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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
〇〇なんて今さらオレが言えるかよ!
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闇闘技場とオレ④

 息苦しい。


 綺麗な空気が欲しい。


 薄明かりの中、人々の熱気と人いきれでむせ返りそうになる。

 だから、人ごみは苦手なんだよ。


 無意識に隣にいるクレイの服の裾を掴んでいた。


「リデル、大丈夫か?」


 クレイが心配そうに覗き込む。


「あんまり……大丈夫じゃない」


 オレの弱音にクレイが何か言おうとした時、不意に天井の何処かで音がして、採りこまれた陽の光で闘技場の中央が明るくなった。

 どういう仕掛けかはわからないが、試合を見やすくする工夫のようだ。



 オレ達はクレイの案内で闇闘技場に来ていた。


 天井は高く壁面に窓の無い建物で、床の中央はすり鉢状に低くなっており、その傾斜を利用して観客席が段々に設けられている。

 中央に作られた円形の闘技場は陽の光で照らされ、まるでそこだけ浮き上がっているように見えて、幻想的だ。


 やがて、一人の恰幅の良い男が闘技場の中央に進み、声を張り上げた。


 どうやら、進行役のようだ。


 観客席は未だ暗いままだったが、左右を窺うとオーリエとユクが固唾を呑んで見つめているのがわかる。

 オーリエはともかく、ユクが心配だ。


 闇闘技場での賭け試合の凄惨さは、人伝ひとづてによく聞いている。

 人が死ぬのは日常茶飯事だし、下手をすると哀れな犠牲者がどれだけ猛獣と闘っていられるか賭けるような酷い話も聞いた。

 流血沙汰にユクが耐えられるか不安だったのだ。


 けど、試合が始まってしばらくすると、オーリエの言う『強すぎる男』が出場するこの闘技場は、かなり真っ当な興行を行う闘技場だとすぐにわかった。


 客層も貴族か富裕層が中心で、がつがつと賭けをする空気もない。

 刺激的な展開より、目の肥えた観客が質の高い真剣勝負を楽しみたいという欲求で催されているように思えた。


 ま、そうは言っても人の命を賭けの対象にする連中だ。


 悪趣味であることには変りはない。




 試合は順調に進み、流血はあったが残虐行為等はなく、ユクも何とか卒倒せずに観戦できていた。


 ただ、何人かは深手を負ったので、いずれ命を落とすかもしれない。


 けど、この時代……特に農村部などでは人の生き死には、ごく身近な出来事であり、自然と耐性ができているものだ。


「次の試合まで、間があるから、腹ごしらえに行くか?」


 どんな状況にあっても、腹は減る。

 クレイの提案に一同は賛成した。


 この闘技場では、試合と試合の合間に飲み食いできる場所も用意されていた。 

 本来は会員制で一般の者は入れない場所のようなのだけど、クレイの持ってきた紹介状の威力は絶大で、何の問題も無く入場することができた。


 いったい誰の紹介状なんだろう、少し気になる。

 

