黒の闘王とオレ①
へぇ……けっこう天井、高いんだ。
観客の声援を聞きながら、オレは闘技場の天井を見上げていた。
屋内闘技場の割りに空間が広い。
柱や天井の装飾から、元は神殿か何かのようだ。
少なくとも、多くの人間が集うことを目的とした建物だったに違いない。
まさか、殺し合いを見世物にする場になるとは、建てた人物も思わなかっただろうな。
そんな感慨に耽っていると審判が心配そうに見つめていた。
「あ、ごめん。いつ始めてもいいよ」
審判の役目は、規則の遵守と敗者の降参を見極めることにある。
闇闘技場では、不正行為や相手が死ぬまで行うデスゲームが当たり前にあることなので、こうした係がいること自体、この闘技場が真っ当のものだと言えた。
前に目を向けると、黒の闘王が静かに佇んでいた。
無言の圧力がオレに伝わってくる。
こいつ、かなりやる。
少しも気負ったところがないし、相手が女と見くびる気配もない。
これは楽しめそうだ。
思わず笑みがこぼれると、観客席から一際大きい声があがる。
「ちゃんと、頭を使って闘えよ――!」
クレイの声だ。
言いたいことはわかった。
闘技大会は観客を楽しませるショーの側面もあるのだ。
前に一瞬で相手を倒して、クレイに怒られたことがあったっけ。
安心しろ、クレイ。
相手の力量はまだわからないけど、闘王を名乗るからには相応の腕があると思っていい。
久しぶりに燃えてきた。
審判の掛け声で、オレ達二人はゆっくりと剣を構える。
試合開始を告げる銅鑼が鳴った。
普通なら、双方とも相手のデータが全くないため、迂闊に攻勢には出ないものだけど、オレは開始と同時に突進した。
一気に間合いを詰めると、肩口を狙って初撃を浴びせかける。
黒の闘王は、的確に剣を合わせ弾き返す。
オレは素早く剣を戻すと今度は逆袈裟に斬りかかる。
闘王は剣で受け流しながら、すっと後方に下がる。
させじとばかりに、踏み込んで突きを放つ。
オレの矢継ぎ早の攻撃を黒の闘王は難なく受けきり、自分の剣の間合いを作ると、逆に攻勢に転じる。
突風のような鋭い突きをオレは身体を回転させてかわすと、その流れのまま側面から水平に斬り結ぶ。
闘王はのけぞって、紙一重で剣をかわす。
やはり、反応速度は半端じゃないな。
攻守を入れ替えながら、硬い金属音が幾度となく闘技場に響き渡る。
思えばヒューの剣技は流麗で美しく、クレイの剣技は変幻自在だ。
黒の闘王の剣技はそれに比べ、実直で悪く言えば単調だけど、その分力強い。
剣質は剛剣の部類に入るだろう。
一撃の重さが握る手に伝わってくる。
生半可な剣士では剣を弾き飛ばされかねないほどだ。
見た目は筋肉質ではないのに、どこからあの重い打撃が生まれるのか不思議に思った。
それにしても……。
仮面越しに黒の闘王を見つめた。
この剣筋は確かに見覚えがある。
嘘のような話だけど、あの男にしか思えない。
いったい全体、何を考えているんだ?
いや、そんなこと考えてる暇はなかった。
雑念を振り払うように、オレは両手でしっかり握りなおすと上段に剣を構えた。
本気度をアップさせ、神速の一撃を放とうとして、ふと思いとどまる。
上半身への攻撃では、偶然でも仮面に当たる可能性があったからだ。
ジェームスと約束した手前、それは上手くない。
オレは上段から下段に構えを変えると、首から下への攻撃に切り替える。
結果的にそれがまずかった。
攻撃に強弱をつけ、それとは悟られないように気を配ったのだけど、試合巧者である黒の闘王は、すぐにオレが上半身への攻撃に躊躇していることを見抜いた。
いくら力量差があっても、攻撃に制限がかかれば闘いの帰趨はわからないものだ。
その上、黒の闘王の技量は、恐らくクレイやヒューに近いレベルと言ってよかった。
この状況では本気度MAXでも少々、分が悪い。
さすがにオレだって、スタミナが無限にあるわけじゃない。
どうしたものか……と考えを巡らせて、オレはハッとした。
自分の馬鹿さ加減に多少落ち込みながら、オレは大きく間合いを取る。
回りくどいことする必要なんてなかった。
黒の闘王がオレの動きに応じて剣を構え直した次の瞬間、オレは本気度MAXの神速の一撃を放った――――黒の闘王の仮面めがけて。
オレの一撃は防御しようとした彼の剣もろとも仮面に到達し、後方によけようとした闘王はそのまま後ろへと昏倒した。
遅れて、壊れた仮面が闘技場に散らばる。
闘技場は黒の闘王が倒れた瞬間、大歓声に包まれた。
けど、息を吹き返した彼が立ち上がる姿を見て、それは潮が引くように静まり返った。
何故なら、仮面の下に見知らぬ剣闘士の顔ではなく、誰もが見知った顔を見出したからだ。
「そ、そんな馬鹿な……」
「何故、こんなことを……」
「デイブレイク様……」
そう、オレの思っていた通り、仮面の下から現れたのはデイブレイク帝都守備隊長だった。
周囲の喧騒を気にするでもなく、デイブレイクは自分の剣を拾い上げると、オレと主審に一礼し、どよめく観客にゆっくりとお辞儀をすると控え室に退出した。
悔しげな表情も気落ちした風でもなく淡々とした雰囲気で、いつかこうなることをどこか覚悟していたようにも見受けられた。
主審兼進行役がデイブレイクの退出を確認すると、観客に向かって声を張り上げる。
「王位戦の勝者は白き戦姫! この闘いの勝敗により、王位は移った。ここに新しい闘王『白の闘姫』の誕生を宣言する!」
『白の闘姫』……?
何、それ……聞いてませんけど。
オレが唖然としていると進行役が勝利をアピールするように促してくる。
仕方なく右手で剣を頭上に掲げると、再び歓声が上がった。
オーリエ達が座っている方向は、とても怖くて見られない。
続けて何か話せとしきりに合図する進行役をきっぱり無視して観客に一礼すると、そそくさと退場した。




