148 織田家騒乱
元亀八年(1577年)9月
尾張の国では上に下に天地がひっくり返るような騒ぎになっていた。
「織田の殿様(信忠)は村上から来た嫁を殺したらしいぞ!」
「村上が攻めてくるぞ!!」
「閻魔様に根絶やしにされるぞ!!」
「早くここ(尾張)から逃げるんじゃ~」
村上義照の娘奈美が死んだことは箝口令が敷かれ秘密にされていたが遂に民百姓に知られ、逃げ惑う者達で溢れかえった。それは信忠が、民や兵士達が逃げるのを防ぐため兵を送り関所を閉じなければならない程だった。だが、兵士の中にも逃げ出す者が多かった。
別の所では熱田、津島の有力な商人や宮司達が一同に集まっていた。
「村上様との繋がっている街道は全て封鎖されておる」
「海も同じじゃ。賄賂を渡したり無理にでも通過しようものなら全て沈められる」
「美濃の朝倉領なら入れるようだ。だが、監視がつけられ自由には動けん」
商人達はこれまで使えた東側の販路が一気に使えなくなったことで大損害を受けていた。
「そんなの問題ではない!一番の問題は熱田と津島、どちらも今度は更地になりかねないと言うことだ!!」
「左様!商家だろうが寺社だろうが関係ない!村上様は全てを灰塵に帰すつもりだぞ!!」
津島と熱田、どちらも何度も燃え落ちたが復興してきた。しかし、此度はどうなるか想像もつかなかった。
「ではどうする?村上様に連署状でも出すか?受け取って貰えるかも分からないぞ!」
「それよりも会ってすら貰えないのではないか!!」
集まった者達はどうやってこの局面を乗り越えるか議論を続けた。
考えが纏まるまでに数日がかかったが織田家臣で最大の協力者を得られるのだった。
織田家臣達もあの手この手で自身の地位は守りつつ生き残りを図ろうとする者が後を立たなかった。そのほとんどが信忠に付き従っていた側近や信忠によって重臣になった者達だった。
織田家中枢は以下の通りになっていた。
筆頭家老
河尻秀隆
重臣
森長可
林光之
佐久間信栄
木下秀吉
明智光秀
等
筆頭家老だった森可成は信忠に反発したことで、筆頭家老を追われ信忠と仲がいい長可に家督を譲らされ隠居させられたのだ。秀吉と光秀は重臣に列しているが信長の時と比べ扱いが悪く、ただ名を連ねておるようなものだった。
新しく重臣に名を連ねている林と佐久間は林秀貞、佐久間信盛の嫡男だ。
ちなみに、林光之は父を失った後丹羽長秀の元で共に財務や外交を任されたりしていたが佐久間信栄は一言で言うと凡庸で、信長に立てつくこともあったが信盛が桶狭間で信長を庇って死んだこともあり大目に見て貰えていた人物だった。
光秀は帰蝶に懇願され動いていたが義照に拒否された後は隠居した信長に仕えている。他の織田家家臣達も生き残る為に動いていた。
元筆頭家老の森可成は長可が信忠の側近として仕えているが、このままでは森家が滅ぶと確信している為、自身の持つ伝を使い長可以外の家族をある意味一番安全な場所に逃がそうと動いていた。
この動きに同調した者達もいる。
前田利家、佐々成政、津田信澄、柴田勝忠、池田元助等、織田家でも武闘派だった者達だ。
彼らは可成と同じようにある男に望みを賭けた。
秀吉は義照から直接引き抜きを受けていただけあって、信忠からの監視が厳しくなっていた。そんな中、秀吉は粛々と長秀がやっていた職務も全うしていた。
だが、裏では必死に動き回っていた。
使える縁は何でも使い、熱田や津島等の商人達や間者時代にお世話になった大黒屋の吉兵衛まで頼る程だった。
そして
