146 閻魔の顔も三度まで
本陣に戻り使者達と面会した。
やって来たのは、朝廷から九条兼照、二条兼孝、幕府から三淵藤秀、朝倉家から山崎吉家、浅井家から遠藤直経だった。
一人一人面会しようとしたら全員が同じ内容だと言うので全員一遍に面会した。
「兼照、これはどう言うことか?」
息子の兼照に訊ねると一緒にやって来た者達の顔を見合せてから口を開く。三淵(幕府)と山崎(朝倉)が一緒に来たことから幕府と朝倉が和睦したことはなんとなく分かったが、なぜ朝廷や浅井を伴ってやって来たか分からなかった。
「父上、今回は関白として朝廷の代表としてやって来ました」
兼照はそう言うと持っていた書状を見せる。書状には天皇家の菊の御紋があしらわれていた。
それを見てワシ(義照)は直ぐに兼照を上座に上がらせ下座に降り頭を下げる。周りの家臣団も一斉に平伏した。
兼照が持っていたのは綸旨だったからだ。要するに帝からの勅命だ。
兼照は書状を開くと勅命を読む。
「村上従三位右近衛大将義照。朝倉、浅井、及び北条と和睦せよ。また、和睦後上洛し参内せよ。と言うことです。父上、和睦の内容はこれに記しております」
俺達に関する和睦の勅命だった。内容は以下の通りだ。
村上家は朝倉家、北条家とは現在の領地で和睦とする。(占領している領地は占領した家の物とする)
朝倉義景嫡男、朝倉義宗に村上義照の
娘を正室として嫁がせる。
京を含む山城十万石を皇室領(天皇の領地)とする。
暫くの間統治は村上家が行う。
将軍足利義昭は隠居し嫡男である千歳丸を15代将軍とする。
また、後見人として三淵藤英、和田惟政とする。
管領は朝倉義景とする。
以下省略
義照は勅命が書かれた書状を最後まで黙って読んでいく。だが、周りの者は徐々に怯え出す。義照が激怒していることが直ぐに分かったからだ。
「……兼照。勅命とは言ったが誰が考えた?帝ではない。素案を作った奴がいるだろ?誰だ?」
「………わ、私と叔父上(前久)、二条殿、三淵殿、山崎殿です。朝廷、幕府、朝倉、浅井家は既に了承済みです」
義照の質問に兼照は怯えながら答える。周りも義照が実子である九条兼照に殺気を向けていたことに息を呑み、決して顔を上げようとはしなかった。もし、一言でも発してしまえば死しかないと錯覚したのだ。
「幾つか質問がある。まず、これに書いてあることだが村上、朝廷、幕府、朝倉、北条だけでなく、御家騒動が起こり内乱状態の長尾家についてもある。北条もだがこの内容に長尾家が了承すると本気で思ってるのか?」
そう、勅命の内容に長尾家についてもあった。内容は長尾家が必ず激怒するものだ。
「…既に長尾家にも北条家にも幕府、朝廷双方から使者が向かっております」
「向かっていると、承諾するは違うぞ兼照!!勝手に国を分けるなど何を考えておるか!この大馬鹿者が~!!!」
義照の堪忍袋の緒が切れた。
長尾家に対しての内容は加賀半国と越中半国を畠山義春に、残りを景勝にと国を割れと言う命令だった。
ちなみに、景勝は既に越中の大部分を制圧済みである。
「呑まぬ場合は朝倉、浅井、幕府が遠征に向かう手筈となっております。それは貴方様(義照)に対しても同様です……」
義照が声を荒らげると兼照を含め遠藤も山崎も怯え下を向く。しかし三淵は幕臣として淡々と告げる。三淵は長尾家に誰が向かったか分からないがたぶん生きては帰れないだろうと思っていた。そして自分も……。
「三淵、貴様ぁ………」
「失礼致します!!大殿、北条から使者が参りました!」
義照が側にある太刀を取った為、三淵達を斬るのではと周りが焦った時、場違いの兵士が駆け込んできた。
しかも、相手は北条の使者だと言う。
「…用件は何と言っている?誰が来た?」
「わ、和睦についてと。来たのはほ、北条幻庵です」
「さっさと連れてこい!!」
義照の怒号に兵士は慌てて出て行き幻庵を連れてきた。連れてきた兵士は怯えていたが、幻案は飄々とした態度で入ってくる。
「この度は…」「用件は何だ!つまらんことならその首を刎ねるぞ!!」
幻庵の言葉を遮り言い放つ。もしも、幻庵や綱成以外が来ていたら物言わさず首を刎ねていた。調べさせた結果、幻庵と綱成は今回の戦に反対しており、最終的に幻庵は城に籠もり、綱成は主命として受け入れていた。まぁ、最後には氏規のいる駿河に出ていったが。
「…そのご様子ですと既に話は聞かれている様ですので……我ら北条家は朝廷からの勅命を全て受け入れます」
「……それで暫く時が経てば、体制を建て直した朝倉と共に攻め込むつもりか?」
「いえ、和睦の証として菊王丸を人質に差し出します」
「…………大殿。菊王丸は氏政の四男に御座います」
誰だよそれっと思ったら側にいた昌祐が教えてくれた。氏政の四男だそうだ。正直知らん。
「…………分かった。ただし下総、上総半国は佐竹に明け渡せ。他についてワシは口を出さん。それが条件だ!」
「畏まりました。受け入れましょう」
義照が折れて認めたことで関東を巡る戦が終わった。だが、義照と幕府、朝廷との間に修復困難な程に大きな亀裂が出来たのだった。
幻庵は滝山城の北条本隊に戻っていき、使者としてやって来た五人は逃げ帰るように京に戻るのだった。
