彼らの事情とオレ①
「デイブレイク君、全く君には失望させられたよ!」
部屋から聞こえる大声で、オーナー室のドアを叩こうとしていたオレは固まった。
「いつも僕に説教をたれていた君が、あんな小娘にしてやられるなんて、冗談にも程がある」
オレが後ろを振り向くとクレイは頷き、ヒューは目を伏せた。
怒鳴っているのは、ヴァルトの言っていたデイブレイクが後見人をしているオーナーのようだ。
声からすると、かなり若そうに聞こえた。
「とにかく、君のせいで僕は大恥をかいた上に大損害だ。いったい、どうしてくれるんだ?」
オーナーの罵声に対し、デイブレイクの返答はない。
「お祖父さまに目をかけられたのをいいことに、思い上がって何度、僕に無礼なことを言ったか覚えているか? 今までは亡きお祖父さまに免じて許してやってきたが、もう我慢ならない。恩を仇で返されるとは、全くこのことだ」
なんだとぉ……。
ヴァルト一派に対抗できたのは、デイブレイクがいたからじゃないのか?
オレの顔色を読んで、クレイが肩に手を置く。
「落ち着け、気持ちはわかるが我慢しろ」
「でも……」
オレの不満の声は、物が壊れる音でかき消される。
オーナーが何か物を投げつけたらしい。
「何だ、その顔は? 言いたいことがあるなら、はっきり言え!」
「…………恐らく私は帝都守備隊長の任を解かれるだろう。もし、可能なら引き続き貴方を支えていきたいと思うのだが」
デイブレイク……こんだけ罵られても、まだ従うつもりなのか?
「何を甘えたことを。虫が良いのにも程がある。王位戦に敗れたお前など、もう用済みだ。 荷物をまとめて、さっさと出て行け! 二度と顔も見たくない」
「しかし、先代との約束が……」
「そんなもの僕には関係ない……話はこれで終わりだ。この部屋からすぐ出て行け! いや、お前が出で行かないなら、僕が出て行く」
えっ……とオレが思っている間に、いきなり扉が開く。
部屋の前に並んだオレ達と鉢合わせしたオーナー君はぎょっとした顔で見回した。
現れたオーナーは見るからに若かった。
20代前半か半ばくらいか……神経質そうな目をした感情の起伏の激しそうな痩せた若者で、オーナーという肩書きが板についていないのは明白だった。
「君たちは……?」
不審げな表情で面々に視線を泳がせたオーナーは、最後の最後でオレに目を留めると、表情を和らげた。
「オーナーの僕に何かご用ですか? お嬢さん」
うえっと思いながらも、話かけられたのを幸いに文句を言ってやろうと、口を開きかける。
と、それより早くオーリエが前に出ると、若きオーナーを激しく糾弾した。
「おい、貴様。オーナーだか何かは知らないが、デイブレイク先生に何て言い草だ! 人を侮辱するのも大概にしろ」
普段、冷静なオーリエが怒る姿を見るのは、アレイラに髭団長を侮辱された時以来だ。
「何なんだ? この失礼な女は!」
オーリエの剣幕に一瞬、とまどいを見せたけど、すぐに怒りを露わにする。
「この僕にそんな口の聞き方をするなんて、愚かな女め。ただでは済まなさないぞ」
ディノンがごく自然にオーリエの前にかばうように立ち、眉間にしわを寄せながら無言で睨みつける。
オーナーは、罵声を浴びせようとして、こんな時に頼りになる男を部屋に置いてきた事に気付き、視線を逸らした。
そして、その先にオレの姿を見つけると、上から下まで蛇のような目で眺めた。
「何故、君のような美しい人がそんな粗末な身なりをしているんだ?」
オレ達は街中でも目立たないように王宮で着るドレスから庶民の着る平服に着替えていた。
でも、オレはひらひらのドレスより、シンプルで丈夫なこの服の方が動きやすくて好きなんだけど。