熱田、津島の商人達と利害が一致していた為協力関係は凄まじかった。
そして、隠居していた信長は信忠を切り捨て、他の子供等に害が及ばぬよう手を尽くしていた。
信長の子供は長男信忠は暴走、次男信雄が伊勢で磔にされ死亡、三男信孝は村上の人質だが一応生存していたが現在は不明、四男於次丸は木下秀吉の養子になっており、五男以下はまだ信長の元にいた。信孝以下は元服すらしてない。
信長はまず、朝廷に和睦の嘆願を行った。こういう時の為にわざわざ莫大な寄付をし官位を獲たのだから利用しない手はない。
他にも頼ったのは二人、一人は村上輝忠の側近で義弟になる斎藤利治、もう一人は唯一他国に嫁ぎ生存している妹の市であった。
子供は市と夫である長政に頼み、利治には幼い子供らの助命を輝忠に頼んだ。
信長としては家康の子である竹千代や娘の亀姫、督姫は生かされているので幼い子供等なら可能性があると踏んだのだ。
竹千代は寺に入れられ、僧となっており、娘二人は姉の亀姫は、保科正俊の孫になる保科正光に、督姫は真田昌幸の子真田信幸に嫁いでいる。
ちなみに義照が嫁がせたのは将来産まれた子供に徳川家を再興させる為だ。
信長はその企みを理解しており勝算はあると考えていたが大間違いであった。
義照が家康の子を生かしたのは築山(瀬名姫)の子で今川義元の一族になるからであって、それ以外に理由は無かった。
だが、このどうしようもない状況で僅かな希望にも縋るしかなかったのだった。
元亀八年(1577年)9月中旬
飛騨 増島城
義照が龍興と越前に向かっている頃、飛騨の増島城に数人の男達がやって来ていた。理由は隠居したある男に会う為だ。
増島城内 訓練所
ぐはっ!
ごほっ!
かはっ!
「失礼します!。ご隠居様。殿(盛勝)から織田家重臣森可成と数名が面会を希望していますがどうするかと……」
「おお!本当に来たか!!ここに案内しろ!」
隠居した自由人にして義照が唯一手に負えない(諦めた)人物である仁科義勝は、息子からの使い番に笑顔で答え直ぐに案内するよう命じた。
義勝は汗をかき笑顔だが、その奥では数十人が悶絶し横倒れになっていた。
「畏まりました。直ぐにお連れいたします。………救護班も呼んで参ります」
先程までここで兵士達と共に鍛えていたのだ。使い番の家臣は見慣れた光景だった為、直ぐに救護班も呼びにいくのだった。
少しして森可成と二人の男が案内されてやって来る。
「よう、三左(可成)!!まさか本当に来るとはな!それじゃぁ~殺ろう(試合)や!」
「仁科殿、此度は急な来訪にも拘らず面会していただきお礼申し上げます。それと、此度は申し訳ありませんが辞退させて頂きたい」
気楽な義勝に対し、可成は礼儀正しく対応し断った。可成達に取って義勝が唯一の希望だったからだ。
「そ~固いこと言うなよ~。最近の若い奴は手応えが無さすぎてつまらん。昔の義照みたいに新人を鍛えればマシな奴が出来ると思ったんだがな~。ダメだった」
義勝はそう言うと後ろで救護もされている者達の方を指す。
「恐れながら、森様に代わり某が相手をさせて頂けないでしょうか!!」
そう言うと可成の後ろから一人の男が前に出てくる。
義勝は出てきた男を値踏みをし溜め息をつく。
「……誰だお前?お前では盛勝の相手にすらならん。雑魚に用は無い」
義勝が正直に言うと男は顔を真っ赤にする。可成は落ち着くよう言うが言われた男は我慢が出来なかった。
「そこまで言われては我慢などできませぬ!!某は柴田勝家が子、柴田勝忠と申します!!何卒、一戦御相手願いまする!」