そして、本陣に残っていた家臣達は暫く恐怖から動けなかった。義照は黙って座ったが激怒したのが収まっておらず逃げ出せずにいたのだ。最後は昌祐の計らいで解散させて貰えたが暫く誰も義照に近付くことはなかった。
この和睦の翌日、河越城落城と北条軍援軍殲滅の報せが届くのだった。
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二日前
村上輝忠本陣
「先回り出来たお陰で敵は面を喰らってるだろうな」
「はい。ここからでも動揺しているのが分かりますので実際はまだ酷いでしょう」
本陣では、輝忠家臣団が揃い軍義を開いていた。傅役の昌豊は敢えて何も言わずに見守った。
「殿!先陣は我等にお任せを!」
「兄上(幸綱)…。まずは策を…」
「昌幸!敵はあれほど動揺しているのだ!このまま攻めて勝てるのは間違いないではないか~!」
「幸綱の言う通りだ!殿!我ら馬場勢に御命令を!敵軍を引き裂いて参ります!」
真田幸綱と馬場昌房の二人にも勝ちが見えていた。
だが、勝てることはこの本陣にいる全員が分かっていた。問題は如何に犠牲を減らすかだった。
「勝つだけなら問題は無い。如何に犠牲を減らし佐竹へ合流出来るかが大事だ。昌幸、利治、既に策を考えているのだろう?」
「「はっ!」」
輝忠に名前を呼ばれた二人が返事をし策を説明していく。
そして…四半刻後
「かかれー!!」
「進めー!!」
輝忠軍は北条軍に攻め掛かる。
中央先陣は各務元正、堀尾吉晴だ。
北条軍は富永政辰が前線に出て対応し、後方では北条綱高と大将の三郎が軍を立て直していた。
暫く時が経ち戦いは富永が奮戦し北条優位に進んでいた。
「おお!富永が敵を押している!!流石は青備を継いだだけあるな!!」
本陣で大将の三郎は喜んでいた。
初めは押されたが、富永が前線に出て鼓舞し村上軍を押し返していたからだ。
「三郎様!あれをご覧下さい!敵の右翼が崩れますぞ!」
本陣にいた武将が右翼を指していた。そこは味方が果敢に攻めてどんどん退いていたからだ。
「あ!中央も退き始めたぞ!三郎様、この戦我等の勝ちですぞ!!」
「あぁ!!全軍に追撃させろ!村上の首級を挙げるぞ!!!」
村上軍の右翼が退くのに合わせて中央も退き初め、北条本陣の武将達は追撃すべしと声を上げ、三郎も追撃を認め伝令を走らせる。そして、北条軍は勝ち戦と思い中央の村上本陣に集まっていく。
しかし、歴戦の猛者である北条綱高は本陣から戦場の様子を見て違和感を感じ直ぐに何故か理解し声を上げた。
「これは罠だ!!兵を退かせろ!!!!飲み込まれ分断されるぞ!!」
「「え?」」
綱高の大声に三郎と周りの家臣は呆気に取られ動けなかった。
村上軍中央
輝忠本陣
「二人(昌幸、利治)の読み通りだな…。旗を掲げ鏑矢を上げよ!!!!」
輝忠が命じると鏑矢が上がりそれを合図に戦場の流れが変わった。
北条側から見て村上軍の左翼が突出し過ぎた中央軍に突撃した。
「一人残らず討ち取れ~!」
「真田に後れを取るな!!皆俺に続け~!!」
左翼先方の江馬輝盛、出浦昌祐が下がると後方で待機させられていた真田幸綱と馬場昌房の部隊が中央軍に突撃し、横腹を突かれた北条軍中央は一瞬で瓦解、分断された。
村上軍左翼
「わざと負けるのもここまでだ!!全軍、押し返せ!三河武士の強さ見せ付けるぞ~!!!」
「「うぉぉぉぉぉ!!」」
村上軍左翼(北条側から見て右翼)が一斉に反撃に転じた。
この軍を指揮していたのは、榊原康政、服部正成の二人で兵は義照によって三河を追放された者の一族や、村上家が治め始めた頃に領地を没収され口減らしの為に家族に売られ三河を離れざるを得なかった者達が多く集まっていた。
そして、過去に村上軍を撤退させた三河の粘り強さをこの軍は持ち合わせていた。
「な、なんなんだ!!敵が盛り返したぞ!」
「お、俺はこんなところで死にたくない!」
「俺もだ!もう、やってられるか!!」
「おい貴様等逃げるな~! !」
勝ち戦と思っていたら一気にひっくり返され、北条の兵士達は逃げ出し始めた。
兵士と言っても無理やり徴兵された民百姓達なので残れと言う方が無理だった。
「えぇーい小癪な!!敵の本陣は目の前だ!村上を討てば我等の勝利だ!私に続け!」
富永政辰は自分に従う者達だけ引き連れて中央突破を狙い、最前線で槍を振るいながら突撃していく。
しかし……
「ゴフッ!…ここまで…か……」
政辰は兵士に討ち取られその生涯を終えた。そして、北条軍本陣にも騎馬隊が突撃していた。
「大将首だ!!討ち取れ!」
「綱高だぞ!逃がすな!!」
騎馬隊を率いていたのは工藤昌豊と斎藤利治、遠藤慶隆である。
北条軍本陣で乱戦が起こっていたが、大将である北条三郎と一部の側近は既に逃げていた。綱高によって逃がされたのだ。その為、綱高が大将として殿として残ったのだった。
半刻後
「北条綱高が首、討ち取ったり~!!!」
最後まで奮戦し時間を稼いだ綱高は討ち死にした。しかし、綱高の奮戦のお陰で三郎は滝山城にまで戻ることができたのであった。
奇しくもそれは、義照に戦の報告が届いたのと同じくらいであった。




