彼らの事情とオレ②
「聞きたいのは、どうして闘王なんてものをやる羽目になったかなんだ」
闘王の控え室を不法占拠したオレ達は元この部屋の主に質問した。
「個人的な問題だ」
それだけ言うと、デイブレイクは押し黙った。
えっ……ホントそれだけ?
せっかく会いに来たのにそれだけじゃ、さすがに引っ込みがつかない。
「訳を話してくれれば、何か協力できることもあるかもしれないし……」
「私の処分はケルヴィンが決めてくれるだろう。それに従うだけだ」
前言撤回、やっぱり堅物だ。
「デイブレイク先生、私からもお願いする。貴方のお役に立ちたいのだ」
真剣な眼差しでオーリエが身を乗り出す。
さすが、恋する乙女は積極果敢だ。
デイブレイクはその視線を静かに受け止める。
「さっきのオーナーってメルベルテ家の当主だろ。確か、今は斜陽になっているが、旧い家柄で物流や斡旋業に影響力があったと聞いてる」
クレイがソファーに座ったオレの後ろから発言する。
相変わらず情報通な奴だ。
「そうだ、クレイ君の言う通り、メルベルテ家は斡旋業、特に傭兵の斡旋に力を入れていた。しかし先代の晩年には既に他家に圧倒され、事業の縮小を余儀なくされていた」
ちらりとクレイを見たデイブレイクは、一旦口を閉ざすとオレとオーリエの顔を交互に見てから、もう一度口を開いた。
「そして、先代は私の恩人だった」
「恩人……」
呟いたオーリエをじっと見つめると、デイブレイクは話を続けた。
「……少し私の昔話をしよう。聞いてもらえるか」
私の父親は傭兵だった。
それなりに腕が立ち、名も知られていたが、戦闘で瀕死の重傷を負い、それが元で将来をふいにした。
傷が癒えた父は、自分と幼い私を生かすために農場で働くことを選んだ。
雇い主である農場主は気の良い男で、生後まもなく母親を病気で亡くしていた私を憐れんで、彼の家族と一緒に生活することを許した。
農場主には私より一つ年上の一人息子がいて、私はその息子の友人として望まれたのだ。
その当時、7歳だった息子の名はケルヴィンと言った。
はじめて会ったケルヴィンは、極めて機嫌が悪かった。
私を見上げて舌打ちをしたことから、年下の癖に自分より背の高い私を気に入らなかったようだ。
『申し訳ありません、ケルヴィン様』
私は頭を下げ、身体を縮込ませるとケルヴィンは目を丸くした。
『どうして謝るんだ? お前が大きいのは、確かに気にくわないけど、お前が悪いわけじゃないだろ』
『でも……』
『すぐに追い抜いてやるから、気にするな。それと、様はいらない』
『はい…………ケルヴィン』
ケルヴィンはその頃から、大人が舌を巻くほど頭が良かった。
ただ、負けず嫌いで真っ直ぐな性格のため、よく喧嘩に巻き込まれた。
けれど、小さい身体を駆使して相手の弱点を突き、負けることは少なかった。
9歳の頃には、彼より年嵩の少年達を抑えて、その辺りの少年達のボス的存在になっていた。
体格が良くて腕力が強かった私は彼のボディーガードのような役目を担うようになっていた。
自分の信じた正義と倫理を他人に強要する彼はさしずめ小さな暴君であったが、大人たちはそれを歓迎し、他の子等は彼の智謀と私の腕力に逆らうことはなかった。
だが、そんな彼も母親の前に出ると借りてきた猫のようだった。
ケルヴィンの母親のマリエルは、いつも穏やかで笑顔を絶やさない聡明な女性で……とても美しい人だった。
最初に会った時、私は神殿のレリーフで見た女神が現実に現れたのかと真剣に思ったほどだ。
マリエルの前では、ケルヴィンは素直で良い息子を演じ続けていた。
問題を起こして母親が悲しむことを彼は最も恐れた。
けれど、勘が鋭く頭の良い彼女はとうに彼の性格を見抜いて、密かに懸念していたのだ。
そしてある時、彼女はケルヴィンにわからぬように私を呼ぶと、そっと耳打ちした。
『デイ、ケリーをお願いね。あの子、自分に出来ないことは何もないと思い込んでいるようだけど、それは思い上がりだわ。でも、人が意見しても聞く耳を持たない子だから……。デイ、出来る範囲でいいから、あの子を助けてやって欲しいの』
彼女にしては珍しい身勝手な申し出だったが、私は嬉しかった。
彼女に頼られたという事実に誇りさえ感じた。
『はい、任せてください、マリエル』
その約束がそれからの私の全てとなった。
農場の仕事の傍ら、私に剣の手ほどきをする父の気持ちを考えれば、その意志を継いで戦いを生業とする職業を目指すのが親孝行だったのかもしれない。
けれど、私は既に行く道を決めてしまっていた。
ケルヴィンの隣で彼を支えていくと……。
『デイ、俺は必ず、この村を出て行くぞ』
『どうして?』
『俺のような人物がこんなみすぼらしい村で一生を終えるなんて世界の損失だからさ』
『ケリー、損失……って、どう意味?』
