第14話 学院祭
9月、白藤女学院では学院祭が行われる。
内容自体はそこらの学校となんら代わり映えはしない。
焼きそばやらチョコバナナやら、食べ物を売る店や、クラスで作った作品を展示するなど、生徒が主導になって出し物を決める。
くるみのクラスは、メイド喫茶に決まった。
メイド服……というかコスプレに興味のあるお年頃、そして特別感のある学院祭で堂々とコスプレができるという大義名分のもと、生徒たちはみなメイドさんになったのである。
「お、おかえりなさいませ、ご主人様」
くるみはオドオドしながら、客――否、ご主人様――に水の入ったグラスを差し出した。
白藤女学院は、女子校だけあって普段は教師以外、男子禁制である。しかし、学院祭の間だけは、男性でも客として大手を振って学校に入れるのだ。
「君、可愛いね。メイド服、似合ってる」
「へっ!? あ、ありがとうございます……?」
くるみは男性客に褒められて挙動不審になった。
彼女は男性が苦手で女子校に入ったタイプである。
「いつ店番終わるの? よかったら、一緒に学校回らない?」
「えっ、え……?」
男性客の押しの強さに動揺していると、東条菊が「くるみさん、厨房に入ってくれる?」と声をかけた。
「すみません、私が代わりにご主人様のお話し相手をさせていただきますね」
菊が笑顔で圧力をかけると、男性客はビビった様子で会計を済ませ、教室を出ていく。
「東条さん、あの、ありがとう……」
「うん。困った時は呼んでね」
菊は忙しく立ち働きながら、客を次々と捌いていった。
やっぱり東条さんはすごいな……とくるみは見惚れてしまう。
高身長なのもあり、メイド服を着こなしてはいるが、女性客に人気があった。たびたびチェキを頼まれている。
厨房に入ると、メイド姿の恭子がいた。
「あ、くるみさん。お疲れ様」
「東条さんに、厨房に入ってって言われて……」
「ちょうど人手がほしかったから、助かる」
メイド喫茶は盛況で、厨房で冷凍のスイーツを解凍したそばから次々と運び出されていく。
くるみは恭子の隣に立ち、解凍するスイーツを袋から出す手伝いをした。
「西園寺さんは、ずっと厨房にいるの?」
恭子のメイド姿は品があり、所作も美しい。これが表に出てこないのは少しもったいない気がする。
だが、「菊が外部の人に見せたくないって言うから」と答えが返ってきて、くるみは「東条さんらしいね」と苦笑いを返すしかなかった。
「でも、メイド喫茶、冷凍スイーツでよかった。わたし、お菓子作るの怖いから」
……くるみは、恭子に毒入りのカップケーキを食べさせようとした過去がある。幸い、未遂で終わったが、それ以来、自分でお菓子は作っていない。今でもあのことを思い出すと手が震えてしまう。
恭子は「別に気にしなくていいのに」と言うが、彼女はあまりにも気にしなさすぎだとくるみは思った。
「また作れるようになってからでいいから、お菓子作ってよ。私、結局くるみさんのお菓子食べれてないから味が気になる」
恭子に優しい言葉をかけられ、くるみは涙が込み上げそうになる。富士子の命令とはいえ、こんなにいい人に毒を盛ろうとした自分を恥じた。
学院祭の終わりが近づき、『蛍の光』が構内に流れ始める。1日限りのメイド喫茶も店じまいだ。くるみと恭子は厨房を片付け、着替えるために厨房を出た。
ふと、教室を改装したメイド喫茶に、まだ客が残っていることに気付く。恭子が声をかけた。
「申し訳ございません、そろそろ学院祭が終了しますので……」
男性客が振り返り、恭子を視界に捉える。
「アンタが西園寺恭子だな」と低い声で問いかけた。
「北波富士子が、面白い生徒がいると言ってたが、なかなか美人じゃないか。アイツはブスだと言ってたが」
