訳ありの男とオレ②
「もう、入ってもいいわよ」
しばらくして、入室を許されたクレイがオレを見て目を丸くしたのがわかる。
「わ、悪かったな。似合わなくて」
オレは恥ずかしくて憎まれ口をきいた。
「そ、そんなことはないさ……うん、まぁ似合ってるよ」
だんだん、語尾が小さくなる。
「久しぶりに勤労意欲に燃えたわ~。肌は白くてすべすべでお化粧のノリも良いし、華奢でホントにお人形さんみたいで可愛いの!」
衣装係のお姉さんの目が、ハートマークになっていて、ちょっと怖い。
オレは、ばっちりメイクさせられ、フリルのいっぱい付いた白を基調としたショート丈のミニワンピースを着せられていた。
その上に防具としてブレストプレートを付けていたけど、武闘会というより舞踏会に行きますって感じだ。
「わ、笑うなよ、クレイ。オレもめちゃくちゃ恥ずかしいんだから」
「いや、凄くいいよ…………可愛すぎて困る」
最後は聞き取れない声で、もそもそ言う。
「えっ、聞こえないよ。何だって?」
「……武器は、これを使え」
照れたようにクレイが自分の剣を差し出す。
クレイが愛用しているバスタードソードだ。
かなりの業物だって知っている。
「いいのか?」
「お前に任せるなら安心だ」
にっと笑う顔が少年めいて可愛い。
「あのぉ~ラブラブなとこ悪いけど、もういいかな。時間、押してるんで」
お姉さんが割って入り、支度の確認をする。
「ん~、いいかな、これで。君はもう大丈夫?」
「うん」
「じゃ、行こうか」
オレを連れ立って、お姉さんが部屋から出ようとするのを、クレイが呼び止める。
「リデル、せっかく綺麗に化粧したところ申し訳ないんだが、これを付けて出場してくれるか?」
懐から取り出したものを見て、オレは目を見張った。
それはトルペン先生が付けていたものと同様の舞踏会用の仮面だった。
「いつかお前が暴れる事を想定して用意しておいたんだ。ここでも道を歩けなくなったりするのは嫌だろう?」
確かにその通りだ。
「ありがと。使わせてもらうよ」
「え~、そんなのダメよ。せっかく可愛い顔なのにぃ!」
オレがお姉さんのブーイングは無視して受け取ると、クレイは別れ際に言った。
「俺は観客席に戻って、ヒュー達へ適当に誤魔化しておくから」
「うん、よろしく頼むね」
オレはお姉さんの先導で闘技場へと向かった。
出番が来るまで、控え室で待機していると準備の確認にヴァルトが入ってきた。
オレの姿を見て、ほおーっという表情をする。
「性別を超えた美しさですね。さしもの私でもくらっとしますよ」
にこやかに意味不明なことを言う。
オレが不可解な顔をしていると、衣装係りのお姉さんが耳打ちする。
「ヴァルト様は、あっちの趣味の人なのよ」
何となく納得。
今日見た剣闘士って、体格は様々だったけど、顔は総じて整っていたような気がする。
というか、闇闘技場特有の残酷さやグロさがない代わりに、苦しむ美男子にどことなく淫靡な雰囲気が……。
お客にもご婦人方が意外にいたようだし。
「リデルさんには、次の試合が終わったら、闘技場に立ってもらって顔見せしてもらいます。その後、メーンイベントの賭けの受付をしている間に別の試合が行われます。その試合と受付が終了したら、最終試合をお願いします」
「オレの相手は?」
「『黒の闘王』です」
なんか、やばそうな名前。
「ちなみにオレの名は?」
「『白き戦姫』」
や、やめてくれ……そんな赤面する名前は。
クレイに笑われるに決まってる。
「それはちょっと……」
「残念ですが、決定事項ですから」
決定なの?
反論する余地なしなの?
