がんばろう。
「わたしって、なんでも無難にこなせちゃうように見えるらしいんですけど、頑張ってやったこともあるのに「さすが琢磨の娘」っていう評価しかもらえないんですよね。周りの空気は『やっぱり高校はハンターコースでしょ』って感じで選択もできなかったですし」
はぁ、と悲しそうにため息をつく。
「でも市船に行って瀬奈先輩を知って、綺麗なのにかっこいい!ってはまっちゃって、先輩を追うようになって。智に誘われて獄楽寺に行ったら先輩がいて仲良くなれて。死にかけたけど師匠(零士)と巡り合うこともできました。智には感謝してもしきれない」
美奈子ちゃんは満面の笑みだ。
「最初は早く一人前になりたいって思ってたんですけど、いまは、師匠に追いつきたいから強くなりたくって」
美奈子ちゃんは零士くんを見てにっこり微笑む。さっきから零士くんへのアピールが激しい。当の零士くんはあまり表情を変えてないけど。
「ふん、俺に追い付くには10年早いぞ」
「10年頑張れば追いつけるくらいの才能が、わたしにありそうですか!?」
目をキラキラ輝かせてる美奈子ちゃん。よくあるセリフだと思うけど、真に受けてる感じだ。零士君を盲目的に信奉しちゃってるのがちょっと危ういなぁ。
「俺が鍛えれば、だな」
「よろしくお願いします!」
「よし、今日はだいぶ筋肉を酷使したから風呂で体をリラックスさせて寝ろよ」
「はい師匠!」
「あ、俺はちょっと零士さんと話があるから」
「はい、じゃあ師匠、おにーさん、おやすみなさい!」
美奈子ちゃんは地面から浮かんでるんじゃないかって足取りでダンジョンの階段を駆け上がっていった。
さて零士くん。
「守、話とは?」
「零士さんもわかってるんじゃないんです? 美奈子ちゃんが零士さんを見る目は師匠に向けてるものじゃないってこと」
「若い娘にある、一時の勘違いだろ。さっきの話からすると、周囲に認めてもらいたい願望のほうが強そうだがな」
「根底にはそれがあるかもしれないけど」
「……どのみち俺は人間じゃない。その期待には答えようがないな。さて、寝る前に下でひと暴れしてくるぜ」
零士くんは逃げるように墓地の奥へ向かってしまった。
「みんなの幸せは難しいのかな……」
零士くんの小さな背中を見送るしかなかった。




