黒の闘王とオレ③
「リデル、君はいったい何者なんだ!」
オレの肩をがしっと掴むと噛み付かんばかりにオーリエが詰め寄る。
か、顔が近いよ、オーリエ。
「い、いや。ただのお姫様候補……かな?」
顔を赤くしながら、ぼそりと答える。
「そんな訳あるかい!」
オーリエの横でディノンが叫ぶ。
「ディノンの言う通りだ。君が倒したデイブレイク隊長と闘った私が断言するが、彼を倒せる女性がこの世の中にいるとは正直思わなかった……君がただの姫様候補生である訳がない」
着替えを手伝い終えた衣装係のお姉さんを見送った後、観客席に戻ろうとした矢先にオーリエ達が控え室に無理矢理乱入したきたのだ。
そして、いきなり詰め寄られているという次第だ。
「観客席で戻るのを待とうと止めはしたんですが……」
オーリエとディノンの後ろからヒューがユクを伴いながら、済まなさそうに言う。
「正直に話さないと、私はここから一歩も動かないからな」
オレの肩にかけた手に力を込め、オーリエは駄々っ子のように宣言した。
普段のオーリエからは想像もできない振る舞いだったけど、子どもっぽいオーリエは何だか可愛く見えた。
「オレは……」
「ルマの武闘大会無差別級部門、準優勝者だよ」
横合いからクレイがぼそりと言ってのける。
「無差別級部門の……」
「準優勝者だって!」
オーリエとディノンが呆然として呟く。
二人とも曲がりなりにも剣で身を立てたいと思っている人間だ。
言葉の持つ意味に衝撃を受けている。
自分の目の前にいる女の子が見た目とは裏腹に、このイオステリアで恐らく二番目の強さを誇る人物であるという事実に。
「す……すごいな、リデル」
オーリエの目に賞賛と羨望の色が見える。
彼女の長所は、剣と同様に素直で柔軟なところにあると思う。
大会の無差別級部門の話をあれこれ聞きたがるオーリエは目をキラキラさせながらオレを見つめる。
そこには、単純に強さへの憧れが感じられた。
一方、ディノンの受け止め方はそれとは少し違う。
「いやホント、全くたまげたよ。まさに人間離れした強さだった。このこと、最初からクレイとヒューは知ってたんだな?」
驚嘆する瞳の奥に不審と畏怖が透けて見える。
恐らく、守るべき相手のいるディノンにとって、自分が絶対に敵わない相手が身近に出現したことに戦慄を覚えているのだろう。
敵に回した状況を仮定すれば、その焦燥は理解できる。
オレだって、決勝戦前夜のダノン邸でのクレイとイクスとの闘いを思い出すたびに胸が苦しくなる。
それは、腕の立つ人間が必ずしも高潔な人格者であるとは限らない現実があるからだ。
闘いの勝者とは、ただ単に相手より強かったに過ぎない。
そして、敗者はその生殺与奪を勝者に委ねるしかなくなる。
自分の敗北は、自分だけに留まらず守るべき相手をも不幸にさせるかもしれない。
だから、オレはエクシィーヌ公女のために聖石を欲した。
誰よりも強くなるために。
まぁ、その結果がこれだと……本末転倒って気もするけどね。
「で、リデル。これからどうするんだ?」
興奮冷めやらぬオーリエを眺めながら、クレイがオレに尋ねる。
「もし、許されるなら、今からデイブレイクに会いに行こうと思う」
オレの提案にクレイとヒュー以外は呆気に取られた顔をする。
「い、今からか? それはいくらなんでも相手に失礼なんじゃ……」
ディノンが、彼らしくないまともな意見を述べる。
「失礼は承知だけど、このまま会えなくなるかもしれないし、理由を確かめたいんだ」
ヴァルトの言葉が耳に残っている。
デイブレイクは帝都から追放されるかもしれない。
だから、その前に会って、話が聞きたい。
「私もリデルに賛成だ。このままじゃ、気になって仕方がない」
オレの提案にオーリエが同調する。
ふと見ると、最初から諦め顔だったクレイとヒューが、近くに居た会場スタッフに黒の闘王の居場所を確認していた。
「クレイ、ヒューありがとう」
「いや、どうせ止めても無駄だからな」
「そうですね、いつものパターンですし……」
オレって……そんなに信用ないんだ。
「大丈夫ですよ、リデルさん。心配しなくてもデイブレイクさんは必ず会ってくれます」
ユクが何の根拠もなく断言する。
「それも予知?」
「そうではありませんけど、そんな気がするんです」
にっこり微笑むユクを見ていると、何だかそんな気がしてくるから不思議だ。
「リデル、黒の闘王はオーナー室にいるそうだ」
クレイはたった今得た情報をオレに告げる。
「場所も確認しました。こちらです」
ヒューが先に立って案内する。
うん、やっぱり二人ともホント頼りになる……。
ちょっと、オレに甘過ぎるのが難点だけど。
オレ達が向かうのは、影のオーナー(ヴァルト)ではなくデイブレイクと繋がりのある本当のオーナーの部屋だ。
さして迷うことなく、オレ達は目的の部屋にたどり着いた。