「どうだい? 僕と付き合えば素敵なドレスもプレゼントしてあげられるし、贅沢三昧な生活ができるぞ」
どうも、オレはこの手のお坊ちゃんに、とことん好かれる体質らしい。
ディノンのようにクレイがオレの前に立ってくれるのを少し期待したけど、オレの後ろで笑いをこらえているのを感じ、諦めてオーナー君に言った。
「悪いけど、そんな気は全然ないし、あんたには用はないんだ。そこをどいてくれると有難いんだけど」
「な……」
オレの言いように一瞬、顔色が青ざめたけど、すぐに気を取り直すと鼻を鳴らした。
「ふん、どつもこいつも馬鹿ばかりだ!」
そう言い残すと闇闘技場のオーナーは興味を無くしたようにその場を後にした。
オーナー室の扉に手をかけ、振り向くと皆がオレを見つめていた。
オレが軽く頷くと、全員が頷き返す。
扉をゆっくりと開け、部屋の中を覗き込んだ。
デイブレイクが部屋の真ん中で静かに立っているのが見えた。
「デイブレイク?」
「先生!」
開けた扉からオーリエが真っ先に部屋の中へ飛び込む。
「来ていたのか……何の用だ?」
デイブレイクはオーリエ、オレ、ユクを順に見て、さして驚いた様子も見せず問いかける。
「失礼とは思いましたが、その……心配で……」
いつもはっきり物を言うオーリエにしては歯切れが悪い。
「こんな所に来るなど、候補生にあるまじき行動だな」
言葉はキツイが口調は柔らかい。
けど、勇んで入ったオーリエのテンションはみるみる下がった。
「そういうあんただってこんな所に出入りしてるなんて、帝都を守るべき守備隊長としてあるまじき行動だね」
お返しとばかりに言い返すと、オーリエが慌てる。
「リデル、言い過ぎだ。その冗談は洒落にならない」
えっ、そうかな?
心配になってデイブレイクを見ると……口元がかすかに笑っているように見えた。
笑った?
確かに、今笑ったよね。
笑い顔なんて、初めて見た気がする。
オレが驚いて見つめると、デイブレイクもオレへと視線を移した。
「リデル君、やはり君は素晴らしい戦士だったのだな」
白き戦姫の正体はバレバレだったみたいだ。
「一応、ありがと。でも、どうしてわかった?」
「初めて会った時、妙な違和感を覚えた」
トルペン先生と一緒に王宮の廊下で会った時か……。
「目に入る姿と君から受ける印象に差異があるように思えた。そしてそれは、武術の授業で君と相対した時、確信に変った。君は見た目通りではない……危険な存在だと。私の戦士としての直感がそう告げていた」
「王宮ではおとなしくしてたんだけどね」
どこがですか! とシンシアが叫ぶ顔が頭に浮かんだけど、無視する。
「一般人ならまだしも、闘いを生業としている者なら大抵気付くだろう」
デイブレイクの発言で、闘いを生業としているオーリエとディノンが軽くへこんでいる。
「私は残念だが、見抜けなかった……」
「俺もだ」
「わ、わからないようにしていたんだから、当たり前さ」
慌ててフォローするけど、二人の顔色は冴えない。
「ところで、私に何か用向きがあったのではないか?」
デイブレイクがやんわりと話題を変えてくれた。
「そうそう、あんたに聞きたい事があってね」
「そうか……それでは立ち話も落ち着かないな。闘王の控え室に場所を移そう。もっとも、既に私には使用する権利はないが、現闘王の君が一緒なら構わないだろう」
「残念だけど、オレもさっき闘王になるのを辞退したから、権限はないぜ」
「ふむ、闘王不在なら誰も使う者がいないということだ。なら、勝手に使っても構わんだろう」
片目をつぶって見せたデイブレイクは、思ったより堅物ではないように見えた。
もしかしたら、帝都守備隊長という役職が彼の本来の性格を抑え込んでいたのかもしれない。