 ただ、入場料はべらぼうに高く、オレとしてはかなり焦ったけど、私の我がままだからとオーリエが全額払ってくれた。

 クレイとヒューは、その申し出を固辞して自分の分は払ったみたい。


 高い入場料をとるだけあって、場内での飲食は基本無料になっていた。

 ディノンは元は取るぞ、と勇んで飲食の用意のあるラウンジへ向かった。


 言っとくけど、料金を出したのはオーリエであって、お前は銅貨一枚も払ってないから。

 それに、さっきまで殴られた頬が痛いと泣き言を言ってたくせに現金な奴だ。


 ラウンジで、軽い昼食を取りながら、クレイ・ヒュー・オーリエの三人は今までの試合について熱心に語り合い、ディノンは先ほど宣言したとおり飲み食いに専念していた。


 ユクはと見ると、何故かもじもじしている。


「どうしたの、ユク?」


「あの……お手洗いに……」


 顔を赤らめて小さな声で言う。


 ヒューも議論に花を咲かせているし……。


「わかった、オレが一緒に行ってあげるよ」


「ホントですか。悪いですけど、お願いします」


 心なしかほっとしたように見える。

 確かに男の人に言い出しにくい内容だからな。

 オレはユクの手を握ると、ラウンジを後にした。


 ユクが用を足す間、オレは手持ち無沙汰で少し離れたところで待っていた。


 基本的にオレは、傭兵時代の習慣が抜けず、必要以上に水分をとらないように気をつけていた。

 戦場では戦況の変化で、用を足している暇がないことも度々あるので、日頃からそれに対応するように体を作っていたのだ。

 だから、オレは用を足さずユクが出てくるのを待っていたのだけど、さすがに女子用の前で待つのは、少し気恥ずかしかったので、離れた場所に立つことにした。


 それがいけなかったらしい。


「おい、お前!」


 突然、後ろから声をかけられた。


 振り向くと、熊のような大男がオレを見下ろしていた。


「お前、いくらだ?」


 一瞬、言われた意味がわからなかった。


 相手の好色そうな目付きと、あちらこちらで所在なげに佇んでいる女性達が目に入り、やっと理解した。

 勘違いされたことに、怒りと恥ずかしさで耳まで赤くなったけど、表面上は冷静に受け答えした。


「ごめん。オレは違うんだ。そういうのは、他をあたってくれ」


 それで、引き下がると思ったのに、相手はいきなりオレの腕をつかんだ。


「そんな駆け引きは必要ない。お前なら、望むだけの金を払おう。お前ほどの女はめったにいないからな」


 どうして、オレの周りには聞く耳をどこかに置いてきてた輩が多いのだろう。


「おい、熊野郎。いいかげんにしないと、痛い目を見るぜ」


 ドスの利いた脅し文句を言っても、全く効果がない。

 それどころか、切羽詰った目でオレを抱きすくめようとする。


 なんて怪力だ。


 ま、まずい!


 いくら馬鹿力のオレでも両腕をふさがれ、宙吊りにされると力が出しにくくなる。


 この際、仕方がない。

 元男子として忍びないけど……ごめん。


 右足で熊男の急所を蹴り上げる。


「ぐぇっ」


 奴は、あまりの激痛にオレの腕を放し、前のめりになる。

 目の前に下りてきた奴の顔めがけて、右の拳で止めの一撃を放つ。

 ものの見事に決まって、もんどり打って倒れた奴は白目をむいて痙攣していた。


 ちょっとやりすぎた感もしたけど、自業自得だ。


 こいつ抱きしめながら、オレの首筋を舐めようとしやがったし。


「ど、どうしたんですか?」


 怒っているオレにユクが駆け寄ってくる。


「この人は?」


 倒れている男とオレを見比べながら、おずおずと尋ねる。


「ただの変態だ」


 オレが断言しても、ユクは腑に落ちない顔をしていた。



「サグレス殿、サグレス殿はいませんか?」


 そんな中、人を探している声が聞こえてきた。

 声の主はオレ達の方へやってくると、呆然として立ち尽くす。


「サ、サグレス殿?」


 どうやら、伸びている熊男はサグレスという名前のようだ。


 サグレスとやらは8人掛かりの担架で運ばれ、残った運営者だと名乗る男……ヴァルトにオレは事情を聞かれる羽目になった。


 闇闘技場の運営側の人間にはとても見えない柔和な顔付きをした若い男だった。


「それは災難でしたね……まぁ、瀕死のサグレス殿も災難でしたが」


「ごめん、ちょっとムカついたもんで」


「彼の方に非がありましたから仕方ないですね。でも、その手の女性がここには多いのも事実ですし、普通のお嬢さんがいることも少ないので勘違いするのも無理ないでしょう」


「そ、そうなんだ」


「しかし、弱ったなぁ」


 ヴァルトは本気で頭を抱えていた。


「どうかしたのか?」


 オレの質問に答えるか一瞬、悩んだ素振りを見せたけど、ボソリと言った。


「彼、今日のメーンイベントで、黒闘王に挑む挑戦者だったんですよ。どうしよう。今さら、代役を探す時間もないし……」


 げ、それは確かに大迷惑かも。


「それなら、リデルさんが代わりに出ればいいじゃないですか」


 ユクが目をキラキラさせながら、またしても、トンデモ発言をする。


 ユク……いいかげん、思ったことを口走るのはやめようか。


「君が? 確かに……不意を突かれたとはいえ、サグレス殿を一撃で倒すことは、普通の人間に出来ることじゃありません」


 やばっ、怪しんでる。


「待てよ、君、リデルって言いましたよね。もしかしてリデル・フォルテって名前じゃないでしょうね」


「ちが……」


「そうですよ。可愛い名前ですよね」


 ユク――――!


「やっぱりそうか。ルマの武闘大会のことは聞きましたよ。準優勝でしたよね」


 心底嬉しそうに、握手を求める。


 言外に責任とってね、と目が訴えている。


「あの……ですね、ヴァルトさん」


 口ごもりながら、反射的に手を引こうとしたけど、しっかり掴まれる。


「もちろん、出てくれますよね」


 ぎゅっとオレの手を握りながら、ヴァルトは黒い笑みを浮かべた。


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