108 軍神+今張……=三七五六死
数日後
河内国讃良郡 四條畷
三好軍は陣形を整え長尾軍を待っていた。
間者の報告から進行ルートを考えだし万全の布陣を敷くことが出来た為だ。
斥候を何度も出し、自分達の思い通りの道で向かってきていることを確認する。
「ハハハ、長尾勢は我等の手の平の上か」
「だが、長尾以外の旗もあった。何処の旗かは調べさせているがまだ分からん。まぁ、村上ではないのは確かだな」
「それはそうだ。村上は間違いなく大和に向かっている。久秀の中に残していた間者から知らせがあったしな。京にいるのは僅かな村上の手勢と幕府のみ。簡単だ」
三人は本陣で長尾勢を潰した後の事を話し合い、談笑を続ける。この後地獄を見るとは夢にも思わず...。
一方長尾連合軍は大将景虎を先頭に進んでいた。
「御館様(景虎)、御命令通り敵の斥候は見逃しておりますがよろしいので?」
「構わん。三好勢は必ず一人残らず我が手で討ち滅ぼす」
「・・畏まりました。軒猿と物見に確認させておりますので伏兵の心配は御座いません...。御館様如何されましたか?」
景綱は物凄く不安を持ちながらも馬を進めた。不安の原因は景虎が何時ものように馬上で酒を呑んでいなかったからだ。
大抵戦の前には常備している酒を入れた瓢箪が空になっているが今回は一切手を付けていなかったのだ。
暫くして後ろから馬に乗った数人の男達が近付いてくる。
「よぉ、景虎。ちょっといいか?」
「仁科!!我が御館様に対してなんと無礼な!」
「も、申し訳ありません!!父上(義勝)!長尾様は此度の総大将で長尾家の当主なんですよ!失礼ですよ!!」
「弥太郎辞めよ。それで仁科殿、如何した?何度来ようが仕合はせぬぞ」
鬼小島弥太郎が怒号を上げ、仁科盛勝が謝り、景虎が弥太郎を止め義勝に訊ねる。
黙ってはいるが景綱や景虎の側の兵士達は義勝達を睨む。
やって来たのは仁科義勝と息子の盛勝と側近達だ。
ちなみに、義勝は何度か景虎に手合わせを挑んだが全て断られている。代わりに弥太郎と柿崎景家に同時に相手をしてもらい勝利している。
ちなみにそれを聞いた義照は「いつの間に…しかも、あの猛将達(景家、弥太郎)にかよ」と呆れを通り越していた。
「何、単純な話だ。このまま三好の本陣に突っ込まないか?」
「「「なっ!」」」「ちょっ!父上!!」
義勝の言葉に息子盛勝を含め周りは驚く。
景虎は黙って聞いていたが、義勝の方を向いて笑みを溢す。
「・・・奇遇だな。ワシもそう考えていた」
「「「「御館様!!!」」」」
「御館様!何を考えておいでなのですか!!!」
景虎の言葉に景綱や側近達は驚きのあまり声を上げる。
「それで、誰に声を掛けた?」
周りの声を他所に景虎は義勝に訪ねる。
景虎の言葉に盛勝と傅役の正国達は驚愕し言葉を失っていた。まさか、同じ事を考える人がいるなんてと…。
「以前戦ったことがある織田の柴田と武田の黒備えとか言う兵を率いている山県って言う俺より年下のチビだ。だがこのチビ(昌景)、かなりのやり手らしい。あの義照がかなり警戒していた」
「ふむ。あやつ(義照)が警戒し、お主(義勝)が認めるのだ。かなりの強者なのは間違いないだろう。では、このまま突撃しようか」
「御館様!何を申されるのですか!総大将が先陣を切って突撃するなど聞いたことがありません!」
「景綱殿の申す通り。御館様はこの軍の総大将なのですぞ!」
二人(景虎、義勝)は周りの反論を一切聞かずこの後の突撃について馬上で話し合った。
そして、半刻後
景虎は目の前の三好勢を眼前に捕えていた。柵などは無いが三好勢は鶴翼の陣形で布陣している。
そして、太刀を抜き三好本陣に向ける。
「皆...我に続けぇぇぇぇぇ~~!!!」
「行くぞぉぉぉぉ~!!!!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~」」」」
景虎の号令と義勝の大声を皮切りに付いてきていた長尾、仁科と前もって知らされていた柴田、山県の軍勢が一斉に突撃を始める。他の者達は突然の突撃命令で困惑した。
そして先頭を走っているのは景虎と義勝だった。
行けぇぇぇ~ー!!
進めぇぇぇ~!!
