訳ありの男とオレ①
「いったい、どこへ行ってたんだ!」
あ、いきなり怒られた。
すみません、あたしが……と言おうとするユクを抑えて、オレは神妙に返答した。
「その……生理的欲求がね……」
「理由はいい。俺が怒っているのは黙って行ったことについてだ」
珍しくクレイが真剣に怒っている。
「俺の説明をしっかり聞いただろう。女二人で行動して何かあったら、どうするつもりだったんだ」
ごめん、クレイ。
実際、何かあったので、言い訳できない。
「まあまあ、クレイ。無事に帰ってきたことですし、それくらいにしてあげたら」
「ヒューはこいつに甘すぎるんだよ」
いや、どっちもどっちだと思うけど。
「おやおや、私にも飛び火ですか? リデル、クレイに謝った方が良いですよ。さっきまで、心配のあまりずっと青い顔をしていたんですから」
「ヒュー!」
ばらされて焦ったクレイは、言い訳しようと口を開きかけたけど、一つため息をつくと、オレの頭をポンと叩いた。
「あんまり、心配させるな」
その物言いが死んだ親父に重なって見え、オレは素直に頷いた。
「うん、ごめん」
オレの返答にクレイはにっと笑ってから、オーリエに向き直り声をかける。
「心配かけてすまなかった。そろそろ観客席に戻ろうか」
「私も人のことを言えた義理じゃないが、単独行動は慎んだ方がいい」
オーリエもオレが無事で安心したという表情を見せる。
「ここに連れてきた私に責任があるからな」
「気をつけるよ」
神妙に答えながら、オレはクレイにそっと近づくと服の裾を引っ張る。
耳打ちしようにも身長差がありすぎたからだ。
「ん、何だ?」
何か言いたげなオレを不思議そうに見下ろす。
「あのね……クレイ。お前に伝えなくちゃいけないことがあるんだ」
無意識の上目遣いで、しおらしく切り出した。
「そうか? 言ってみろよ」
「ちょっとここでは……」
まさか、『挑戦者をぶっ倒しちゃったから、今からメーンイベントに出場するんだ、てへっ』なんて言えるわけないじゃないか。
「わかった……みんな、悪いが先に席へ行ってくれ。これからオレはリデルに、もうちょっとお説教しなきゃならん」
差し障りのある話題と察して、クレイが機転を利かす。
「反省してるんですから、ほどほどにした方が良いですよ」
オレに同情的な視線を送りながら、ヒューはユクを伴って、オーリエはディノンを従えて観客席に向かった。
ヒューに先導されたユクは最後まで心配そうに何度もオレの方を振り返っていた。
皆がラウンジから出て行くのを確認すると、クレイはオレに向き直り、
「で、話したいことって何だ? どうせまた、厄介ごとだろう」
咎めるような口調で言ったけど、口元は笑っていた。
み、見透かされている。
「あのさ、さっきね……」
オレは先ほどの顛末を包み隠さずクレイに報告した。
「お、怒った?」
話を聞いて考え込むクレイに恐る恐る訊いてみる。
「いや、怒っちゃいないさ。ただ……」
「ただ?」
「その話、俺にも一枚かませろ」
「はい?」
目が点になったオレを見て、クレイはにやりと笑うとオレの頭を撫でた。
クレイはオレを連れて、その足で運営者を名乗ったヴァルトの元へ向かった。
関係者以外立ち入り禁止の一室でオレ達はヴァルトが来るまで、しばし待たされた。
「なぁ、ホントに大丈夫なのか? 裏社会の連中と交渉なんて」
「リデルの興行契約はマネージャーの俺を通すのが筋ってもんさ」
オレはいつからクレイの商品になったのだろう……。
一抹の不安を感じているとヴァルトがやってきた。
「ホント、忙しいんですから、話は手短にしてくださいよ……えっ?」
焦った様子で部屋に入ってきたヴァルトは、クレイの顔を見て固まった。
「クレイ……?」
「久しぶりだな、ヴァルト」
にこやかに笑うクレイ。
えっ、ディノンに続いて、また知り合い?
