黒の闘王とオレ②
控え室の前で大きくため息をつき、オレは部屋に飛び込むとヴァルトが両手を上げて、出迎えてくれた。
「素晴らしい! 期待以上の活躍でした。苦しい場面があったとはいえ、まさか、実力であの黒の闘王を倒すとは……」
本当に勝つとは思っていなかったような口振りだな。
「いや、本当に驚きました。決勝戦を欠場したことを団長が残念がる理由がよくわかりました。全く圧倒的な強さですな」
さすがにジェームスの目は誤魔化せないようだ。
「あれで良かったのか、二人とも?」
オレはそう言いながら、仮面を外した。
「えぇ、ありがとうございました。これで、彼は引退せざるえない……というより帝都には居られなくなるでしょう」
「何だって!」
ヴァルトの返答に剣を置こうとしたオレの手が止まる。
「それ、どういう意味だ? 説明してくれ!」
剣を握ったまま、詰め寄ろうとすると、ヴァルトの後ろに控えていた四人の護衛が前へと出る。
「無駄なことは止めたまえ。君達が束になってかかっても彼女に敵わない ことは、今しがたの闘いでを見てわかっていると思うが。一瞬で叩きふせられるのが関の山です」
制止しているようで、ジェームスの口調は逆に煽っているように聞こえた。
「リデルさん、驚かれることではないでしょう? 本来、帝都の治安を守り、それこそ闇で行われる不正を正すべき守備隊長が闇闘技大会に加担し、さらに出場していたなど不祥事もいいところです。辞任どころか処罰される案件ですよ」
護衛の壁の向こうからヴァルトが平然と答える。
「そんなことも気がつかなかったんですか? 軽率ですね」
オレは柄を握り締め、唇を強く噛むと、ヴァルトからジェームスに視線を移し睨み付ける。
「これは、あんたの企てか……」
「リデルさん、貴女に申し開きをするつもりはありません。私の目的はデイブレイクの職を解き、帝都から離れてもらうことでしたから」
オレの目を逸らすことなく受け止め、ジェームスは静かに言った。
「何故だ?」
感情を抑えながら話すと、自然に声が低くなる。
「デイブレイクはグレゴリ傭兵団での私の愛弟子でした」
グレゴリ傭兵団……髭団長、つまりオーリエの父親の傭兵団にデイブレイクが過去にいたってことなのか?
オレの疑問の顔がわかったのか、ジェームスが話を続ける。
「デイブレイクは9歳から19歳までの10年間、我が傭兵団に所属していました」
「9歳から?」
「最初の3年間は雑用係として、12歳から1年間は傭兵見習いとして過ごしました。ですが、あの当時の戦災孤児の状況としては、恵まれた方だったと思います」
オレも12歳から親父と一緒に傭兵稼業を始めたから、事情はよくわかる。
内戦中は傭兵が不足しており、各貴族は一人でも多くの傭兵を保有する必要に迫られていた。
生き抜くために傭兵を選択する者も多かったのだ。
「デイブレイクは素晴らしい才能を持った少年でした。私は彼を見出したことを狂喜し、己の全てを彼に伝えようとしました……しかし、彼は突然、傭兵団を退団したのです」
「理由は?」
「わかりません。何度、尋ねても答えてはくれませんでした。団長もさじを投げ、デイブレイクは逃げるように団を後にしました」
デイブレイクという人物を、オレはよく知らない。
けど、あのまっすぐな剣を使う彼がそこまで世話になった人を簡単に袖にするとは思えない。
たぶん、よくよくの理由があったに違いない。
「デイブレイクは、私に『たとえ怪我や年老いて闘えなくなっても、ずっとこの団に関わっていきたい』とよく言っていました。他の選択も考えるべきだと諭しながら、私は彼がいずれグレゴリ傭兵団を背負っていく人材だと確信していました……それなのに」
ジェームスは目を伏せた。
気持ちはわかる。
今も引き締まった身体を維持しているジェームスが現役を退くにはそれなりの理由があったのだろう。
デイブレイクに寄せた期待は大きかったのかもしれない。
「でもさ、このやり方はないんじゃないか? 帝都守備隊長と言ったら、かなりの出世だろ。そりゃ、この帝都の状況で地位にこだわるなんて意味がないかもしれないけど。でも、それを棒に振らせるなんて、酷い仕打ちじゃないか?」
裏の仕事をしていたデイブレイクも確かに悪いけど、見た目より結構、義理人情に厚そうだから、止むに止まれぬ事情があったのだろう。
「先ほども申し上げたように、申し開きはいたしません。いかなる侮蔑を受けようとも、私はデイブレイクを連れて戻ると誓ったのですから」
誓った……って誰とだよ。
全く、頑固を絵に描いたようなおっさんだ。
もっと、落ち着いたダンディーなオジ様かと思ったら、中身は意外に熱かったな。
ま、そういう性格も嫌いじゃないけどね。
