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愛執の花園  作者: 永久保セツナ


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第12話 破滅

 南原が白藤女学院を辞職し、富士子が社会的に抹殺されたあと。

 なんと、富士子はまだ諦めていなかった。

 バァン!

 誰もが顔を上げた。授業前のざわめきが、急にぴたりと止む。

 空気が一瞬で凍りつき、教室全体に緊張が走った。

 富士子は鬼気迫る表情で恭子の机に手を置いたまま、誰にも目をやらず恭子だけを睨みつけていた。


「西園寺、アンタ……やってくれるじゃない」


「なにが?」


「とぼけんな、このブス! アンタ以外にこんな陰湿なことできるやついねえだろうがよ!」


 富士子は口汚く恭子を罵り、その髪を鷲掴みにする。

 その手首をすかさず掴んだ人物がいた。


「放してよ、東条さん」


「もうここまでにしなよ、北波さん」


 菊は底冷えするような目で富士子を見ている。

 富士子はそれに怯えて、恭子の髪を掴んだ手を、思わず放した。


「東条さん……どうしてわかってくれないの? アタシ、どうしても東条さんが欲しかっただけなのに、東条さんのために、全部頑張ってきたのに!」


「北波さん、私だよ」


 菊の言葉の真意が理解できず、富士子は動きを止める。


「校長室やマスコミに証拠を送ったのも、SNSで拡散したのも、私がやったことだ。恭子は関係ない」


 富士子は青い顔で凍りついた。


「……嘘……でしょ……そんな……」


 彼女は菊の手を振り払い、うずくまって爪で自分の顔をかきむしる。


「嘘、嘘、嘘嘘嘘だ、あああああああ……!」


 彼女の頭の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れていった。

 これまで手に入れられたはずのものが、すべて砂のように指の隙間からこぼれ落ちていく。

「どうして? なんで?」――何度心の中で問いかけても、答えは返ってこなかった。

 嘘だ、違う、こんなの間違ってる。

 顔をかきむしりながら、富士子は自分の存在そのものが否定されたような気がした。

 富士子の顔は爪痕で赤くなり、目からは涙があふれていく。

 菊はそれを冷淡に見下ろした。


「恭子が君に忠告したはずだよ。『私に関わらないほうがいい、あなたが不幸になる』……ってね」


 その言葉の意味を今更知っても、もう手遅れであった。

 完全に心が壊れてしまった富士子は、ゆらりと立ち上がり、不気味な笑い声を漏らす。


「フフ……フフフ……東条さんも西園寺も、もう許さない……」


 彼女は、先ほどまでSNSを見ていたスマホを握りしめた。


「パパに……パパに言いつけてやる……。パパのカネと権力で学校を操って、東条さんも西園寺も退学にしてやるからな……アハハハ……」


 菊は、やはり無表情である。

 教室中が固唾をのんで見守る中、富士子が父親に電話をかけた。


「パパ、アタシよ、助けて。みんながアタシをいじめるの。パパの力でなんとかして……」


 媚びるような声色を出していた富士子だが、スマホを耳に当てたまま、「……え?」と口が笑みの形のまま固まってしまう。

 やがて、力なくだらりと腕を下ろし、スマホからは通話を切られたプープーという音が漏れていた。


「どうだった?」


 菊の問いかけに、富士子は虚ろな目をしている。


「……アタシが事件を起こしたせいで、パパの会社の株が下がった。もうアタシのワガママは聞けない、って……」


 それは、ほぼ菊の予想通りの展開であった。

 富士子の手からスマホが滑り落ち、床にぶつかって硬質な音を立てる。

 そのあと、遅れるようにして、彼女が膝から崩れ落ちた。

 ――こうして、北波富士子という嵐のような女は、破滅を迎えることになる。


 その後の富士子の転落は、目も当てられないほど悲惨な末路をたどることになった。

 彼女の父親が経営している会社の株価は大暴落し、倒産。

 富士子の家庭環境は悪化の一途をたどり、崩壊していく。

 両親の仲は悪化し、離婚騒動にまで発展したが、金食い虫である富士子をどちらが引き取るかでまた揉めた。

 結局、彼女は父親に引き取られたが、これまでの金銭管理は当然改めることになる。

 カネにものを言わせるという手段を失った彼女からは、カネで買った友人も恋人も離れていった。

 富士子は、ずっと信じていた。

 カネさえあれば、人は笑ってくれる。媚びてくれる。自分を一番に扱ってくれる。

 それが当然だと思っていた。だって、そう教えられてきたから。

 なのに、今――

 パパに見放され、カネで買った教師に逃げられ、友人たちは一人も残らなかった。

『富士子』という名前だけが、周囲にとっての忌避すべき対象になっていた。

 彼女の中で、価値の中心にあった『金』というものが、何の意味もなさないただの紙切れに変わった瞬間だった。


 やがて、富士子は転校することになり、白藤女学院を去る。

 風の噂によれば、彼女は治安の悪い高校に通うことになり、不良に怯える学校生活を過ごしているようである。


「――どうして、アタシがこんな目にィ……」


 昼休み、富士子はトイレでお弁当を食べていた。

 元成金であることが知られている彼女は、なるべく目立たない学園生活を送ろうと、不良の目を避けて地味に過ごしている。

 ただ、大々的にマスコミに取り上げられ、ネットでもデジタルタトゥーになって一躍『有名人』になっている彼女が、本人の望むように『目立たず生きる』ことが、果たして可能かどうかは、また別の話なのだが……。

 トイレのドアの外で、なにか物音がすることに、彼女は気付いた。


「――せーのっ!」


 ばしゃあ、と上から水が大量に降り注ぐ。

 トイレの上部からバケツの水をかけられたのだ。

 お弁当も、富士子自身も、雑巾をしぼったのであろう汚水にまみれ、びしょ濡れになった彼女を置いて、「ウェーイ」と不良たちが笑いながらトイレを走り去っていく。

 富士子はもう食べられる状態ではないお弁当を見下ろしながら、ガタガタと震えていた。

 今や父親もネグレクト状態で、自分がこんな状況に置かれていても、一向に相手にしてくれない。


「……もういや。もう、いやぁっ!」


 富士子はトイレの個室の中で、ただただ子どものように泣きじゃくった。

 彼女は自分が何を間違えてしまったのか、真に理解できる日までこの悲惨な日々を送るのだろう。


「西園寺恭子……あの女さえいなければ、こんなことにはならなかった……!」


 それでも富士子は恭子への八つ当たりを止めることはない。

 泣きながら、スマホで「とある人物」にLIMEのメッセージを送るのであった……。


〈続く〉

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