「北波さんとはどういうご関係で?」
恭子の声が硬くなる。くるみはオドオドしながら、男と恭子を見比べていた。
「俺は富士子の……まあ、元カレみたいなもんかな。アイツがカネを出してくれてた頃は、俺もそれなりに羽振りのいい生活ができたもんだが」
男性客は遠い目をしている。
「富士子が破滅した逆恨みに来たんですか?」
「まあ、そんなところかな。アイツに頼まれたんだ」
男はカバンから包丁を取り出した。教室に残っていたクラスメイトから悲鳴が上がる。くるみはメイド喫茶から逃げ出した。
「どうした!?」
校庭に立てた看板を回収していた菊が、悲鳴を聞きつけて教室に飛び込んでくる。
「ああ、アンタが東条菊か。ちょうどいい」富士子の元カレが笑った。
「富士子が最後の力を振り絞って払ってくれたカネの分は働かねえとな。西園寺恭子と東条菊を、何としてでもこの世から消してくれとさ」
男の包丁が恭子に襲いかかる。それを恭子はバックステップでかわした。もともと彼女は運動神経がいい。恭子をサポートするように、菊が駆け寄る。
「北波さんも、ずいぶん粘着質だね」
「それは本当にそうだな。俺はアイツに執着されなくて幸せだったかもしれん、なッ!」
今度は菊に包丁を振り上げた。
菊はメイド喫茶の看板で包丁を受け止め、そのまま看板に突き刺さった包丁を絡めとって男の手から奪い去る。
「あいにく、女子校の王子様って修羅場が多いから、慣れてるんだよね」
富士子の元カレは為す術がない。
菊は害虫を見るように男を睨みつけた。
「私の恭子に危害を加えようとした虫けら。美しい庭を踏み荒らして楽しかった?」
「西園寺さん、東条さんっ!」
メイド喫茶を出て助けを求めたくるみが、教師を連れて戻ってくる。教師は刺股で男を確保し、やがて警察が駆けつけて男は逮捕された。
「大変な学院祭だったね……」
帰り道。
恭子は既にメイド服からセーラー服に着替えている。
「北波さん、懲りてなかったね」
「でも、流石にもうお金を無尽蔵に出すわけにはいかないからね。それに、今回のことで決定的に彼女は終わりだ」
元カレに恭子と菊を亡き者にするよう指示したとして、男の証言から富士子に捜査の手が伸びた。
彼女は確実に、何らかの罪に問われるのだろう。
前科までついてしまっては、今後ロクな人生を歩むことは出来まい。
恭子と菊の頭の中では、「あの男、マジ使えない! 役立たず!」と暴言を吐く富士子の脳内イメージが暴れている。
「それにしても、くるみさんが先生を呼びに行ってくれて本当に助かった」
「くるみ、マジ機転利くっしょ?」
「普段は泣き虫だけど、気が利く性格なのよ」
一緒に帰っていたみのりとさおりにべた褒めされ、くるみは恥ずかしそうに赤面してうつむいていた。ただ、その表情は嬉しそうな、くすぐったそうなものである。
「西園寺さんと東条さんのほうがすごいよ……。あんな怖い人に逃げないで立ち向かうなんて……」
「私はああいう襲撃、慣れてるからね。相手はもっぱら女子だけど」菊はなんでもないことのようにサラッと言った。
「私の場合は男の近くにいたから逃げられなかったし、ああするしかなかったかな」恭子は胸に手を当てている。
「今でも思い出すとドキドキする。下手したら本当に命を奪われてたかも」
「私がそんなことさせないよ」
菊が恭子の手を、自らの両手で包んだ。
「私が、一生かけて恭子を守るからね」
「プロポーズかな??」
みのり、さおり、くるみは、恭子と菊のやり取りを眺めて目をぱちぱちさせている。
「東条さんと西園寺さん、ところ構わずイチャつくのやめたら?」
さおりの冷静なツッコミに、女子たちの笑い声が弾けたのであった。
〈続く〉