三好勢はまさか、直ぐに突撃して来るとは思わず動揺した。
しかし、長く六角、畠山、幕府を相手に戦い、勝ち続けただけあって直ぐに落ち着きを取り戻し迎え撃つ。
「あれは景虎か!!鉄砲隊、先頭の二人を狙えぇぇぇ!!火蓋を切れ~・・射てぇぇぇぇ!!!」
ドドドドドドドドドン
三好の武将の号令と共に数百丁もの鉄砲が一斉に火を吹く。
「ハハハ!軍神だろうがひとたまりもあるまい!!!」
前線で指揮していた武将は景虎を撃ち取ったと笑みを浮かべるが次に目に映ったのは鉛弾の雨を受けても平然と先頭で突撃をしてくる二人だった。
「なっ!!な、な、にをしているか!!早く撃て!!」
「あわ…わわわわ…」「あああああああ」
「撃て!撃たんか!」
武将は慌てて指示を出すが鉄砲隊はあれだけの鉛弾を撃ち込んだのに傷一つ付いていない先頭の二人に恐怖し動けなかった。動けた者も鉄砲を再度景虎と義勝に向かって撃つが、弾がかすることすらなく味方を恐怖のどん底に落とすことになった。
「は、早く撃!...あ..れ?」
叫んでいた武将の目には自身の体が映っていた。
ただし、首から上が無く...。
男は突撃して来た景虎に一瞬で首を跳ねられたのだ。
「ぎぁぁぁぁぁぁ」「うぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「た、助け!グハッ!」
前線に景虎と義勝、そしてそれに続く兵士達が突撃し乱戦が始まる。
三好三人衆本陣
「前線は何をしているか!!さっさと敵を止めぬか!」
「両翼は敵を包囲しろ!!一気に殲滅するのだ」
「前線は放棄して構わん!後方は隊列を崩さす敵を迎え撃て!!」
三人衆は本陣で慌てて指示をしていく。
まさか、到着して全軍が揃っていないのに景虎が先陣を切って突撃してくるなど夢にも思わなかったからだ。
「申し上げます!!敵の先鋒は長尾景虎と仁科義勝です!!」
「「「何だとぉぉぉぉ!!!!」」」
伝令からの知らせに三人は驚愕する。総大将自ら先陣を切って突撃して来たからだ。
「軍神に今張遼だと!何としても討ち取るのだ!!」
「申し上げます!!前線を突破した敵は真っ直ぐこちらに向かっております!!前線は敵の後続と乱戦、完全に崩壊しました!!」
「えぇぇい!!包囲はまだ出来んのか!!」
「落ち着け!まずは後詰めを押し出し、敵の突撃を止めろ!その間に包囲を完成させ奴等の背を突け!」
三人衆は怒鳴りながらも的確に指示をしていき包囲を作り上げようとした。
「弱い」
ぎゃぁぁぁぁ!
「弱い..」
ぐへっ!!がはっ!
「あぁーもう弱過ぎるじゃねぇぇぇか!!」
義勝は槍を振るいながら叫ぶ。
義勝は長年京を掌握し精強だと思っていた三好兵があまりにも弱すぎて嘆いたのだ。
「殿(義勝)のおっしゃる通り!!なんでこんなにも弱兵ばかりなんだ!!」
「市川の申す通りだ!うちの新参より弱いとは!」
義勝の側に側近の石黒と市川が悪態を付きながらやって来る。
二人も既に全身返り血で血まみれだ。
義勝は周りを確認する。三好勢に包囲はされたが押し込まれている所は無く、食い破る方が時間の問題だった。
「景虎は...もう、あそこまで行ったのか。旗からして柴田と山県も付いていってるな」
敵本陣の方を見ると長尾を中心に柴田、山県の軍が敵本陣まであと少しと言った所まで行っていた。
「はぁー、こんな雑魚なら来なきゃ良かった」
「父上~」
義勝が盛大に溜め息を付いていると息子の盛勝がやっと追い付いた。
「父上、先行し過ぎです!遅れた兵達は皆連れてきました。敵も中々強いですし…」
「若(盛勝)、敵は赤子のように弱いですぞ!!」
「石黒の申す通りで御座います。このような案山子の軍勢に遅れを取る様では鍛練が足りませんな!!よし、戻ってからは今の倍にしましょう!」
市川の言葉に遅れてやって来た兵士達の顔は青ざめる。今でさえ付いていくのがやっとなのに倍にされると言われたからだ。
「はぁぁぁぁぁ~。あーつまらん。さっさと三人衆の首取って帰るか。盛勝、包囲している軍を片っ端から潰せ。俺は本陣に行ってくる」
「あ!父上待って下さい!!本陣はどうせ直ぐに落ちるので包囲を崩すならそこを突破して本陣の後方で逃げてくる三人を待ち伏せた方が良いです!」
「・・それもそうだな。そうするか。じゃぁ、後は任せる。お前ら行くぞ!」