とにかく、終わったことを今から戻すことはできない。
デイブレイクには申し訳ないことをしたけど、剣の勝負の結果だ。
先ほどの淡々とした態度から、彼も納得ずくだと思うことにした。
そう考えながら、オレは闘技場で気になっていたことを思い出し、ヴァルトに確認する。
「あの……ヴァルトさん。ところで、さっきの『白の闘姫』って何?」
「何言ってるんですか? 貴女の新しい呼び名ですよ。これからは『白の闘姫』の時代が来ますよ!」
断言するヴァルトにオレは慌てて言った。
「だって、オレが出るのは今回だけだよ」
「そんなことは、ありえません」
ヴァルトが不審げな表情を見せたのと同時に、賭けの投票券を握り締めた彼の友人が部屋に飛び込んできた。
「よう、ヴァルト。大盛況で良かったな。おかげで俺の懐も潤ったよ」
「クレイ!」
「ん、どうした?」
オレが救いを求めるような目をすると、不思議そうな顔をする。
「ヴァルトがこのまま黒の闘王の替わりに闇闘技を続けろって言うんだ」
「その通りです。取り交わした契約によると『王位戦に勝利した場合は特別手当を支給し、闘王としての権利と義務を引き継ぐものとする』となっています。当然、闘王としての義務を果たしてもらいますよ」
「クレイ……本当なのか?」
「ああ、契約書はそうなっていたな」
悪びれもせず、にこやかに答える。
「そ、そんな……」
オレが、がっくりとうなだれる。
じゃ、このままずっとオレはこの闇闘技から逃げ出せないってこと?
オレより強い奴なんて、現れない可能性だってある。
まあ、王位戦をわざと負ければ……。
「ちなみに次の王位戦は1年後としますから、せいぜいそれまで稼がせてくださいね」
「ヴァルト、あんた最初から……」
「諦めることですね、リデルさん。不履行の場合は契約書に記載されている多額の違約金を払ってもらうことになりますよ」
ヴァルトが笑みをこらえながら、したり顔で話す。
「うん。だから、これをお前に渡すよ」
いきなり、クレイは握り締めていた投票券をヴァルトに見せる。
「何ですかこれは?」
訝しげな顔でクレイを見つめると、にっこり笑って答える。
「だから、違約金。十分、お釣りが出る筈だけど」
クレイ……お前。
「まさか、クレイ。リデルさんに……」
「ああ、有り金を全部つぎ込んだ。こんな美味しい話、見過ごせないからな」
「クレイ……さては、始めからそのつもりでしたね」
「まぁ、いいじゃないか。当初の目的は果たせたんだから。それに違約金も入る上に、空位となった王位を目指してトーナメント戦も企画できるし、お前に損はないだろう」
「…………仕方ないですね。では、今回はクレイの顔を立てましょう」
長い沈黙の後、ヴァルトは一転してにこやかな表情を見せるとクレイの申し出を受け入れた。
「それでは先ほどの契約書を出してください。契約解除の署名をしましょう」
そう言うと温和そうな笑顔で書類を取り出した。
でも、オレは先ほど表情が一転した際に、殺意をはらんだ目つきを一瞬だけクレイに向けたのを見逃さなかった。
背筋に冷たいものを感じたオレは、署名を終えたクレイにオーリエ達のところへ早く戻ろうと提案した。
「そうだな、もう用は済んだしな……ところで、話は変るんだが、何でジェームスさんがここにいるんだ?」
今さらながらジェームスに気付いたクレイが疑問を投げかける。
「いやいや、クレイさん。私はヴァルト君に野暮用があっただけです。お気になさるには及びません」
「なんか怪しいな」
よく言うよ。
クレイの方がずっと怪しいくせに。
「まあ、いいけど。ただ、くれぐれもリデルと『白の闘姫』が同一人物だって、宮殿では他言無用ってことで」
「心得ています」
話が終わったのを見計らって、ヴァルトが席を立つ。
「それでは、リデルさん。私はお暇しますが、すぐに衣装係を差し向けますので、しばらくここでお待ちください」
愛想を振りまきながら、ヴァルトは部屋から出て行った。
「では、私も失礼することにしましょう」
後を追うようにジェームスも退出する。
二人だけになり、オレはほっとして大きく息を吐いた。
「どうした、リデル?」
「どうしたも何も、いいのか? 友達を怒らせて」
「ヴァルトのことか? 大丈夫さ」
クレイ、お前、能天気過ぎるぞ。
あいつは絶対ヤバそうだって……。
特に最後に見せたアレは真剣怖かった。
いつか背中から刺されそうな気がしてならない。
「少なくとも、奴にとって俺の利用価値が高いうちは切捨てたりしないさ」
不敵な笑みを浮かべて言ってるけど、ホントに大丈夫なのか?
にしても、クレイとヴァルトの関係って、いったい……。
頭を悩ませていると、先ほどの衣装係のお姉さんが戻ってきた。




