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うちの寺の墓地にダンジョンができたので大変です  作者: 海水


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22.秋のハンター祭りのお知らせとがんばるヒヨコたち④

 ところ変わって夜の柏家では、葉子がハンター祭りで出場する射撃の練習をしていた。外は暗いので部屋の中でだ。

 部屋の隅に立ち、部屋の反対側の壁に的となる紙を貼り、そこにお手玉を投げている。なおこのお手玉は葉子のお手製だ。手先は器用な子だった。


「んー、弓じゃないと当たらネー」


 ぽいっと投げるお手玉は的の少し外れた場所に当たり、ぽとっと畳に落ちた。ムーと葉子の口がとがる。


「ようちゃんの出る射撃って、どんな競技なんだい?」


 そばで見ている兄の葉介が訊ねた。かわいい妹が悩んでいれば助言くらいはしたくなる。まして唯一の家族だ。


「跳び箱とかの障害物から的がデテ、それに当てル。全部で10個の的が出て、的の真ん中が10点で、外れていくと点数が下がるヤツ」

「100点満点中何点取ったかで競うのかー」

「何を投げてもイイ。命中精度の勝負!」

「ようちゃんのスキルは【投擲】だったっけね」


 なるほどそれで射撃か、と葉介は納得する。

 実は葉介もダンジョンに入りスキルを得ていた。【記憶】スキルで小湊も持っているものだが、司法試験を目指している葉介にとって願ってもないスキルだった。

 そんなこともあってスキルに理解があるのだ。


「【投擲】スキルは、物を投げられるスキル、と」

「ソウダゼ! 魔法も投げられルゼ!」

「投げる。投げるかぁ……」


 葉介はふとテレビで見ていたプロ野球を思い出した。ピッチャーが投げる球はカーブやらフォークやらでよく曲がる。投げるのならば曲げられるのでは、と葉介は思い至る。

 そんな簡単なことは誰でも思いつくよなぁ。

 とは思ったが葉子に伝えてみる。


「ようちゃん。投げたお手玉を曲げることってできるのかな」

「マゲル?」

「野球だと投げた球がぐぐっと曲がったりするでしょ。的に当たるように曲げられたらなって」

「ソレ! ヤッテミル!」


 兄の言葉を素直に受け取った妹はキラキラ目を輝かせる。大好きな兄の助言なのでなおさらだ。


「よし。曲げるゾ! ってどうやったら曲がるんダロ」

「ピッチャーは球の持ち方で変えるみたいだね」

「持ち方が変わると、何が変わル?」

「球の回転が変わると曲がる方向も変わる。っぽいね」


 葉介も詳しい原理は知らないので苦笑いだ。


「うーーんワカラネー」


 葉子は金髪をぐしゃぐしゃにかきまぜる。葉子はあまり頭がよろしくないので考えるのは苦手なほうだ。


「んーーーーーーヨシ、曲がればヨシ!」


 何か納得できる答えを得たのか、葉子はお手玉を手にして的に向く。


「投げル!」


 葉子はお手玉をぽいっと投げた。軽く投げすぎて的には届きそうもない。


「ムムム、マゲル!」


 葉子が叫ぶと、お手玉はほんの少しだけ上にホップした。が、的の手前で床に落ちた。


「曲がっタ!」


 葉子はこぼれんばかりの笑みを兄に向ける。葉介は「なんで曲がるの?」と口を開けている。言ったのはお前だろう。


「スケ兄が言ったとおりダ! やっぱりスケ兄はすごいンダ!」


 ニパっと笑顔の葉子が葉介に抱き着く。裏表のない葉子は感情表現もダイレクトだ。葉介のほっぺにちゅーをして「ヨシ、練習ダ!」とお手玉を手に的に向かう。

 祖母が亡くなりふたり暮らしになってから、葉子のスキンシップが増えていた。さみしさからくるものだと思っていた葉介だがスキンシップの度合いが過激になりつつあり、いまの『ほっぺにちゅー』もそのうち『唇にちゅー』になりかねないと心配だった。

 我慢できるかな、僕。

 大好きな妹に体で迫られたとき、簡単に一線を越えてしまいそうで、それが今から怖かった。






 11月に入り、ずいぶん分涼しくなってきた。風も冷たくなり、瀬奈さんと京香さんは季節を先取りにもこもこの服を着るようになった。

 瀬奈さんのおなかも丸みが目立つようになり、京香さんのつわりも軽いもので済んでいる。そして建築中の寮と母屋と隣家を繋ぐ廊下も完成した。

 寮にするつもりなので見た目は3階建てのアパートだ。全16室で、1階に30畳の休憩所兼食堂および調理場、男女別浴場及びシャワー室&トイレ、倉庫と共同スペースにした。浴場についてはダンジョンに来たハンターにも開放する予定だ。いるかわからないけどさ。