息子の盛勝の説明に義勝は少し考え承諾し、直属の兵を引き連れ戦場に血の雨を降らせて行く。
「・・・はぁ~。また置いてきぼりか...」
「仕方ありません。義勝様は昔のままですから...はぁ~」
盛勝と傅役の正国が溜め息を付く。
その周りも同じように溜め息を付く。仁科家では日常的な風景だ。
盛勝は周囲を確認する。精鋭軍は完全に包囲はされたが食い破るのは時間の問題と感じた。
そして…
(あれは確か太郎太刀の真柄殿だったっけ。・・・えぇ…人ってあんな風に吹き飛ぶもんだっけ? あっちは浅井の磯野殿だったな。うわぁ~横から挟撃されてるのに突撃してるし……。こんな戦をするのって父上(義勝)だけじゃないんだな…)
盛勝は周りの異常な戦闘を確認して考えるのを辞めた。理解しようと考えたら無理だと思ったからだ。
「・・・はぁ~ 。それじゃ父上が空ける穴から脱出し敵の背を突く。夏目と石合は半分の兵を引き連れて右周りに包囲している敵の背を蹂躙していって。残りは私と左回りに同じ事をする。蜂屋、左回りの先陣を任せる」
「「ははぁ!!」」「畏まりました!!」
盛勝は家臣達に指示をすると急いで父達の後を追いかけた。
そして、追い付く頃には既に包囲に穴を空けていたので、盛勝はすんなり抜け出し、予定通り包囲している三好軍の背を攻め滅茶苦茶に崩壊させていくのだった。
三好軍の包囲が仁科親子によって滅茶苦茶にされてから少して、三好本陣には景虎達が到着して周囲を蹂躙していた。
そして逃げ出そうとしていた岩成友通は山県昌景によって討ち取られ、三好宗渭は長尾勢に包囲され降伏を申し出た。
しかし・・・・
「貴様等は上様を亡き者にし、帝がおわす御所にまで土足で踏み込んだ!!許される訳が無かろうが!!皆討ち取れ!!」
「糞がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
景虎の怒りを甘く見た宗渭は毘沙門天(景虎)の逆鱗に触れ、最後は無惨にも八つ裂きにされ討ち取られるのだった。
そして最後の一人、三人衆筆頭の長逸は・・・
「はぁはぁ……早くここから逃げなければ……」
「殿、やっと三人衆が来ましたぞ」
「はぁ~やっとか。遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」
本陣から逃げ出せていた長逸は息を切らせながらも進んでいた。だが、目の前で軍勢が待ち受けていた。
「なっ、あ...ぁ...」
「ひ、ひぃぃぃ…」
長逸と兵達の眼前には死体の山に座る鬼(義勝)だった。
義勝は返り血で真っ赤に染まっており、それを見た三好兵達は足がすくみ、動けなくなり、自然と武器を手放していた。
義勝は包囲を突破した後、逃げ出していた三好兵を見つけては血祭りに上げて行き三人衆が来るのをまだかまだかと待っていたのだ。
「で、此奴は誰なんだ?」
「えー確か、三人衆筆頭の三好長逸ですね」
義勝の側にいた配下の小田切が誰か答えていく。
「強いか?」
「雑魚です。殿(義勝)を満足させられそうなのは死んだ、鬼十河くらいでは?あ、後松永殿の弟もそれなりに武名を轟かせていた筈です。もう死んでますが」
義勝はのんびり話していたが、長逸はどうやって逃げ延びようか必死に考えていた。
「ど、どうか命だけ「殺せ」 ..え?」
長逸は命乞いをしようとしたが義勝はたった一言だけ言い放つ。
そして、その命令は速やかに実行され、長逸含む三好兵は一瞬で槍で串刺しにされ始末されるのだった。
「あ!捕まえるの忘れてた。はぁ~まぁ、ここで死んだ方が幸せだろうな。あいつ(義照)が本気で怒るなんて須田を殺された時以来かな~。まぁいいか」
義勝はそう言うと戦場の方を見る。勝鬨が響いていたので戦が終わったのだと分かった。
「はぁ~つまらん相手だったな。帰るぞ」
義勝に言われ兵士達は集まりのんびりと景虎達に合流した。
そこでは捕虜になった三好の兵士達が、景虎の命により全員打ち首にされている最中だった。
景虎は将軍を殺め、御所に踏み込んだ兵など生きるに値しないとし殺すように命じ実行したのだ。
勿論反発はあったが景虎は一切認めず処刑は開始された。
他の諸将は景虎の苛烈さに驚きと恐怖を感じ、口を閉ざすのだった。
捕虜となっていた数千人の打ち首が終わる頃には夕暮れになっており、辺りは血の池が出来上がるのだった。