勝忠は織田家一の猛将柴田勝家の子であり、鍛えられたことで織田家内でも勝家同様猛将と言われていたが、義勝に雑魚呼ばわりされ我慢など出来なかった。
「そんなに弱いのにホント、勝家の子か?。おい。盛勝を呼んでこい」
「はっ!!直ぐに呼んで参ります!!」
義勝の命で政務を行っていた盛勝は直ぐに連れてこられた。おまけ付きで。
「お、叔父御(利家)じゃないか。なんでこんな所に居るんだ?うつけの殿(信長)は放っておいていいのか?」
「なんだと!!慶次!お前はいつもいつも…」
利家は盛勝と共に付いてきていた前田慶次に怒鳴ったが、後からやって来た人物を見て言葉を失った。
「久し振りだな。利家…」
「兄上…」
盛勝の後から出てきたのは兄である前田利久だった。
利久は信長によって荒子城(前田家居城)を追い出された後、各地を放浪し慶次郎が義勝に仕えたことを切っ掛けに盛勝に仕えていた。
盛勝にとって数少ないとても貴重な文官となっていたのだ。ちなみに、奥村永福も利久の家臣としてここにいる。
「父上(義勝)、今度は何事ですか?こっちはまだ政務が終わってないのですが……」
目の下に隈が出来、疲れ果てている盛勝は父義勝に尋ねる。だが内心ではいつものロクでもないことだと確信していた。
「ああ、何単純なことだ。この勝家の子だと言ってる雑魚の相手をしてやれ」
「………父上、私はまだ政務が…」「やれ」
「………はい…。では、さっさとやりましょうか」
盛勝は考えるのを止め、鍛練用の槍を手に取る。
勝忠も槍を取り構える。義勝と比べてこんなひ弱そうな奴(盛勝)より弱いなどあり得ないと思っていた。
そして………
「がはっ」
「なんと…」
勝忠は、盛勝に一瞬で敗れた。一緒に来ていた可成、利家もここまで簡単に敗れたことに驚きが隠せれなかった。
「はぁ~。父上、私も忙しいのでもういいですか?」
「おう!何かあれば呼ぶからな」
「……はぁ。森殿、前田殿、私はこれにて」
盛勝は溜め息を吐きながら戻っていく。
利家は兄の利久を見ていたが何も言うことが出来ず、その背を見送るしかなった。
「勝忠……」
「私は父上(勝家)に…」
柴田勝忠は本気で槍を突き首を取る気で向かったが、盛勝に一撃目を槍で払われそのままの勢いで盛勝に足を払われ勝忠が倒れた。急ぎ立ち上がろうとしたが、その時には盛勝に槍を向けられ負けていたのだ。
その為、試合前とは打って変わり完全に心が折れた。
「なぁ?言った通り雑魚だろ?………さて、用件については分かっている。三左、長可の助命は無理だぞ。義照は本気で尾張を焦土にするつもりだ。特に信忠に従っている者達はどこに逃げても殺すとな」
「分かっております。ですので、他の子供等の保護を御願いしたく参りました」
「………前田もか?」
「はい。何卒、御願い致したく。他にも多くの者が望んでおります」
利家はそう言うと多くの書状を差し出した。そこには寝返りや助命を願う物だった。
「先に言っておくが領地は全て没収は確実だぞ。それでもいいんだな?」
「「はい」」
可成と利家は返事をする。義勝は少し考えた末受け入れることにした。
「分かった。保護はしよう。だが、間者働きをしたら一族郎党皆殺しにされるからな」
義勝は可成達を受け入れることにした。条件付きで。
その後可成達は安堵し、尾張に帰っていくのだった。義勝は決めたことを盛勝に伝え、義照に伝えるよう言うと盛勝は「また勝手に」と胃を痛め、遂に心労で倒れるのだった。
それから十数日後、盛勝は胃を押さえながら信濃に向かうのだった。