 2階3階は居住空間でロフト付き8畳の部屋がそれぞれ8つずつ。男が2階で女が3階にする予定らしい。ドアに鍵はかかるからごちゃまぜでもいいと思うけどね。

 寮ではあるけど各室にトイレとユニットバスと洗濯機置き場は設置した。プライベートは確保する方針だしね。

 寮には広い玄関があり広い物置スペースも作った。母屋とは行き来ができる廊下もあるけど隣家には行けないようしてある。隣家へは母屋からしか行けないようにしたし、リフォームして俺たちが住む予定だ。

 アパートの内覧で、俺と奥様方3人、父さん、入居予定の美奈子ちゃん、入居するかは未定な柏兄妹で見て回る。


「あたし上の部屋見てくる!」

「あ、智まってよ!」

「アーシは風呂が気になルゾ!」

「あ、ようちゃん走らなくっても!」


 智と美奈子ちゃんが階段をかけていき、柏兄妹は浴場へ消えた。


「俺たちはのんびり見ていこうか」


 休憩所兼食堂からだ。まだ家具とかおいてないからがらんとしてるけど、新しい木のにおいがする。大き目の窓から日も差してくるし、ホッとする空間になってる。いいなこーゆーの。

 にしても。


「予定よりもだいぶ早くできてない?」


 予定では年内だったはず。いや、今も年内だけどね。

 

「若い住民が増えるということで工務店さんが張り切ってました」

「幼稚園にくる親御さんも、「若い子が増えるのはいーわねー」って言ってくれてるわよー」


 京香さんと瀬奈さんは時間があるときに幼稚園を手伝ってくれるようになった。身重なので掃き掃除とか簡単なお手伝いではあるけど、園児たちは新しいお姉さんがいると群れてくる。そのぶん園の先生たちの手が空くので評判は良い。

 京香さんはもはや常にメイド服で、可愛いからか真似をしたい女の子も出てきて「どこでかうのー?」と聞かれてもいた。

 顔見せもあるんだろうけど、ふたりとも積極的に地域に溶け込もうとしていて、とても嬉しい。胸が熱くなる。


「厨房も、普通の家庭用のキッチンが並んでる感じねー」


 厨房も3つ口のIHヒータを4つ作った。流しも同数ある。冷蔵庫も4つ置く予定だ。


「自分で作りたい時とか、お菓子を作りたいとかあるかもしれないしね」


 食べたいものもあるでしょ。あと、ダンジョンに来た人が調理するかなって。


「シャワーがたくさんアル!」

「修学旅行を思い出すね」

「湯船も広イ! 浮かべるヨ!」


 浴場を見に行った柏兄妹が小走りで戻ってきた。とても楽しそうだ。


「夏場とかシャワーでいいやって時もあるしね」

「お湯は使いたい放題」

「そうねー、まさか魔石発電機まで置いちゃうとは思わなかったわー」


 寮には開発したばかりの大型魔石発電機を組み込んでる。ランニング試験を兼ねてるみたいで、経過報告もするんだとか。お高いんだろうなー。


「ビッチさんの商会が扱ってましたのでお友達価格となっています。それでも億はしましたけど」


 京香さんが自慢げだ。まーた賄賂を渡したんだろうか。「ひ、卑怯ですわ!」って顔のビッチさんが思い浮かぶ。WIN=WINだからいーじゃん。


「ダンジョンからいくらでも魔石が取れますし、この発電機で寮のみならず母屋と本堂と隣家と幼稚園の電気も余裕で賄えますので、災害にも強くなってます」

「災害があった時には寺が地域の役に立てそうですな」

「電気でお湯を沸かすから使いたい放題なのは助かるわー」

「光熱費がゼロになるのは寺の経営的にも助かりますな」

「幼稚園バスも電気自動車に変える手はずになってます」

「うむ、環境にもやさしくなっていいことだらけですじゃ」

「その件でー、千葉テレビから取材の申し込みが来てるわねー」

「幼稚園で対応しましょう。技術とかわからん時は教えてくだされ」

「もちろんですお義父さん」


 俺の知らない間にいろいろなことが進んでいたようだ。俺もこの中に入れるようにならないとな。


「ロフトがある!」

「完全個室はいいですね。トイレもあって、朝のトイレ渋滞も解決です」


 智と美奈子ちゃんがトトトと階段を下りてきた。ふたりは設備よりも部屋が気になってたからね。


「家のリノベ中はこっちに住むからねー」

「やった、新しい部屋だ!」

「その前に家具家電を揃えましょう」

「カタログはあるからそこから選んでねー」

「わたしもいいんですか?」

「美奈子も住むでしょ?」

「住みます住みます! やったー!」


 サクッとした内覧会は終わった。

 喜ばしくも、刻々と変わっていく生活。これも【無常】だ。

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