『そ、それは……良くないことっていうか、そう……もったいないってことさ』
『もったいない……?』
『デイ、この村の子どもの中で一番頭のいいのは誰だ?』
『ケリー、君だろう』
『いや、大人はみんな神官の息子のビストだと言うに決まっている』
『そうかな?』
『そうだとも。でも、あいつの頭が良く見えるのは神官の息子ってことと、神殿の書庫に入り浸って勉強しているからさ。もし、俺が奴だったら、もっと賢くなってたし、村のために役に立ってたさ』
ケルヴィンが自ら進んで村のために何かするだろうかと思わないでもなかったが、私は頷いて見せた。
『デイ、俺は帝都で役人になって、どんどん出世して最終的に……』
全く疑いもせずケルヴィンは言った。
『俺は帝国宰相になる』
私は、彼の子どもじみた宣言を厳かに聞いた。
そして、彼の目的のために助力を惜しまないと心に誓った。
自信家でわがままだけれど、憎めない一つ年上の友人と優しく美しいその母親のために。
母という存在や温かな家庭に飢えていた私にとって、それは今も甘美な記憶となって甦る。
私はその満ち足りた生活が、ずっと続くものだと思い込んでいた。
けれど、ある夏の日にそれは突然終わりを告げた。
村を戦禍が襲ったのだ。
今となっては、それがライノニア、カイロニアのどちらの陣営に属する部隊であったか知るすべもない。
わかっているのは、主戦場からわずかに離れたこの村に突然現れた部隊が略奪行為を行ったという事実だけだ。
村の外れで、ちょうど私の父親とケルヴィンとで剣の練習をしていた時に、その襲撃を知った。
父は私達に裏山の狩猟小屋に隠れるように指示すると、単身村へと戻った。
『僕も、父さんを追って村へ戻るよ』
思いつめて小屋から出ようとした私を、ケルヴィンは押しとどめた。
『行っても無駄だ。俺達にできることは何もない。お前の親父の言う通り、ここでやり過ごすしかない』
『でも……』
納得できず視線を落とすと、ケルヴィンは両の拳をぎゅっと握り締め、激情を抑えているためか小刻みに震えていた。
本当は彼の方こそ、私以上に村へ……母親の元へ向かいたかったに違いない。
私は自分が開けた扉の前で振り返ると、彼に向かって軽く頷いた。
しかし、ケルヴィンは私には目もくれず、私越しに外をじっと見つめていた。
『ケルヴィン?』
『村が……村が燃えている』
慌てて二人で小屋の外へ出ると、見下ろした村は夕景に同化するように赤く燃え上がっていた。
私達は呆然とそれを見つめ続けることしか出来なかった。
翌日、村へと戻った私達を待ち受けていたのは絶望という名の現実だった。
凄惨な有り様に私は膝を折り、激しく嘔吐した。
涙を滲ませながら、横に立つケルヴィンを見上げると彼は泣いてはいなかった。
一切の感情を見せず、虚ろな目で、ただ黙って見つめているだけだった。
私達はその日、全てを失ったのだ。
ケルヴィンは10歳、私は9歳になったばかりの夏の日の出来事だ。
それから、ケルヴィンは隣の村に住むという遠縁の者に引き取られることになったが、私には行くあてがなかった。
縁者ならまだしも、全くの他人の面倒を見る義理など先方にあるわけがない。
私が途方に暮れている時、出会ったのが事後の調査に来ていたメルベルテ家の先代だった。
村への襲撃の顛末を私から聞き終えた彼は、ふと疑問を投げかけた。
『ところで、君は今後どうするつもりかね?』
『決まっていません。仕事を探さなきゃと思っています』
私の受け答えと体躯をじっと見つめて、彼は言った。
『そうか……もし良ければ、私に任せてみないか。悪いようにはしない』
信用する理由はなかったが、他の選択は私にはなかった。
私は彼の紹介で傭兵団に入った。
それから10年の月日が流れ、私は一端の傭兵になっていた。
正直、我ながら天職と思うほどの成長を見せ、自分で言うのも気が引けるが周囲の期待も大きかった。
特に、私に目をかけてくれた副団長から学ぶことは多く、いつか彼に認められる存在になりたいと、常々思っていた。
そんなある日、私を突然、訪ねてくる者がいた。
『デイ、久しぶりだな』
『ケリー……』
10年振りに会うケルヴィンは理知的で端整な顔立ちだが、少し酷薄そうな若者に成長を遂げていた。
『お前に頼みが合って来たんだ。』
『頼み?』
『俺と一緒に帝都へ行ってもらいたいんだ』
事も無げに言うケルヴィンを、私はまじまじと見つめた。
本気で、今の私の全てを捨てて従えと言うのか……?
まっすぐと私を見つめる彼の目が嘘偽りのないことを示していた。
私はため息をついた。
断わるのは簡単だった。
しかし、幼い頃、彼の母親と交わした約束をふと思い出した。
(デイ、出来る範囲でいいから、ケリーを助けてやって欲しいの)
私は傭兵団を退団した。