「何だ、来るなら来るって、先に言ってくれよ。驚くじゃないか」
理知的で落ち着いた雰囲気だったヴァルトがいきなり相好を崩した。
「いつ、帝都に戻ってきたんだ? 親父さんには会ったのか?」
戻ってきた? 親父さん?
クレイを見ると渋い顔をしている。
「ヴァルト、オレは帝都に立ち寄っただけだ。それに家の話はするな」
「ああ、すまん。そうだったな」
クレイの固い表情にヴァルトは慌てて謝る。
「で、どうして此処がわかった?」
空気を変えようと、ヴァルトはごく当然の質問をする。
「お前んちに行ったら、おばさんが親切に教えてくれたんだ。ご丁寧に紹介状まで付けてくれて」
「お袋は昔からお前のファンだからなぁ。このマダムキラーめ」
「冗談はいいから、話を進めようぜ。忙しい身なんだろう」
「そりゃそうだ。時間が惜しい」
「あのぉ~、さっぱり状況が見えないんだけど……」
激しく置いてきぼり感に陥ったオレは、無理矢理会話に口を挟む。
「ああ、リデルさん。来てくれて、丁度良かった。もう少しで出番になりますからね」
「ヴァルト、俺が来たのはそのことなんだ。俺はこいつの保護者でね」
それからの話は、オレの意向は無視され、二人だけで一方的な話し合いがなされた。
武装はこうだとか、衣装はああだとか、出演料はいくらだとか……。
瞬く間に決まっていく。
契約がまとまると、クレイに無理矢理、ヴァルトと書面に互いの署名をさせらた。
「じゃ、契約成立だね。私は準備があるから失礼するよ。すぐに衣装等を持って来させるから、ここから離れないでくれ」
そう言うとヴァルトは部屋から飛び出していった。
全く忙しい人だ。
「さてと……」
残ったクレイにオレは今までの鬱憤を晴らすべく詰め寄った。
「どういうことか説明してもらおうか」
結局、オレの執拗な追及にもクレイは口を割らなかった。
わかったのは、ヴァルトがクレイの幼馴染で、この帝都の裏社会に大きな影響力を持つヴァンスリッヒ家の跡取りであること、クレイが昔、帝都に住んでいたことぐらいだ。
それだって、無理矢理聞き出した断片的な話から導きだした答えだ。
「とにかく、この話は終わりだ。それに、俺の家のことを知ったからって何になる。お前には関係ない話だ」
クレイは話は終わったとばかりに黙り込む。
関係ない……そう聞いて、オレの胸がズキンと痛んだ。
クレイの言う通りなのかもしれないけど、何か悲しい。
オレを信用していないみたいで、悔しい気分になった。
考えてみれば、クレイとは長い付き合いだけど、奴自身のことを何にも知らないんだって、つくづく思い知った。
確かに傭兵仲間では、互いの身の上を詮索しないのがマナーではあったけど。
クレイのこと、もっと知りたい……胸を締め付けるような欲求にオレ自身がとまどう。
お互いが沈黙して、気まずい雰囲気のところへ、衣装係のお姉さんが、いきなり入ってきた。
「遅くなって、ごめんね~。女性の出場者なんて、めったにいないから別の仕事に就いてたもんで……あれっ、お邪魔だった?」
気さくなお姉さんは、オレ達の微妙な雰囲気を察したようだけど、持ってきた衣装と装備一式をオレ達に見せて言った。
「君、時間ないから、試着してみてくれる……あ、彼氏さんはちょっと外へ出てもらえるかな?」
「こ、こいつは彼氏じゃないですから!」
「あら、そうなの?」
意味深な笑みを浮かべてから、オレ達を見比べた。
「ク、クレイ!」
「ああ」
慌ててクレイが部屋から出て行く。
「じゃあ、始めるわよ」
彼女が差し出す衣装を見て、オレは言わずにはいられなかった。
「あの……これ、着るんですか?」
「そうよ。言っとくけど、時間ないから口答えや抵抗は禁止だからね」
迫力のあるお姉さんは、にこにこしながら宣言した。