オレが愕然としていると、ヴァルトは思い出したように言う。
「ああ、そう言えばサグレス殿が先ほど目を覚ましましたよ。命には別状はありませんでしたが、しばらくは男としては使い物になりませんね」
ちょっと可哀想だけど、自業自得だから。
「彼の擁護をするわけではありませんが、あの男も気の毒な男でしてね。強い相手と戦う前に良い女を抱くことでゲンを担いでいたようで、毎回その対戦相手に見合うグレードの高い女を探していたとのことです。今回は王位戦であり、あまりに強敵だったので最高の女を捜していたところ、貴女を見初めたというわけですね」
全然、気の毒じゃない。
なんて身勝手な理由だ。
オレが普通の女の子だったとしたら……考えただけでぞっとする。
再起不能にしてやればよかった。
オレが怖い発想をしていると、ヴァルトは外の様子を窺ってオレに声をかける。
「前の試合が終わりましたね。貴女の出番です」
オレは仮面をつけ終えると、控え室から闘技場へと進んだ。
「今回のメーンイベントは、当闘技場の頂点を決める王位戦であります。しかしながら、都合により挑戦者が変更になったことをお知らせ致します」
司会者の言葉に会場からどよめきが起こる。
そりゃ、そうだろう。王位戦に挑戦できる闘士など限られているし、急な変更に驚くのは当然だろう。
「今回の挑戦者は、委細不明ながら無敵の強さを誇る美少女『白き戦姫』だ――――!」
やっぱり、その通り名的な呼称は止めて欲しい。
ま、本名はもっとマズイけど……。
名前を呼ばれて闘技場に出ると、どよめきは一層大きくなる。
挑戦者がこんな小さい少女と知って驚愕するのは当たり前だ。
大体、顔を隠しているのに美少女だなんて、よく言うよ。
それに委細不明なのに無敵って、矛盾してないか?
そう思いながら、ちらりと観客席に目をやると、ヒューとオーリエ、ディノンがオレの姿を見て目を丸くしているのがわかった。
次の瞬間、一斉にクレイへと糾弾の視線を向ける。
クレイは引きつった笑みで沈黙している。
ま、バレバレだよな、普通。
ユクだけはニコニコしながら、オレに手を振っている。
「皆様、このように華奢な体躯ではありますが、この娘、こう見えて歴戦の勇士でございます。それでは、その技量、とくとご覧ください」
司会者が、何かやれと目配せする。
え、そんなの聞いてないぞ。
どうしよう…………とりあえず、剣舞で誤魔化そう。
オレは一礼すると、剣を片手に持ち構えると親父に仕込まれた剣舞を舞い始める。
両手剣としても片手剣としても使われるバスタードソードだけど、片手で扱うにはそれなりの膂力が必要だ。
ましてや、クレイの剣は大振りで重さもかなりある。
それがわかる目の肥えた観客が驚きの声を上げた。
一通り舞ってみせて、最初の型に戻ると、静かに息を吐いて一礼する。
すると、割れんばかりの拍手が会場から起こった。
オーリエとディノンが口を開けたまま、オレに見入っているのがわかる。
「素晴らしい剣舞でしたね。それでは、次に『黒の闘王』の登場です」
司会者の紹介で、黒の闘王が闘技場に上がってくる。
思ったより小さいな……。
それがオレの第一印象だった。
いや、この世界の男子の平均身長から考えると十分大きい方なのだけど、闘王と聞いて、ルマの武闘王ラドベルクのような大男を連想していたからだろう。
筋肉質な男ではなく、どちらかと言えば、バランスのとれた体型でクレイに近い。
その男は竜を模した頭からすっぽり被るタイプの仮面をつけていた。
ヘルムと言えるほどの防御力はなさそうだ。
仮面のせいで、どんな顔か窺い知ることはできないけれど、その体格・身のこなしに何となく既視感があった。
どこかで会ったような気がするけど、思い出せない。
クレイと似ていることによる錯覚だろうか?
黒の闘王は、司会者のコールに片手を上げるだけで、観客をわかせると無言で闘技場から去った。
圧倒的な人気を誇っているのがわかる。
オレも司会者に促されて、一礼してその場を立ち去った。
その時、視界の片隅に黒の闘王が退出した方向を食い入るように見つめるオーリエが目に入った。
ふと、ある人物の姿が頭に浮かぶ。
まさか……ね。
彼がこんなところに居るわけがないと、変な妄想を打ち消してオレは控え室に戻った。




